真・の・ブログ

日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

日和[にわ] 夏(18) 体調が悪い

まずい。体調が本格的に悪い。熱中症かと思いきや、胃が痛くなってきた。胃炎も併発している。
また、目眩が凄まじい。目眩は抗うつ剤をやめてほぼ3週間以上になると思うが、収まってくるどころかひどくなってくる。
微熱もある。軽い頭痛もある。要するに、症状は軽いけど、色んな症状が同時多発的に体内で起こっている。腰も痛い。これも腰痛の痛さではなく、熱が出る前の雰囲気だ。
明日から3日間休みだ。
なるべく自分を休ませようと思う。
その前に、とても大事なことをしなければならない。ずーっと考えてきたことだ。
それをやる。それをしたら、僕の人生は、変わるだろう。
この日記シリーズも終えることが出来るだろう。
この日記のタイトルが変わったら、それは僕の状況が変わったということだ。それがよくも悪くも。
いや、いいも悪いもない。物事は良い悪いだけではないのだ。
  1. 2015/06/29(月) 23:54:46|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(17) 沖縄をあとにします。

沖縄での一週間を終えて帰路につく。
今回も色んな人々に会い、色々とお世話になった。感謝に耐えない。
昨日は赤嶺の魚丸でバタやきを食らい、糸満の海で泳ぎ、そこから山羊のさかえへ向かったのだが日曜日定休ゆえ、儀保の富久屋という、オーガニック的な沖縄料理屋にいった。
結果としてさかえへ行けなくてよかったとおもう。というのは、食事を終えパーカーズでのリハを終えたら、急に体調が悪くなり、終演後には立っているのがやっと!
パーカーズでの千明との演奏はとても楽しかったのだけど、全てを使い果たし一滴も呑まずにホテルへ帰り、バタンキューなのだ。ところが疲れはてていると眠れない!全く眠れない!まんじりともせず夜をすごし、今那覇空港です。
もし、山羊のような強い食べ物を食べていたら、夜中中吐き下ししていたかもしれない。おそろしや。
辛うじて帰って三日間オフなのだが、鋭気を養いたい。
四国で綾戸智恵との僕主催のツアーなかむらまこととあやどちえ、も控えて、その後ぼくは即座に北海道へ向かう。
六年以上ぶりの北海道チャリ旅だ。

 儀保の富久屋の定食。

 赤嶺魚丸バタやき。

 正義の見方、一銀食堂のステーキ。
  1. 2015/06/29(月) 09:26:13|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(16) 本気で本音で生きてきて

本気で生きることはバカらしいことなのかな?
僕は本気で本音で生きてきたつもりだけれども、その結果得たものが、今の僕であったとしたら、それは果たしてどうだったのだろうか?
僕がもし、建前で生きてきていたら、そしてその結果得たものが、今の僕の得たものより大きかったとしたら、それは幸せなのだろうか?
そもそも、得たもの、ってなんだ?
得たいものがあり、人は行動するのか?
それとも、行動したいモチーフがあり、結果、得るものが存在するのか?
生きるということは、一体どういうことなのだろうか?いや、幸せを享受するということは、一体どういうことなのだろうか?
僕は、本音で生きてきたつもりで、そして評価されてきたつもりだけれども、俺の生きて来た道は、本当に、意味のある道だったのだろうか?
本当に意味のある道ってなんなのだろうか?
マイルスデイビスは、ホントのホントに、本音で生きてきていたのだろうか?
僕はそうは思えない。
アベ首相は、ホントのホントに、本音で生きてきていたのだろうか?
僕はそうは思えない。
だけど、彼らは何かをなし得ているように思える。
何かをなし得るとはそもそも何なのだろうか?
確信して、建前で生きることが、生き方なのだろうか?
43年生きて、まだわからない。
何もかもわからなくなる島、沖縄。
(晴れ 心 曇り時々雨)
  1. 2015/06/28(日) 06:59:10|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(15) 本当の意味で幸福になることは難しい

そこには、色んな想いが書かれてあった。
恨みつらみではなく、生産的な気持ちが書いてあった。もしくは、生産的たろうとしている文章であった。
生産的とはどういうことだろうか?何をもって生産的なのだろうか?
忘却するだけが生産的であるということではない。忘却するだけならば。
そこから学ばなければ、何一つ生産的とはいえない。ただ、人は、驚く程学ばない。
僕自身の経験を持ってしてもそうだ。同じ過ちを何度繰り返したことか。
幸せになるのは難しい。本当に難しい。
僕は人の苦しみを本当に知った。知ったような気がした。
少なくとも我が子という、守るべきものが存在する時点で、それを知る。
石垣のドミトリーで、子を失ったおじさんの話を聞いた。その痛みの本当の所はわからないけれども、それがどれほど痛いのか、想像を絶する痛さであること、を想像することが出来た。
人の苦しみを知ったような気がしている僕だが、もしひとたび再び幸せの得ることが出来たなら、その苦しみのことを簡単に忘却してしまうかもしれない。
重要なことは、幸せを得ることではない。それを、継続させていく事なのだ。それには努力と忍耐が必要であろう。

(那覇 晴れ 心 曇り)
  1. 2015/06/27(土) 11:21:22|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(14) 島から島へ戻ると

石垣から戻った。離島から戻ると、少し気持ちが引き締まる。それが例え沖縄本島であったとしても、だ。
無論沖縄滞在は遊びではない。れっきとした仕事だ。それは、石垣とて同じこと。
しかしぼくは、沖縄では午前中目を覚まし、ひとしきり泳ぎ、腹一杯御飯を食べて、しこたま泡盛をかっくらっても、演奏出来てしまう。いくらでも食えて、いくらでも食べれて、いくらでも遊べて、いくらでも寝る。そして、演奏するのだ。
明らかにパワーをもらっているに違いない。
そんな限りなく遊び感覚の沖縄滞在だが、しかし島から戻ると、さ、仕事だ、とモードが切り替わる感じがする。

ところで、なかなか行くことができない沖縄の離島だが僕の感覚では遠い感覚はない。むしろ、北海道の離島は遠い。
利尻、礼文はぼくからの精神的距離は遠いのだ。
今夏、思いきってチャリで訪れることにした。
10年前の新婚旅行以来。
あの時も礼文から本島へ戻ったとき、さ、仕事だ、と思った。こちらは完全なるあそびなのにね。
島はいい。色んな感覚を忘れ去らせてくれるんだ。
時間だとか、仕事だとか、生きる上で、必要なものと、いかにも必要であるような顔をしてるそうでもないもの、を、分けてくれる気がする。それが、島なのだろう。
  1. 2015/06/26(金) 16:42:39|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(13) 石垣で出会った斉藤梯子さんというジャズシンガー

感動しました。
石垣島で、斉藤梯子さんというシンガーに出会いました。
御年80才。石垣のカフェタニファのマスターの紹介で共演することとなったのだ。
かくいう僕自身もタニファに出るのは初めてのこと。
どんなシンガーかも全く知らなかったのですが、本当にすばらしかった。
進駐軍花盛りの頃の米軍キャンプで歌っていた人。

今まで僕は25年間生きてきて伴奏していて涙が出そうになったことは一度もない。そういう感動の部分で、僕は演奏しないからだ。演奏するということは、演奏を聴くということとは感性のチャンネルが違うのだ。だけど、不覚ながら涙が出そうになった。
80年の人生の重み、などと安易に言うつもりはない。また、そんな重苦しいものではなかった。
ただ、ひたすらかわいらしく、歌うことを楽しんで、お客さんを楽しませ、お客さんに愛されている。
音楽をする意味を探し求める、僕はまだそんな段階かもしれない。
そんなものに意味はない。そんな当たり前のことを感じた。
おれって、一体何の為にピアノが上手くて、何の為に音楽のことを知っているんだろうか?そんなことを思った。
音楽をすること、と、それらは全然関係がないことなんだ、ということを、肌で感じ取れた。
梯子さんが、歌がヘタクソで音楽を知らない、ということでは間違ってもない。
そんなことと、音楽をすること、は、全然関係がないんだ、ということを、感じ取れただけなのだ。
ただ、僕は、音楽を知っていて、ピアノがそこそこ上手いからこそ、彼女の伴奏をつとめることが出来たのかもしれない、と思い直した。
テネシーワルツ。あの時代の、あの空気そのままで、ほんとうに、セピア色の銀幕の中の世界のことのように感じる。
沖縄は慰霊の日の事だった。それを感じながら歌った彼女のDanny boy。僕は一生忘れないよ。

俺のオヤジとほぼ同世代の梯子さん。色んなことを感じた1日だった。

20150625140536015.jpg
星子と三人で
  1. 2015/06/25(木) 14:24:32|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(12) 沖縄の脅威

昨日は那覇でおでん食べ放題飲み放題の店に行きました。
二千円。
あり得ない値段です!
沖縄には、たまにあり得ない値段の店があります。
宿泊1500円泡盛飲み放題の宿を知ってます。泊まったことはないけど。
おでんや、おふくろも、あり得ないコストパフォーマンスです。5000円でも満足な内容。
沖縄は快晴です。

(天気 晴れ 心 雨)
  1. 2015/06/23(火) 10:28:14|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(11) 旅あれこれ

旅慣れた僕だが、やはり旅はそれなりに特別なことではある。
成田へ行くことが実に当たり前になった。僕は東松戸から北総線で成田へ行く。これは少し高いけど都心部通らないで行けるのでとても楽なのだ。北総線のホームで成田行きを乗り過ごし、北海道へ行く飛行機を逃したこともあったな。あれは去年の夏のことだった。
それにしても成田空港内でのLCCターミナル、嫌みのように歩かされる。第二ターミナルビルから第三までは500メートルある!そして、そこで終わりかと思いきや、搭乗口までまた長い距離を歩かされる。都合一キロは確実にあるく。そのあげく、バスで飛行機まで案内されるのだ。
これは、安く乗るためのいわば儀式といってよいのではないだろうか。
今夏久しぶりにフェリーで北へ向かう。
新潟から小樽行きに乗るか、仙台から苫小牧むけて乗るか、秋田まで車を持っていくか、悩む。真剣に悩んでいる。
チャリ旅は景色を楽しむに非ず。考える時間を得るためにある。または、考えない時間のためにある。とことん考えることと、なにも考えないことは、実は似たようなことのような気がする。

  1. 2015/06/22(月) 19:14:54|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(10) 長生きの秘訣

僕は、きっと長生きすると思うんだ。人は自分の年齢や置かれた立場相応の悩みを持って生きていくと思うんだ。僕は、全然、全く43才の悩みを持って生きていない。
僕は、例えば音楽家として、社会的ステイタスをのし上がっていこうという野心のようなものも一切ない。
お金も特に欲しいとは思わない。欲しいものが最低限もらえたら(買えたら、ではない所がポイント)それでいいと思う。
僕の悩みは、大したことではない。多くの40代の、立派な人々の悩みに比べたら、ちっぽけな悩みだと思う。
だけど、僕は、いつまでも20代のような、いや、もしかしたらもっと少年のような悩みを抱えて生きている、だから長生き出来ると思うんだ。
人生とは消費だと思う。例えば、心臓には寿命があると思う。歯にも寿命がある。膝の関節にも、脳という臓器にも、寿命があると思う。それらの消耗の度合いに応じて、僕は生命の長さがあると思うんだ。
心にも消耗があると思う。心が摩耗すると、使い物にならなくなる。
僕は、年相応の悩みに心を使わない。使えない。どうでもいいから。
だから、多分長生きすると思う。一切年相応でないから。僕は摩耗する心を持たない。
40にして、惑う。一生惑い続けると思う。苦しいけれども、苦しさに慣れるよりは、苦しみ続ける人生を歩もうではないかと思う。わからんけどね。
  1. 2015/06/22(月) 02:25:37|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(9) ジャズマルに遊びにいってから、僕は沖縄へ、そして北海道へ。

南与野のジャズマルに1日空けてではあるが二日間行った。
初日はボサノバのギタリスト木村純さんのライブを聞きに、二日目は中野あきちゃんのセッションに参加しに。ジャズマルは埼玉の地元の店で、僕にとってはとても貴重なお店です。可能な限り顔を出しにいきます。
明日から僕は沖縄です。沖縄から帰ってきたら四国へ数日ツアーに行く。そして、その後は自転車で北海道を旅します。
約三週間程時間を空けてあります。稚内目指します。
走ったことがないオロロンラインを走りたい。そして再び礼文島を訪ねたいと思っているのです。
その後の予定は未定。気の向くままに走るか、停滞するか。
誰かに会いにいくか、誰かが会いにくるか、わからない。
僕には、休みが必要です。そして、物事を考える時間、何も考えない時間が必要だと思った。
だから、旅に行ってきます。

(世の中 曇り 心 曇り)
  1. 2015/06/21(日) 13:38:22|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(8) 目眩 それに男性機能の障害 鬱

3月ぐらいから飲みつづけていた抗うつ剤をやめて1週間以上経つ。
いつだったか、秋田からの車での帰り、鬱々とした感情を持て余し、頭がおかしくなる程の感情を持て余し、そして、僕はこういう気持ちが精神科の門をくぐる程のことなのかどうか、または精神科にかかる類いのことなのかもわからなかったが、一先ず知り合いの精神科の先生に相談してみた。
一度受診に来いとその先生は仰った。
僕ははじめてそのような病院を訪ねた。先生は親切にカウンセリングを施してくれたが、僕はそのことにより問題が解決するとも思えなかった。それに苦しい気持ちが楽になるとは思えなかった。それどころかその先生と話をすると苦しい気持ちが増幅された。精神科の先生と相性があるという話は聞いたことがあるが、僕は数度行きその先生のところにいくのをやめた。
もらった向精神薬はてきめんに僕の心に作用した。深い深い思考の闇に落ちていくはずが、闇がぼやけて見えなくなったといった感じ。そこに確実に闇は存在するのだが、その闇は霧がかかったように見えなくなる。
問題は何一つ解決していないけれども、それでもほんの少し生きることが楽になった。と同時に、性的な機能が確実におかしくなった。
別にセックスする相手がいる訳ではないのだが、それがおかしくなると男としての自信が大きく揺らぐ。
その薬を飲むことは、あるスパンのストレスを解消してくれるが、しかしその薬のお陰で別のスパンの新たなストレスに悩まなければならない、というジレンマに陥る。
薬を減らすことは無理だった。何故ならば、僕は処方される最小の量、あくまで副作用がでるかでないかのチェックの為に飲んだほんの少しの量で、てきめんに効いたからだ。
無知な僕は、勝手に薬をやめてみた。知り合いの内科の先生に何気なくその話をすると、その手の薬は勝手にやめてはいけないとたしなめられた。
再び服用を開始し、別の精神科にかかってみた。そこでは、別の薬を投与してくれた。ところがその薬の方が遥かに男性機能に障害を来す上に、心にも強く作用した。
薬は、自分の判断でやめてみてよいとその先生は仰った。その先生の指導のもと僕は半錠にわけて少しずつ減らしていった。
心も6月に入り、比較的安定していた。仕事も一段落し、僕は、心の置き場所のようなものをほんの少しだけ見つけることが出来たような気がしていた。問題の根本は何一つ解決していない。だけど、その問題との付き合い方のようなものを、自分自身で見つけることが出来たような気がしていた。
薬を完全にやめても、心はそれほど落ち込むことはなかった。
ところが、今度はめまいがする。
視線をそらしたら、その先にめまいが起こる。一瞬だけ意識を失ったような、感覚に襲われる。
最初は気のせいか?と思えるような感覚。だがどうも気のせいではなさそう。
薬を完全に経って1週間程で、強いめまいの感覚に教われるようになった。
少しずつそれもましになってきてはいるが、未だにめまいの感覚に襲われる。
とても怖い薬だなと思った。知り合いも同じ薬を飲みつづけたことがあり、その副作用は半年程続いたそうだ。

まだ、抗うつ剤は数週間分程残っている。今後もなるべく飲まずに過ごせるような、精神状態であればいいのだけれども。

(世の中 雨 心 曇り)




  1. 2015/06/19(金) 21:57:28|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(7) いい気候

夏と春の狭間の気候。気温は夏の気温だけれども、昼と夜の温度差が大きい。
春の特徴として、気温差があると思う。僕は春には自転車で旅をして地べたにテント張って生活することが多かったので、そのことを文字通り肌で感じている。
最上川でテントを張り、外にマットを広げ酒を飲んでいた。よくあるキャンプでの風景。曇り空が晴れて星空が突然現れた。と同時に気温があっという間に下がった。放射冷却だ。慌ててマットをしまいテントへ撤収した。
今の気候は、少し熱めの春の気候。とても過ごしやすい。
今年は冷夏のような気がする。冷夏は困る。北海道を自転車で旅する予定なので、冷夏なら恐ろしく寒いという可能性が考えられる。ダウンを持っていく必要があるやも知れぬ。去年の夏がそうだった。霧多布岬のキャンプ場で、死ぬ程寒かった思い出がある。
僕は暑さには強い。だけど、寒さには死ぬ程弱い。
しかしまだ梅雨入りすらしていない。いつ梅雨入りしてもいいように、まめに洗濯している。
今月は沖縄。梅雨明している沖縄へ移動。
そしてそれが終わると北海道。梅雨のない北海道へ移動する。
楽しみだ。
  1. 2015/06/11(木) 12:11:21|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(5) Fj'sでのライブから

弟のなじみの飲み屋が中目黒にあり、そこは有名な故深町純さんのお店で、そこで演奏しないか?といわれた。ピアノはCPだそうだ。僕は助川をパートナーとするイメージがすぐに沸いた。
深町さんが亡くなってからはじめてCPを使い、ライブを行ったそうだ。
深町さんの奥さんが来られていて、その音色にとても懐かしんで下さった。古いなじみの客も、懐かしんでくれた。
とても嬉しいライブだった。FJ's。いいお店だった。
弟の奢りで酒をたんまりと飲んだお陰で、電車を寝過ごし、気がついたら大塚。終電を逃した。
ドンファンで時間をつぶそうと思ったが、ドンファンはお休み。
小腹も空いていたので、食べれる店を探したが、マッサージの外国人の女性の客引きが多すぎて辟易した。
漫画喫茶で朝まで時間をつぶし、帰った。
いい時間の締めはくだらない時間だった。

(世の中 晴れ 心 晴れ 六月に入ってから、精神的な体調がいい。)
  1. 2015/06/08(月) 19:27:04|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(4) でんどう君、その後。



和音はルンバをみるなり、電動君、と呼んだ。故に今後は電動君、と呼ぶことにする。
デンドウ君、いや、あるいはでんどう君、伝導君、かもしれない。
ともかく、伝導君を導入してみるまで、僕は正直そこまでの期待を持ってはいなかった。
ところが、実際に導入してみると、掃除機をかけるより、ワイパーをかけるよりも、奇麗になる。
ただ、大きめのゴミ、例えば、米粒くらいの質量もの、であっても、吸い取りに欠ける。大きめの紙くずなども同様。
要するに、でんどう君は、「目に見えるようなゴミが存在しないような、元々奇麗に掃除された家」に対して、「それ以上」奇麗にしてくれるものだ、という事である。
その上、他所の部屋を片付けている間や、買い物に行っている間に、全ての部屋に掃除機を欠けておいてくれるという、代理性に於いても、相当優れている。
ルンバが掃除をしている間、ついておいてやらないと部屋で遭難してどうにもならない、という話を聞くが、我が家に於いてはそれはない。
ただ、ピアノ練習室と、和室は段差があるので、そこは個別にでんどう君を導入しなければならないが、それ以外の部屋、寝室、リビング、キッチン、脱衣所に関しては、一気に掃除してくれる。
要するに、でんどう君は、「複数の部屋があるようなある程度立派な家に住んでいる人の家」に対して、「利便性」を導入してくれるものだ、ということであるといえる。
僕の、電動君、は、ホームベース、つまり、居場所を作ってやれば、そこに自動的に戻ってくる機能を備えているランクのものを導入した。
掃除したらその場でこと切れるものもあるようだが、ロボットとして、ホームベースに帰還する機能は、美的に必要であると僕は判断した。
安くはなったとはいえ、3万ぐらいはするこの、電動君。
まとめると、「元々掃除が行き届いた家」で、「複数の部屋があるようなある程度立派な家」で、「三万の出費がある程度問題なく行える」家庭において、有効なロボットであるといえる。
あ、僕ですか?僕はもらいました。プレゼント。
後欲しいものは、ドラム型の洗濯機と、家庭用の最大の冷蔵庫と、

(心 晴れ 世の中 曇り)
  1. 2015/06/06(土) 16:34:52|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(3) 浦和の肉の名店、肉のマツヤマの閉店をうけて

僕は野菜は野菜屋、魚は魚屋、そして肉は肉屋で買い物をします。
今日は、野菜を買い、そしていつもの浦和の「肉のマツシマ」へ向かって車を走らせていました。
営業日のはずなのにシャッターが下りていました。たまに臨時で休むこともあるのですが、小さな張り紙が。
車を止めて張り紙を見に行ったら、なんと!5月末を以て閉店とのこと!!
大ショックを受けました。
マツヤマの、いつもの鶏胸肉、アベ若鶏の胸肉や、レバー、新鮮なレバー!!
黒毛和牛のいつものすじ肉、そして、なんかのときには食べていた山形牛の、通常ならグラム1000円以上はするであろう素敵なすき焼き肉!。サムギョプサル用の三枚肉や、ベーコンや紅焼芋頭扣肉に使う塊肉、親鳥の殻、それら全てが、何一つ手に入らなくなってしまった。
僕は、本当に今日1日、喪に服したい気持ちです。
大将!もう一度、店を開けてくれ!!僕はそれでないと、もう一生肉を食べないよ!!!!
  1. 2015/06/03(水) 17:48:08|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(2) ルンバ導入!名前募集中!!

10年以上前に付き合っていた彼女に言われたことですが、僕の感覚の中から、掃除、という概念が欠落しているのだといわれたことがありました。
その子も決してきれい好きな子ではなかったのだけれども、僕の部屋を細々と片付けてくれていた。しかしある時、幾ら片付けてもすぐに散らかす僕に頭に来て一切片付けずに過ごそうと決意したそうです。そして、片付けている自分に対しての感謝の気持ちを持たそうと、そう考えたそうです。
ところが、僕は部屋が散らかろうがなにし様が一向に頓着せず、散らかるがままに過ごしつづけたそうです。いい加減その部屋に過ごすことにストレスを感じた彼女は、諦めて部屋をまた片付けたそうです。そのことにすら僕は気づかない程、掃除、の概念は欠落していました。

最近、部屋の掃除と片付けを覚え、誰の目から見てもきれいな部屋、といえるであろう部屋に住んでいると、ルンバという掃除機のことが気になり出しました。
部屋が片付いていないと使えないが、片付いているならばとても便利な自動掃除ロボットルンバ。
導入しました!!
思ったよりも遥かに掃除能力が高い!!
ただ、音が若干うるさい。
それに、部屋に立てかけてあるブラックボードは押し倒していきました。ただ、鏡のような大きな物は倒さずにそのまま掃除していました。
気になるので、ルンバに掃除をさせながらそのまま買い物へ。
1時間程してもどると、基地に戻っていました!!
とても可愛い。
名前を募集します!!
  1. 2015/06/03(水) 17:42:11|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(1) 新たなる苦しい季節のはじまり

妻が出て行ったのは11月の末のことだった。晩秋の、澄んだ空気と、きれいな夕焼けが僕は大好きだった。だが、妻が出て行ったあの記憶とともに、あの晩秋のしんとした香りが僕は苦手になってしまった。
妻と離婚したのも11月の末のことだった。離婚するまでの三年間、それはそれは苦しい三年だった。いや、その三年が苦しかったことに、離婚するまで気付かなかった。
そして、そこから開放されたとき、いや、離婚を渋っていたのは僕なので、開放されたという表現はふさわしくないかもしれない。けれどある意味、それから開放されたそのときから、僕は再びあの晩秋の空気が好きになった。あの空気を感じ取る感受性を取り戻せた。

季節は冬が終わり、春も終わり、夏が始まる。
僕にとって、あの冬の寒い寒い寝室、寒すぎて眠れない程の寝室の寒さ、も、温かい鍋、例えばカジカをぶつ切りにして自家製ポン酢で食べる安くて身も心も温まるあの鍋のぬくもりも、春一番の生温い風も、そうかと思えば寒さが戻ってくるしとしと降る春雨も、埼玉の菜花、のらぼう菜のおひたしも、ついに春が開放されたことを告げるあの桜の喧噪も、桜が散った後の新緑の季節も、ついにあじさいが咲いている今の季節も、全ての季節が僕にとって苦手なものになってしまった。
これから始まる、じめっとした梅雨の季節、夏のいやという程照りつける太陽とアスファルトの照り返し、沖縄のキラキラしたさんごの海、ゴキブリに怯える夜、台風、そしてミュージックキャンプの秋、それら全ても僕にとって苦手な季節になるのだろうか?そうであるならば、僕はこの世の何処で生きていけばよいのだろうか?何を感じて生きていけばいいのだろうか??
未来永劫、僕は、幸せな気持ちを感じることなく生きていくのだろうか?それが僕の定めなのだろうか??
永遠に、苦痛から開放されることはないのだろうか??そんなことをずっと考えて、思考は負のスパイラルに落ちていく。夏の初日。新たなる苦しい季節が始まる。
  1. 2015/06/02(火) 00:34:26|
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日和[にわ] 春(12) 真ウイークが終わり、春も終わる。

関西真ウイークを終えました。いろんな人達の、様々な協力の中で、行うことが出来ました。
いつもながら、皆様に感謝です。
演奏は楽しかったけれども、自分が疲れているのかどうかもわからない程、疲れています。
帰りに福井により、長野を経由して先程戻りました。
旅に出たときは春だった。軽いダウンの布団で寝ていた。だけど今は裸で眠る季節がやってきた。
春の日和はこれで終わり。僕の心の日和は、何一つ変化無い。
何も始まらず、何も終わっていない。
空気は冬のあの日から動かないまま。
  1. 2015/05/30(土) 23:27:49|
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日和[にわ] 春(11) 音楽を奏でることと音を聞くこと

真ウイークも終盤戦に入ってきた。
ケリーズの二日間も無事何とか終え、そして今回は飲み会がとても少ないので、体調も楽ではある。
家では一切お酒は飲まない。僕の飲み残しの大量の焼酎は、母親が全て消費していた。
すっかり焼酎党になった、と埼玉から帰るなり言われた。麦酒よりは焼酎のお湯割の方が体にも良かろう。ちょっとした親孝行だ。
演奏は精神を消費する。が、楽音は精神をケアする。自らのピアノの音であれ、心をケアする。そのことに気付いたのは、東北の震災の時。僕は余りにも落ち込んでいて、何もする気が起きなかった。ある人にピアノを弾いてご覧といわれた。そんな気持ちではないと答えた。騙されたと思って一度ピアノの練習室に入ってご覧、そういわれ僕は少しだけピアノを弾いてみた。五分のつもりが、気付いたら1時間以上ピアノを触っていたかもしれない。
心が少しだけ軽くなっていた。そのとき僕は生まれてはじめて、音が心を癒すんだ、ということを知った。
何十年もプロで音楽をやっていて、たったそんなことに気付かなかった。
今の僕は、そのギリギリの循環の中で生きているような気がする。
  1. 2015/05/22(金) 11:53:25|
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日和[にわ] 春(10) 心の扁桃炎

どんよりとした雨が晴れた。
身体は何も感じ取れない。どんよりと、膿が張り付いた扁桃炎の喉の様です。
扁桃炎は、痛みを感じる。だけど僕は喉の痛みには鈍感です。どんなに痛くてもトーストを食べられる程。
医者は食事をとれることを嘘だと思う程に、鈍感。

今の僕は、鈍感です。そういえば夏のように暑かった。だけど僕は長袖を着て家を出てしまった。
駅まで歩いてはじめて、暑さ、に気付いた。

もう、夏なのだろうか?そういえば、今、僕はパンツ一丁で寝室にいる。
暑いのだろう。な。
  1. 2015/05/20(水) 03:38:01|
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日和[にわ] 春(9) 苺のノンアルコールカクテル

大阪真ウイーク4日間が過ぎた。
朝起きたら嬉しい知らせが。十三のバーナチュラルが8年ぶりに復活したという。
ナチュラルは、2006年の僕の自転車ツアーの一番最初のライブを行った場所でもある。
僕にとって、いわば今の僕がある最初の一歩を踏み出した場所でもある。
ナチュラルのマスター、所謂ナチュマスとは、越智順子の葬儀の日以来会う。7年程前になるか。
マスターはナチュラルをたたんだ後鳥取に8年程暮らし、人生にほとほと疲れ果てて戻ってきたそうだ。
店の名前は「Cressent」というものに変わった。だが、ナチュマスはいつまでもナチュマスであり続けることだろう。
車だったこともあり、ノンアルコールカクテルを頼む。苺のカクテルは?と勧められた。
春らしいさわやかな苺のカクテルを勧めるごついバーテンダーと、それを飲む40過ぎの中年。絵にならない。
明日もう一度来よう。明日は、ナチュマスのアルコールカクテルをしこたま飲もう。
おめでとう、ナチュマス。もう一度人生を楽しくやり直そう。僕ももう一度人生をやり直したい。
そんな時期なのかもしれないね、43才は。

  1. 2015/05/19(火) 00:55:31|
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日和[にわ] 春(8) 浮きつ沈みつ、少しずつ行こう

東北のツアー中、遅まきながらも春の到来をようやく感じ取る心の余裕もできて、少し晴れやかな気持ちでツアーを続けていたのだが、道中はしゃぎすぎ、その反動で精神的にどーんと落ち込んでしまった。所謂躁状態が鬱に転換したのだろう。
元気がない時期が続いたから、少しでも元気になれるとついはしゃいでしまいそうになるのだが、そこはじっと我慢しなければ、とお医者も言っていた。心の病も体の病も同じことなのだろう。
ほんの数日間の埼玉滞在を終え、今僕は大阪にいる。
さすがに下道移動は厳しいので、今回は高速で来た。高速での7時間弱の移動ぐらいどうってことのないもののように思える。今までの移動が過酷だった所以だ。
明日から真ウイーク。毎日が演奏。自分のメンタルのコントロールと体力のコントロールをしつつ、仲間との再会を楽しむという芸当が、果たして僕に出来るのだろうか??
そーっと、少しずつ、元気を蓄えていこう。
  1. 2015/05/15(金) 01:53:17|
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日和[にわ] 春(7) 旅は日常。無機質な自宅。

旅を終えて自宅へ帰って来た。
5/1に埼玉を出たので、丁度10日ぶりの帰宅。僕にとってそれは別に特別なことではない。
どれほど旅慣れていても旅は楽しい。ただ、旅慣れると変わるのは、帰宅したときの感慨が薄れることだ。
旅は日常。自宅も日常。故に何も変わらない。旅行から帰ると帰宅した感慨があることだろう。旅行は非日常。
僕の旅は、日常です。
故に、旅に金をかけてはいけない。日常は節制して工夫してこそ楽しいのだ。
ただ、旅行には金をかけよう。その方が楽しい旅行が出来るだろう。長いこと旅行などしていないのでわからないが。

今回の旅程は、埼玉〜秋田、秋田〜鶴岡、鶴岡〜秋田、秋田〜仙台、仙台〜いわき、いわき〜会津、会津〜埼玉という旅程。推定1500kmくらい。もう少し短いかもしれない。
その間に使った高速料金は、酒田の市街で乗った250円と、いわき会津間の2000円ちょっと。
それ以外は全て下道で移動した。埼玉〜秋田はさすがに応えるが、会津〜埼玉間はなんて事のない距離に感じられた。

帰宅する。旅から帰ってきて部屋が散らかっていることが何よりも嫌な僕は、きれいに清掃して家を出た。
同居人がいるときは、旅から帰ってきたときだけはきれいにしておいてくれ、とお願いしていたのだが、同居人のいない今、自分で出掛ける前にそれをしておくしかない。
帰ってきて、片付きすぎて余りの無機質な室内に逆に嫌気がさした。
生活の香りが全くしなかった。
ものには程度というものがあるようだ。

ツアーは疲れた。いつまでツアーを続けることが出来るのだろうか?
  1. 2015/05/11(月) 00:11:02|
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