真・の・ブログ

日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

ぬか漬け日記2

中村家ではぬか漬けは、おじいちゃんの味なのです。
母型のおじいちゃんがぬか漬けを作るのが得意だったからです。
塚口家(母の実家)では、お酒を飲んで帰宅したおじいちゃんは、必ずそのぬか漬けでお茶漬けを食べていたそうです。
おじいちゃんがお茶漬けを食べるその音、さらさら、こりこり、というその音に食欲をそそられた当時子供だったうちの母やその兄弟は、寝床からごそごそと起きだして、こぞってお茶漬けを食べたそうです。
中村家でのぬか漬けの日は、たしか金曜日でした。
もしかしたら、金曜日は巻き寿司の日だったかもしれません。
いずれにせよ、週に一度、ぬか漬けの日があったのです。
邦楽家であるうちの父親は、週一度、稽古を羽曳野にあるおじいちゃんの家の二階でしていたのです。
稽古が終わったら、夕食をよばれて、お土産にそのぬか漬けを持って帰ってくるのです。
僕は、おじいちゃんの作った、3日間は漬けたであろう、ほとんど緑色の残っていないくしゃくしゃになった古漬けのキュウリと、白菜の漬け物が大好きでした。
お茶漬けのお茶はほうじ茶、そして、漬け物にすりごまと軽く醤油をかけ、なぜか味の素をかけるのが習慣でした。
今となっては、そんな手作りのぬか漬けに味の素を入れて食べていたのはもったいない気もしますが、兎も角、その三つを使うのがお決まりでした。

おじいちゃんは立派な人でした。
僕がミュージシャンになることを決めた頃、母の兄弟、つまりおじさんたちはこぞって反対しました。というより、馬鹿にされました。
そんなんで年収いくらになるんや、といわれたこともあります。
が、おじいちゃんは、全く反対しませんでした。懐の大きい人でした。
とにかく人望のある人でした。
晩年は、おばあちゃんがよいよいになってしまったので、介護に明け暮れる日々でした。
わがまま三昧をいうおばあちゃんに、おじさんやいとこ連中は、おじいちゃんの負担になるので、なんとかおばあちゃんから引き離そうとしていました。
でも僕は、おじいちゃんに介護をさせた方がいいのではないの?と提案しました。
実は、そのことについておじいちゃんと二人で少しだけ話したことがありました。おじいちゃんは、おばあちゃんが好きで、介護をしているのも楽しいのではないの?って。
そしたら、そうやで、と答えてくれたことがあったのです。
ビルマに戦争に行っていて、その頃おばあちゃんに苦労をかけたらしく、その恩返しの意味もあったのではないかな、と思います。

おじいちゃんは90ぐらいで死にました。
85くらいで煙草をやめて、煙草やめてよかったわ~というようなおじいちゃんでした。
おじいちゃんが死んでもう七年ぐらいになるな。
秋のことでした。
葬式には仕事の都合で行けなかったんだ。冥土に送りたかったなあ。

明日は試しにキュウリを漬けてみます。なぜか風土舎にもうキュウリが出ていました。
おじいちゃんの古漬けの味、が目標です
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  1. 2010/05/15(土) 15:07:38|
  2. 料理のこと
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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コメント

誰からも尊敬されていたおじいちゃんは92歳で亡くなりました。おばあちゃんの介護をしながら90歳まで経理の仕事の現役でした。
孫たちはスーパーおじいちゃんととっても尊敬していましたよ。。。追記まで
  1. 2010/05/15(土) 17:22:51 |
  2. URL |
  3. ikuko #t57Kjyrs
  4. [ 編集]

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