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日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

今年一年を振り返って。

今年一年を振り返る。

僕にとっての今年一年はとても充実したものだった。充実という言葉は、こういうことをいうのだろう。
全てが過不足ない。仕事、遊び、生活、対人関係、全てが多過ぎず、少な過ぎない。
人から見たら僕は仕事が少ないかもしれない。金銭的にも恵まれていないかもしれない。ただ、遊びと対人関係においてははっきりと僕は他人より恵まれていると思うが、相対的な評価軸において、自分がどこに存在しているか、ということに対しての興味が本当に無い。
自分にとってどうであるか、という、身の丈にあった服を着れているか?と問われると、はっきりとイエス、と答えられる。
いつからこんなにストレスなく生きていけるようになったのだろうか。
数年前、僕は大変苦しい思いをしていた。それはその当時を振り返ってみて総括するならば、自ら望んで苦しみの中に身を投じていたと思う。
しかし今は、人生の舵取りを上手く出来るようになった。
悩みの中にあった20代、ひたすら道無き道を進んだ30代は生きるのは楽ではなかった。
40代になり、色々な自分を見つめ直した。
そして、いつの間にか自分にぴったりの衣服を纏えるようになった。
向上心がないわけでも、苦労がないわけでもない。それらも含めて、自分にぴったりの生活なのだ。
わかりやすく言えば、幸福を感じて生活しているのだ。
ほとんど欠乏している部分がない生活だが、唯一つだけ欠乏しているものがあるとすれば、それは自分の息子のことだ。
子供と会うことはもうこちらからは求めない。ただ僕はそのことを寂しくは思うが、不幸であるとは思わない。
この世の中に、息子は必ず元気で生きているのだから、そのことだけでも僕は幸福を感じることが出来る。

ただ僕は、今の過不足ない幸せが、必ずしも長く続かない可能性もあることを知っている。
それが今まで半世紀近く生きてきた経験から理解出来る。
ただ、今まで数多の困難を乗り越えてきたのだ。これからもその困難を解決していくことだろう。

令和最初の年。しかし様々な別れがあった。
実の父親の他界。そう遠くはないことは想像していた。
だが、実際に死んでしまうと、そこに存在していた親父が、ただいないだけでこれほども大きく違うものなのだな、と思う。
実家に帰って、母親と二人でご飯を食べることと、親父と3人でご飯を食べることは、全然違うことなんだ、そのことを知った。

多くの友がこの世を去った。
最後まで励まし続けた友がこの世を去った。
天寿を全うした死ならば、ある意味において祝福に値する。
親父は天寿を全うした。そして彼は成すべき仕事を終えて死んでいった。
だがそうでない人々の死には、悔しい気持ちがある。
死それ自体に善悪はない。万人に等しく与えられたるもの。
だがそれを意識して生きていくか否か、望むと望まざるに関わらず、それを意識せざるを得ない年齢になった。

来年もたくさんのライブ、ツアー、レコーディングを行うだろう。
にはたづみプロジェクトの様々なコンテンツも充実していくだろう。
どんなことが起こってくるのだろうか?
楽しみな4回目の年男です。


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  1. 2019/12/26(木) 18:43:44|
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