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日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

初のAIR SPLASHを終えての、完全に個人的な私見。

AIR LIVE SPLASH 2019 終わりました。

11年目の今年は、しかしながら新たなるAIR SPLASHの開始の年でもある。
僕は、色んなことを僕個人に対する、や、僕個人が考える、から少しずつ離脱していきたいと、数年前から考えていた。

僕自身がレジデンス的な発想を持っていたのはもう中津江初年度の09年からで、ずっとそのことは考えていた。
アーティストが短中長期的に滞在して制作する場所を作る。
考えはミュージックキャンプという形で10年続いたが、それはやはり僕の理念を体現化する場所であり、主体性や、自主性は問われるものの、でも所謂トップダウンのアートキャンプであった感は否めない。
ではなく、僕自身は、レジデンスの中での制作にのみ集中し、参加アーティスト同士が学び合い、その過程の中で生まれてくる創作を吸い上げたり、ときには指導もするかもしれないが、あくまで理念のみを共有し、自由に創作活動をしていく、というArtist in Residenceという集いによりシフトしていきたい、と考えていた。
そもそも音楽家主導のレジデンスとはあまり聞いたことがないのだが。

初年度のAIR SPLASHはとてつもなくしんどかった。
未だかつて感じたことがないほどの精神的疲労を感じた。
無論それは、親父が死んだり、親友の死が令和の8月に起こったこと、また自分の家族間のトラブルがあったこと、諸々の要因があり、精神的にダメージを受けたまま臨んだこともあるかもしれないが、誰かに任せることと、自分で責任を取ることの狭間にあることの精神的ストレス、そして、誰もが即座に理解できるものではない理念を共有すること、それを押し付けではなく主体的に共有していくこと、に対しての、精神的な疲労は半端なかった。

自分でやること、決めることは簡単なんだな。
人が決めたことを承認し、最終的な責任を負うこと、は、いうは易しなのだが、そう簡単ではないんだな、そういうことを、改めて思い知った、AIR SPLASHでした。

また、アウトリーチが疲れた。
新たに運営に招いた元井は、様々な外部公演を企画してきた。彼は、ダンサーであり地元富山在住であるゆえに、新たなる息吹を我々にもたらしたと思う。
外部公演とアウトリーチの難しさ、わかってはいたけれども、改めて思い知った。
アートを知らない人、日頃触れることのない人に対して、妥協せず我々の信じる即興的なアートを伝え、しかしそれで知らない人たちを突き放さず、聞いてよかった、触れてよかった、と思わせる何かを作ること、そして主催である学びの森や、クライアントである出先を満足させること。どれか一つならば簡単です。全てをやることはとてつもなく神経を使うことだった。
ヘトヘトになる程疲れることだった。

初日から、普段の最終日ぐらいの疲れを感じながらやったAIR SPLASH
疲れ果てたけど、次へのステップは得た気がした。
新たなるステップへ、登っていける気がする。

50年近く、僕は生きてきて、そして30年近くプロとして音楽活動をしてきた。その歩みは常に茨の道だった。
これからも僕は自分の進むべき道を、切り開き続けるんだろうな。
果てしなくクライマーが登り得ぬだろう壁をそれでも登ろいうとするが如く。


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  1. 2019/09/20(金) 13:14:30|
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