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日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

親父の思い出話

親父のことについて、いつか書きたいと思っていたことがある。
親父は、もはや数少ない、戦前生まれでした。あと数年早く生まれていたら、学徒出陣に駆り出されていて、そうなったら俺はこの世にいなかったかもしれない。
親父と戦争の頃の話は比較的よくした。
空母加賀の二等兵の水兵と親父は友達になり、お兄ちゃんお兄ちゃんと懐いていたそうだ。無論その水兵は、ミッドウェイで命を落としている。
親父を連れて家族旅行で沖縄に行くという話が出たのだが、最後まで親父は積極的に行きたがらなかった。
何故なら、小学校の同級生が、「疎開」のために、沖縄に引越しし、消息不明となったからだ。そういったトラウマは、80を越えた当時の親父ですら持っているものだ。
親父は、戦争を本当に憎むというか、思想的にも、当時の帝国の在り方等についても、否定的だった。
戦争を、生身で見ていた親父のその思想に対してぼくはリアリティーがある、一つの意見として聞くことができる。
ぼく自身の見解として、大東亜戦争は、当時の国際常識と照らし合わせて、日本がとった政策は、取らざるを得ない政策であっただろうし、その結果もたらした日韓併合などにおいて、害だけでなく、効もあったとぼくは思っているし、多くの「欧米」の国の植民地支配に比べれば、マシだったのだろうと思う。
が、だからと言って、日本の「罪」は、なかったのだ、という意見にも賛成し難いのだが。
俺の親父は、そういった先の大戦の体験談を語れる貴重な生き字引であった。
あと、ほとんど読めない漢字がなかった。凄まじい漢字力であった。
あれは昭和一桁にしかできないわ。
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  1. 2019/08/16(金) 23:12:06|
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