真・の・ブログ

日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

杉本匡教との共演について

昨日、テナーサックスの杉本匡教(まさのり)君の31歳のバースデーライブでした。
杉本とデュオでライブをするのは僕の記憶が正しければ、一年半ほど前のプラスイレブンが最後だと思います。

彼と初めて共演した時の事を僕はよく覚えています。
何かのスタンダードで、二度目のテーマを一オクターブ下で吹きました。それにより僕はピアノのボイシングを変えたのですが、その事に気付きました。それはまだ彼が26ぐらいの頃かもしれません。
気付くのは勿論当たり前といえば当たり前の事なのですが、意外とその当たり前のことに気付かない人は多いです。その時に僕は杉本はとてもいいプレイヤーになるのではないかな?と思いました。

杉本をよく知る、彼の同世代のサックスプレイヤーに、杉本いいよね、と聞いたら、全然?と答えが返ってきたことがありました。その真意はわかりません。嫉妬心やライバル心が言わせた言葉かもしれませんが、杉本君のユニークなところは、ものすごい古い演奏スタイル、ビバップ以前のスタイルに立脚して、コンテンポラリーな世界観を展開しようとしているところだと思います。
もしかしたら、同世代のプレイヤーから見たら、古臭い、おじん臭いスタイルだと思われたのかもしれません。

でも僕は、コンテンポラリーなプレイヤーの形だけを真似することよりも、自分の中の歌い口を模索することのほうによほど意味があると思います。コンテンポラリーなフレージングを左脳的に研究して、それをそのまま左脳的に表現するようなプレイヤーのほうが大多数な杉本君世代のプレイヤーの中で、(無論そういう時代は、音楽を学ぶ上において必要な通過点であることも事実ですが)彼は、自らの歌い口を既に持っているように感じます。
無論まだ31歳では完成には程遠いことと思います。しかし、ある種の自分の音楽を既に持っているプレイヤーだと感じました。


中村の考えに書いた、管楽器奏者に対しての文章の中に、共演者に要求をすること、という項目があります。彼はすでに僕に色んな要求をしてきます。だから僕は彼の言う通りに演奏しているだけでした。
橋爪亮督とはまた違う僕の中の引き出しを開けていきました。

でも僕はそんなことよりも何よりも、1年半前の共演の時とは、見違えるほど演奏が進歩していたことが、何よりもうれしかった。
僕は、へたくそでもいいから、進歩しようとする人が好き。そしてそういう人に対して僕は全力を尽くして協力する。

彼に贈った言葉。20代は暗中模索の時代。30代というのはある程度の事がわかったような気になる。頂上が見える。だから、頂上に立ったかの如く錯覚する輩もたくさんいる。
無論彼がそんな下者(くだもの)であろうはずもない。

僕は、30代は、無知を知る10年であると彼に言った。
30歳である程度得た解答は、40歳の時、見事に違う事を経験した。という事は、僕が50の時にまだ知らない、今の価値が覆るようなことがあることを、知ったんだ、と話した。
それこそが、無知の知、であると、話した。

この言葉が彼の31歳の誕生日プレゼントとしてふさわしいのかはわからない。

でも僕は、杉本君の演奏に対して、非常にたくさんの期待をしている。
彼の才能を、僕は、見守っていきたいし、僕に可能な協力の全てを彼に費やしてけたらと思う。



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