真・の・ブログ

日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

大切なもの。

毎度毎度僕のブログの愛読者には悪いのだけど、いつもいつも暗い日記で申し訳なく思っている。
本当にこの数年間、僕は本当の意味での幸せを感じることができた瞬間は、数週間に満たないのではないか、と思う。
僕は今、誰に相談しても、死んじゃ駄目、といわれるほどの苦痛を感じている。
精神を病んでいる友達に連絡をすると、その気持ちが理解してもらえる。消えたくなる、といわれる。
そしてどんどんと問題は大きくなってきた。インドに逃げた時の比ではない。
インドに逃げた時に僕は多大な迷惑を人にかけた。もうどこにも逃げられない。
雄太のツアーの時も本当は逃げ出したかった。だけど、死にそうになりながら待ち合わせ場所へ向かった。
結果行ってよかった。偶然にも素晴らしい人々にのみめぐり合えた。
音楽活動はそれだけではない。嫌な目にも多々あう。

今は、あの雄太とのツアーの時よりも、インドへ逃れた時よりも、数倍の苦痛を感じている。
この三日間、ずっと寝て過ごした。起き上がれなかった。

あらゆる事柄が、ピアノを弾くことすら、その苦痛を彷彿させる。いや、ピアノだけが、僕を現世に留めておいてくれる、何かなのだろう。

僕は、自分自身の音楽のすべてを理解し、認めてくれていた人を失いました。
誰にもわからない、僕のハーモニーのちょっとした機微であるかを、間近に聞き、触れて、ともにその価値を共有できていた恋人を失った。
貴重なアドバイスをくれる人を失った。心で僕の音楽に触れて、感じたことを話してくれる人を失った。

彼女が僕を認めてくれていたこと、そのことが僕の音楽へのモチベーションを高めていたこともある。
相対的な評価を求めているとかではない。魂が、共鳴する相手だった。
僕のピアノで、魂が共鳴していた。その事は相手も解ってる。
彼女のピアノの中に、僕の存在はあるだろう。多大に。
あの年齢であの音は出せない。あれは僕の音から共鳴を受けた音だ。その価値。
その価値を大切に思えるには、まだ若すぎるのかもしれない。
僕にとっても彼女が響いてくることが、喜びだった。未熟な演奏。だけど、その才能と、今後の未来の彼女のアーティストとしての期待、プラモデルだと思っているのではない。中村真の亜流でいてほしいなどとも思っていない。
音楽のみではない。様々な価値を共有出来た。
彼女が僕の家に勝手に貼っていったポストカード。ポストカードのセロファンの部分にピンをさしていた。ポストカードを傷つけないように。
そのことに気付く僕とその気づかいの彼女。とても些細なこと。だけど、そんなことを解りあえる関係だった。

僕は、なぜこんな自分自身の事をブログにつづるのか、それは、僕自身が物を書くことにより、自分の脳みそを整頓するため、そして、書くことはほんの少しだけ気持ちが持ち上がることなのだ。

自宅で、自分の録音をとり始めた。それは、その恋人へプレゼントするためにやり始めたこと。
だけど、僕は今、自分自身を、現世に引きとめるために、一日一曲ぐらい、録音をとっている。
それも同じモチーフなのだ。

乱文散文申し訳ない。僕は、誰も読んでいないだろうこのブログを書くことが、僕の心の安定へのつながりなのだ。申し訳ない。
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