真・の・ブログ

日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

Fw:「わがまま」「自意識」「業」

彫刻家緒方敏明さんから時々貰う私信が面白いのでたまにこれからもアップします。
僕と緒方さんは、殆ど同じことを考えています。が人間のタイプは真逆です。

芸術家は、言われる。他人から。
「社会や周囲のせいにするな」とか「自意識過剰」とか「だれも君にartistに成ってほしいとなんか頼んじゃいない」とかね。

だけど、まぁ、たいがいの芸術家たちは、社会や周囲のせいにしている。励みにし易いんやと思う。だから使命感も持続する。実社会との比較で自身の現在地を知り、モチベーションを維持する。
音楽家の場合は知らないが、特に美術系の人たちは独りで考え込むタイプが多勢なので、あまりに「自業自得」「自己責任」を思い詰めると、重度の神経症に陥って、創作どころでなくなるケースが、かなりある。それで創れなくなった人たちは多いです。

一方で、ほんとうに美術を「好き」とか「センス」だけで、グイグイやっていた人たちは、若くして他界している。いわゆる天才系か。自殺も含んでいます。これは、クライマーにも近い。知人のクライマー田中幹也さんとは、この見解は一致しています。ぼくの友人も、天才系は、全員死んでいます。
冒険家や登山家も、生き抜いている人たちは、たいがい社会や周囲のせいにしている。いわゆる一流といわれてる人たち。社会状況とリアルに向き合いながらグダグダうじうじと愚痴を垂れています。
クライマーも孤独だ。そして自意識過剰。過剰な自意識が、ギリギリの境地で自覚を維持する。自意識が無ければ山頂に立てないし、自意識が無くては、生還しえない。
無意識に無自覚に登っていて、ふと気がついたらヒマラヤの頂上に居たなんて人たちは居ないだろう。


クライマーで言えば、山野井さんとかが、奇跡的に生きながらえてる天才系だと思います。山野井さんの話を聞いていても思います。対談でも、山野井さんと他の冒険家が話していると、他の冒険家が普通の人に見えてしまう。みなさん一流といわれてる探検家や冒険家ですが。

びっくりしましたよ~。山野井さん、聖人みたいでした。
ほんとうの「子ども」「超わがまま」。
彼の足跡が、そのまま傑作作品に成る。感覚とのタイムラグ無し。スゴいと思ったよ。
よく、生きてると思う。自殺もせずに発狂もせずに!
超超一流だね。

ぼくは、絶対に真似できない。さらに言えば、ぼくは、山野井さんが山を好きなほどに美術を好きでは無いと思います。



同じく登山家の田部井じゅんこさんは「やりたいけど、なんらかの理由があってできない。そのように言う人は、ほんとうには、やりたくないのだ」と言ってる。それは、とてもわかる。ぼくが、実践できるのは、そこまでだと思います。山野井さんのは無理だ。


そして、登山家と芸術家は、本質的には同じように生きていると思います。違いがあるとすれば、自身が登りたい山、あるいは登るべき山を、体外に持っているか、体内に持っているかの差異だと思います。




おが
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