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真・の・ブログ

日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

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魚津ミュージックキャンプ2017、終わりました!!

魚津ミュージックキャンプ2017 無事終えることが出来ました。

2006年、自転車ソロピアノツアーを行う中、たまたま知り合った中津江公民館長大沢氏の招きで、中津江公民館での臨時のソロピアノ開催をしたことが、一つのきっかけとなり、自然発生的に始まったミュージックキャンプの流れ。
紆余曲折がありました。
キャンプが始まったとき、僕はキャンプ5年の計を立てました。
種をまき、芽が出て、育ち、実り、収穫する五年。
実際には二年目で早くも頓挫します。

伝説の中津江の2年目のキャンプを経て(youtubeで中津江ミュージックキャンプで検索かけるとたくさん出てきます。)、3年目へのステップへの計画の段階で頓挫したキャンプ。
キャンプを救うために、わざわざ上野賢治と千紘と中津江まで行ったのですが、幻の三年目は永久に繰り越しとなりました。

三年目、キャンプは金沢へ移りました。湯涌創作の森に宿泊し、上野賢治の自宅でもあった「蛍庵」でのコンサートを開催した本当の手作りのキャンプ。ゼロから、いや文字通りマイナスからの出発でした。
僕の、キャンプに対する気持ちを、賢治は情を持って汲んでくれたのだよ。そう当時の僕の参謀だった川本は僕に語った。賢治からの僕への「贈与」であったキャンプ。本当の手弁当、完全赤字のキャンプだった。
この三年目のキャンプの開催を、魚津学びの森で行おうとアイデアがありました。中津江が終わった後、僕は魚津まで出向いて話し合いました。が、当時の僕の実力では、開催は不可能でした。その期はいつか来るだろう、そう思ってはいました。その日が来るのを、静かに待とうと思いました。


キャンプは四年目、金沢市民芸術村のアートディレクターに就任した上野賢治のお陰で、市民芸術村のホールを使ったものになりました。
市民芸術村の公演のためのリハーサルという名目で、湯涌創作の森が無料で使えたのです。
竹澤悦子、芳垣安洋、等の特別講師を招いての開催。


キャンプ六年目、その年度末を持って賢治がアートディレクターを退任することが決まっていた。
キャンプが終わったその足で僕は再び魚津に出向いた。
金沢での4年間で、蓄えた力で、魚津での開催を、心の中で温め続けてきた、魚津での開催を目論むため、打ち合わせのために魚津に行きました。
学びの森は、僕が来たときに、「あ、やってきたな」そう思ったと言いました。
機が熟したのをお互いに感じ取ったのです。

キャンプ七年目、魚津での最初のキャンプの日々が始まりました。
僕と上野賢治以外に、助川太郎を招聘し、開催しました。
思考錯誤での開催です。助川にも、満足にギャラを出せない可能性と、しかしそれだけでない精神的な価値を必ず講師である助川にも持って帰ってもらえるであろう事を約束しました。
助川はその想いに応えてくれました。

翌年、あらゆる助成に落選したにも関わらず、講師を更に増やすという暴挙に出ました。
中村新太郎、大村亘を加えての手厚い講師陣。
同じく手弁当を覚悟してもらっての、開催。僕自身は謝礼を受け取らない覚悟で臨んだキャンプでした。
しかしキャンプは例年よりも充実したものとなりました。参加者同士の交流が最も密になったキャンプなのではないかな、そう思いました。2年目の中津江を凌駕する勢いのキャンプ。

そして今年のキャンプへと繋がっていきます。

毎年色々な動きが自発的に生まれてきます。
僕はそういう動きを、なるべく大切にしつつ、ほんの少し是正していく。
何もしない。起こってくる動きに対してほとんど手を加えない、というのが僕の一つの哲学です。
サボっているのではない。何もしない事が最も力技である場合も多い。
そして、そういった自主的な動きをキャッチし、そして参画して、参加者は何かを得て帰っていく。
9年間やってきて、ようやくそういった動きが、スムーズになっていった。
僕たち講師の「想い」を参加者に伝えていくことが、スムーズになってきた。
毎年、ドラマが起こります。善悪美醜のドラマが起こる。
誰かが泣く。悔しくて泣く。うれしくて泣く。
誰かが怒る。誰かを叱る。朋子が切れる。(笑)
真剣なセッションが終わった後の飲み会では、ひたすら笑い。
本当に馬鹿みたいな飲み会。

どれほど馬鹿なことに真剣になれるか。それはもしかしたら最もアーティストに必要な要素かもしれない。

参加者、スタッフ、講師関係なく、手作りで、キャンプそれ自体を、皆が、創作の一端を担う。
与えられたものを、求めるという、一方通行でない学びの循環が、9年の月日を経てスムーズになってきた。


来年は10周年。
僕が提唱してきたものが、一つの形として実を結ぶ、5年の計は、10年に延びました。

企業の助成のみならず、個人の協賛金を募ったところ、ぼくたちのプロジェクトの理念に賛同するたくさんの人々からの、気持ちを頂きました。
お陰さまで運営の上での経済的な困窮から来る精神的な「切迫感」から解放された開催をすることが、はじめて出来たキャンプでもありました。
お金は、ぼくは気持であると思っています。
スタッフの労働は、気持ちです。いいキャンプを参加者の皆に、贈与したい。その気持ちの表れだと思う。
僕たちの提唱する、贈与主義の伝播、それは、少しずつ形になってきたように思います。

僕は、キャンプ内外を問わず、後輩たちに、僕を慕ってくれている人たちに、いや、そうでない人たちに対しても、僕は、これからも「なにか」を伝え続けるだろう。

そして、僕は、この社会に対して、小なりとはいえ、この好意の贈与の伝播を、打ち出して行きたい。


来年は10周年です。いよいよ収穫の時が来ました。

来年はさらに大きな絵を描いてみたいと思います。

最後に、一年を通じて自分の大切な時間を費やし、キャンプに尽力を注いでくれたイザウラはじめ運営スタッフのみんな、自分の大切な知性を惜しみなく皆に伝達してくれる講師の皆さま、あの手この手を尽くして、我々のキャンプの開催に尽力くださる、山田さんはじめ学びの森の皆様、朝日新聞、JPホームはじめ協賛してくださった企業の皆様、個人協賛くださった皆様方、そして、色んなものを学びとっていってくれた、参加者のみんな、本当にありがとうございました。


全弾打ちつくして放心状態です。
でも、心は晴やかで、さわやかな気持ちでいっぱいです。


ありがとうございます。

また来年。会いましょう!!


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  1. 2017/09/26(火) 22:22:58|
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