真・の・ブログ

日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

物事に対するチャレンジ

ガーシュインのラプソディーインブルーのオファーが来たときに、とてもうれしいと思った反面、大変だろうなと思った。
全てのカデンツを即興でやること、軽くアレンジを施す、という程度ならだれでもやっていることだろうが、全カデンツを完全即興で、ソロでやるのは、世界でもそう沢山の人がやっていることではないだろう。
頂いた仕事を、仕事としてこなすだけであれば、何てことないこと。
だが僕にとってこの、ラプソディーインブルーに取り組むという作業は、また新たな自分の越えなければならない、与えられたオーバーハングとして捉えてた。


思えば僕は人生の選択肢において、必ずリスクのある方向を選んできたような気がする。
ほとんど誰もやったことのない冒険を選んで生きてきたような気がする。
自転車でのツアーなどやる前は誰もが馬鹿なのではないか?そう思っただろう。
新太郎さんとのほぼ成功率3割のトリオを、お客さんにほぼ見はなされながら、店にももうちょっとわかりやすい音楽をやってください、と言われながらも、ずっとひたすら即興にこだわり続けてきたトリオも今ではそれなりのポピュラリティーすらあるだろう。
ソロも、ひたすらリスクのあるやり方を続けてきた。スタンダードをひたすら即興的に取り組んだ時期もある。完全即興でのコンサートを続けてきた。それも都内ならばわかるが、地方都市での完全即興はリスキーだった。本当の意味で自分を解放できていなければ、絶対に伝わらない。
それらを乗り越えた後は、スタンダードをただシンプルに歌い上げる、という、その時の僕にとって最も難しいやり方でのソロにチャレンジしてみた。

音楽というワールドを冒険すること。それは相対的な意味合いにおける冒険ではなく、僕自身にとっての冒険。
他人から見たら、冒険に見えないかもしれない。無謀に見えるかもしれない。愚かに見えるかもしれない。
だけど、僕にとってはそれらは冒険なのだ。

冒険の目的は結果ではない。それに向き合ったか否か、本気で取り組んだかどうか、が全てだ。


例えばだけど、カデンツの途中、この調に転調してしまったら、もう戻ってこれなくなるかもしれない、でも行ってみたい、と思う瞬間、僕は本番でも迷わずその調に転調するだろう。結果破綻した音楽になったとしても、僕はその選択を選ぶ。
無論僕は、プロのピアニストだ。僕の選択はただの無茶な選択ではない。
僕の選択する、チャレンジ、なのだ。僕の選択による破綻すらアートたりえるという矜持の元、チャレンジするのだ。

誰にとっても、アーティスト以外にとっても、日常の生活の中にもチャレンジの機会はある。ただ、その事に気付いていない。
チャレンジは作れる。
その事に気づくことが、気付けることが、もしかしたら感受性なのかもしれない。

とにかく、新しいチャレンジの機会を楽しみにしたいと思っている。
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  1. 2017/07/19(水) 14:09:34|
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チャラいバンドのツアーでの出来事

割とチャラ目のバンドのツアーに出た。歌二人とベースとドラム。
僕はたまたまそのバンドのツアーに乗ったのだけど、ベースとドラムに対して軽くリーダー的存在になっていった。。
ツアーは雰囲気見ながら、まあ楽しくやっていたのだけど、ベースとドラムは仲良しなのだけど、よくけんかをする。冗談のけんかなのだけど、それが度を越して殴り合いになったりすることが頻繁にあった。僕は、上段で制止していたのだけど、あるとき、殴られたベーシストが本気になって怒りだした。
僕は、一連のけんかは、ドラムの悪ふざけが度を越していて、ベーシストが笑ってそれに付き合っていたように感じていた。僕は仲裁に入り、いい加減にしろといった。
そして、もうドラム、お前はクビだといった。トラを探さなければならない。
衣類を買わなければならなかったので、衣類を買うレジに並んでいた。知らない人に横入りされてむっとした。
衣類を買ったら、何故かショウガ焼き定食の小さいのをサービスで出された。
感じのいいおばさんがレジ係だったので、断れなかった。
衣類を買った後、食事会だったのでどうしようかなと思っていたら、メンバーが全員食堂のテーブルに座っていた。その太ったドラマーもまだいた。ふてくされた顔をしていた。
僕は無視して、ベーシストと、ご飯どうする?少しだけ食べるか?というような話をして目覚めた。

便宜上ベースといったが、ベースではなさそう。デブのドラムは、ドラムっぽいけど、楽器は不明。
だけど、探そうとしたトラは現実にいるドラマー二人でした。普段全く一緒にやらない人。
女子二人のボーカルも、ボーカルかどうかはわからない。
でも何らかの音楽のツアーでした。
  1. 2017/07/11(火) 12:54:26|
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東京の暑い夏

車がないと生活できない。一家に一台マイカーを。そういう社会構造を作り上げた。
道路を舗装した。世の中に車はどんどん増えてきた。道は車であふれかえった。

夏。舗装した道路は太陽の熱を蓄え、そして大気にその熱を放つ。
車のエンジンも、熱を放つ。
百葉箱で計測した気温をはるかに超えた気温。
東京の大気は、灼熱のサハラ砂漠より実は暑いかもしれない。

暑い東京。だから、冷房機は必需品。一回に一台エアコンを。社会構造はそういう風潮をもたらす。。
エアコンは室内を冷やしてはくれる。が、その排熱はやはり東京の大気に放たれる。
更に東京の大気は熱せられる。

エアコンを動かすための電気が足りない。
だから、原子力発電所をたくさん作った。

車を作り、アスファルトで舗装し、東京を熱すれば熱するほど、「誰か」は確実に儲かる。

世界一暑い東京に住んで、本当ならば使う必要のない電力を使い続け、その事にお金を使わされ続け、本当に必要な何か?が何なのか?感覚が麻痺させられたところで、働かされ続ける。
そういう社会構造を作り上げてきた。

車がもたらしたものはあるだろう。舗装した道路がもたらしたものもある。
エアコンも、原子力発電所にももたらすものはあるだろう。

また、それらなしで生活することがきわめて困難だ。
そういう社会構造なのだから。仕方がない。それらを拒否して生きていくことは、極めて困難なことだから。

だけど、こういう社会構造を作り上げてきた「何か」が確実に存在する。
その事は知っておきたい。

  1. 2017/07/04(火) 12:08:38|
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ラプソディーインブルーの公開練習をしてみました

公開練習をしてみてよかった。
というよりも、やらなかったらやばかった。全く見えない部分が、見えた。
ガーシュインは、他のクラシックの曲と違って、楽曲の精密さが低いので、なんとなくニュアンスで出来るかな?と思わせる何かがあるのだけど、実際に本番の気分でやってみると、出来なかった。
クラシックとジャズの間に存在する曲なのだけど、やはり、譜面との距離を縮めていく作業は必要だと思った。
カデンツの部分も、つながるという意味合いにおいてはつなげることは出来たけど、自分自身の普段のジャズの即興とは程遠い、自分との距離が遠すぎるものになってしまった。
一時間ほど曲を試してみたけど、得たものは、出来ない、という結論だった。
出来ない、全く出来ないことに対して、人前でチャレンジしていること、かっこ悪いことです。中村真を尊敬するミュージシャンたちが幾人か来ている人の前で、恥ずかしい演奏をすること、嫌だったけど、むしろそういうかっこ悪い姿を恥も外聞もなくさらけ出している僕の事を、逆にかっこいいなと思うようにもなった。

来てくれた幾人かのミュージシャンに対して、感謝の意味のをこめてスタンダードを数曲弾いた。
その中で、ドルフィンダンスを演奏したのだけど、最後のEのペダルの時に思いついて、ラプソディーのテーマを引用して、そこからラプソディーの即興につないでいった。
その時に初めて、自分との距離が0に限りなく近い、ラプソディーインブルーの即興が出来た。
手ごたえを初めて感じられた瞬間だった。

もう一度公開練習をします。
一週間後の9日にやります。

聞きに来たい人は来てください。
15時開場、15時半開演です。
終わってから飲みましょう。
  1. 2017/07/04(火) 11:36:37|
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