真・の・ブログ

日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

北海道の男の子の無事がうれしかった。

北海道の鹿部の男の子、見つかって本当によかった。
北海道の森。本当に何もない暗い森の中、大人でも心細いだろう。損な森の中で、小さな男の子一人過ごすことがどれほどの恐怖だろうか?
自分にも同じぐらいの年の男の子がいる。本当に心が痛んだ。本当になみだが出た。
日が経つにつれ残念ながら僕はもう生きてはいまいと思った。
両親の言動がウソなのだとも思った。
今朝起きてフェイスブックで、大和君の無事を知った。とてもうれしかった。

親の行為を批判する風潮もある。
結果として、大和君が行方不明になったこと、大和君が怖い思いをしたことに対して大いに反省するべきことではあると思う。
が、ぼくは親として、この親のとった行動は、誰の身にも起こりえる過失であると思う。

うちの子が、言う事を聞かず、もう帰るぞと言っているのについてこずいつまでも遊んでいたとしよう。
その時僕は、ではほっとくから、といって、帰ろうとして放置することは、あり得るだろう。
どうせ迎えに来てくれると、子がたかをくくって言う事を聞かない、とすれば、本当に姿が見えなくなるところまで放置して去っていったふりをすることもあるだろう。
その時に、子が慌てて車道に飛び出して車にはねられる、という事故が、起こり得ないとは限らない。
この親も、まさかその場を大和君が移動するとは想像もしていなかったに違いない。
僕は、この親を大声で批判する気にはなれない。虐待であったとも思わない。
もし、大和君が死んでいたとしたら、もし和音が車にはねられたとしたら、親として、どんなに悔やんでも悔やみきれないほどの後悔が残るだろう。
この一週間、大和君の両親は、きっと夜も眠れないほど苦しんだろうし、死ぬほど後悔したことだと思う。

それにしても、大和君は賢い!!そして、体力がある。
子供といえども強い生命力と賢明な判断を下すことが出来るんだ。大人が思っている以上に、子供は肉体的にも精神的にもタフなんだね。
むしろ大和君は大人が想像するほどには怖がっても慌ててもいなかったのかもしれない。
和音を東京駅で迷子にしてしまった時、放送がかかり迎えに行った時、とても泣いていることを想像したら、泣きもせず、ただ僕の顔をじっと睨んでいた。

この事件があってからますます世の中の子供すべてのことが愛おしく感じるようになった。
もちろんわが子のことも。
世の中の子供すべてが、幸せに過ごせればいいのにな。
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  1. 2016/06/03(金) 13:29:26|
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