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真・の・ブログ

日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

The coveという映画を見ました。

先日、ザ・コーブという映画を見ました。
和歌山の大地町の捕鯨(イルカ)漁を、批判する映画でした。

捕鯨を巡る問題は色々あると思います。僕は日本人ですから、日本側の情報しか得ることが出来ません。ゆえに、完全にニュートラルに物事をとらえることはできません。が、思考を凝らすことにより、真実の断片、程度のところには到達できると思っています。

兎も角、この映画を見て思ったことは、西洋人的確信犯がとる行動の恐ろしさ、を感じました。
いい意味でも悪い意味でも、西洋人は、完成された価値観を持っていると思います。
僕は音楽家ですから、音楽や芸術を通じてそれを感じています。おそらくは政治や経済の世界においてもその価値観は貫徹されているように思います。他の価値観が入り込む余地がない価値観の持ち方。

日本人が捕鯨に関して感じている感性に対する忖度も、また捕鯨というものが持っている悪に対しての客観的論理的説明も一切ない。
自分たちが確信している正義に対して、それを暴くなり、批判することに対して、暴力をもってすることもいとわない感性。むろんこの映画の主人公となる男の人は、グリンピースからも出禁になるほどのラディカリストではありますから、西洋人をひとくくりに考えるのは愚行というものですが、過去、西洋人が、自らが確信してきた正義を振りかざすことによって、一体何百万人、何千万の非西洋人が、殺戮されてきたのだろうか?という点に僕は、考えを寄せざるを得ない映画でした。


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  1. 2018/09/05(水) 14:41:37|
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一連の北朝鮮の事からこれからの世の中の在り方について考えてみた。

北朝鮮のことについて。

古来から高句麗等の名の国家として、大国中国との政治的なやり取り、時には武力による戦争に巻き込まれたり、駆り出されたり、様々なやり取りがあったことは容易に想像つく。
そして近年では、米ソの代理戦争の餌食になり、国家を分断された。国家を分断といっても、朝鮮半島自体は、日本のように長年統一された国家であったわけではない。韓国国内では、新羅と百済のお互いに対する差別感情は、反日感情のレベルではないという話を聞いたことがある。
いずれにせよ、外交、という意味合いにおいて、日本とは「キャリア」が違う北朝鮮の外交の在り方は、やってきたことの正誤に関わらず、お見事といわざるを得ないだろう。
原子力という「おもちゃ」の取り扱いを、かの国は、かの国の国家規模の国家の使い方として、お見事に使いこなした、といっていいだろう。
明確な戦略目的をもって、戦術的要素を的確に行使し、戦略目的を遂行した、ということだ。

そもそも、国家間のやり取りにおいて、正誤、という概念は存在しないと思う。少なくとも、現在の国家の在り方、においては、正しいも間違いも、正義も存在しない。
北朝鮮は日本人を拉致している。狂っているとしか言いようがない。
米国はイラクに限らず、ベトナム、朝鮮半島、中東等において、いったい何百万人の人間を殺害してきただろうか?狂っているとしか言いようがない。
中国がチベットに対して行っていること、狂っているとしか言いようがない。
世の中の、あらゆる国家の名のものに行われている、紛争それ自体は、人間の道義というものを尺度にした場合、完全に狂っている。

日本だって大概のことを外国にしてきている。韓国の養鰻業者に注文を出す。それを直前でキャンセルする。そこに別の日本の企業が乗り出してきて、安く買い叩く。
北方領土の是非の問題はともかくとして、ロシアの領海に侵入してカニを取りまくる。拿捕を逃れるのは、ロシアの警備艇よりも日本の漁船のほうが、少しだけエンジンの性能がいいから。それでもたまに拿捕されることはニュースになる。
中国の漁船が日本領海で魚を取っていることは報道されるが、逆はは報道されることはまれだ。
だがそれでも、日本は幸いにして、憲法9条により、兵器を持てないので、無論それを行使することはない。
何度も言うが、この現世における、国家の在り方において、正誤も正義も存在しないこの世の中において、武力を持たないでいる、ということは、それだけで、人間の道義を尺度とした場合、他の国家に比べ、何百万倍も、進歩した考え方と、世界に範たる行動をしている、ということが言える。

現世において、国家がそこに必然的確信的に悪をはらまねばならないその理由はたった一つ。
国家が物質的な利益を求める機構であるからだ。
アメリカは解っていてイラクを侵略した。言い訳は必要であったが、確信犯として、イラクで殺害行為を行った。
オサマビンラディンは5000人をWTCで殺害したが、その罪は裁判所で明らかにするべき問題であるはずだ。それを、米軍は暗殺した。
兎も角、これらの確信的な殺人の全ては、米国が利益を享受する為、以外の理由は存在しない。

利益というものを、物質的なものから精神的なものへ転換しよう。
音楽であったり、芸術であったり、または何らかの贈与であったり。
教育もそれに含まれるかもしれない。
そんなことをしたら、国家は成り立たないではないか?国家的に利益を求めるのは当然だろう!そういう声は当然のことだろう。

だが、本当に当然だろうか??
アジアやアフリカで貧困を抱える人々が存在する。世界規模で、富が極端に偏在していることは少し想像力を働かせればわかることだ。
それは無視していいことなのか?

僕にとって、この日本で起こる様々な天災は、他人事ではない。日田の水害も北海道の吹雪も、沖縄の台風も、広島の地滑りも、東北の震災も、熊本の地震も、すべては僕にとって「友達」に起っている災厄なのだ。
僕は全国を旅してきた。だから全日本に友達がいる。

その先少しだけ想像力を働かせてほしい。
イラクで名前を持たずに死んでいった子供は、誰かの大切な子供なんだ。
アフリカで飢えで死んでいる、ポリオのワクチンがなく死んでいく子供は、誰かの大切な友達なんだ。インドで物乞いをする老人も、誰かの大切なお父さんだったのかもしれない。
そのことを想像したときに、心の中に起こる、小さな、ほんの小さな心の動き、それを皆が共有したときに、国家が利益を得るということは、どこかで損益が生まれていて、そこで誰かが死んでるかもしれない、ということに想像を馳せた時に、国家が利益を上げること自体が、本当に意味を持つことではなく、国家というものの存在意義が本当の意味で、悪をはらまない、精神的な価値を希求する存在と、進化するときなのではないだろうか?

富は所有するものではなく、シェアするものなのではないだろうか?

日本は大東亜を欧米帝国主義から解放するために、正義の戦いをした、という建前は存在する。であれば、日本は、あの戦争に勝ったといえる。欧米は、その戦略的目的を果たすことが出来なかったといえる。
日本は韓国や朝鮮、中国との経済的な競争を行っていると思う。これは、言い換えれば利益の奪い合いだ。
そういう争いから、世界に先んじて一歩足を引いてみたらいいと思う。
日本には十分に富はある。これ以上富を増やす必要はない。
企業が、利益を享受しなければ存在しえない、というのは、「思い込み」だ。

こんな話を聞いたことがある。お金持ちがいる。その人は乗りもしないフェラーリなどの高級車を10台以上保有している。その乗らない車の維持の為に、時々その車にエンジンをかけて乗ってくれる人を雇っているそうだ。
僕ならば、そのフェラーリ台分のお金を使って、何らかの財団を作る。例えば芸術的な財団であったとしたら、その人は、ある意味で芸術家という芸術品を「所有」することが出来る。
その価値は、乗りもしないフェラーリよりも高いという、そういう価値観を我々芸術家は広く社会に浸透させていく仕事を、人より先んじてしなければならない。
そこに僕は、極端な利益を求めたくはない。
僕は食べていければそれでいい。乗りもしないフェラーリなど僕には必要がない。
日本は、国家レベルで乗りもしないフェラーリを求めて、あたかもそれが正義であるかのように錯覚している。いや、国民の多くはそれを信じさせられている。

好むと好まざるとに関わらず、人類の精神性は進化する。しかし、我々芸術家は小さな力かもしれないが、それを推進させていく宿命があると、僕は思っている。








  1. 2018/06/13(水) 14:40:56|
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聡子へ。高校時代の思い出話。

聡子さん。お元気ですか?小生、ふと高校時代のことを思い出し、綴ることにしました。
駄文ですが読んでもらえたらと思います。

小生の通っていた高校は、まるで軍隊のような高校でした。私立の男子高で、偏差値はといいますと50を少し上回るぐらいで、文武により人を鍛えなおす、そして、偏差値60程度の大学に入学させることを目的とする、本当に、何の面白味もない学校でした。
何せ、修学旅行がない学校でした。その代わりに一年生の冬にスキー実習がありました。まさにそれはただの実習で、スキーを楽しく滑るというものではありませんでした。
その学校の体育の授業は、一年の前期後期に分けて、徹底してやります。
一年の後期はひたすら、マラソンでした。そして、一年の前期、入学して初めて教わることといえば何だったと思いますか?なんと!ラジオ体操です!!それを、半年かけて、まるで三時の体操のお姉さんかの如くなるまで徹底的にやるのです。ラジオ体操とは、そもそもアメリカで100年ほど前に作られたもので、もうアメリカでは誰もやらないような、廃れた体操です。それがなぜか日本でだけは、いまだ残っている。そんなものを半年かけてやる。今思えば狂っているとしか思えない学校でした。

3年の後期はバレーボールでした。小生は音大の受験を控えておりました。体育の授業の都度、激しく突き指をしておりました。ネットに指をひっかけてしまうのです。小生は体育の教官に、音大の受験のためにピアノを弾かなければいけないので、体育を見学させてください。といいました。
その教官は、正しくアタックをすれば、突き指したりネットに指をひっかけることはないので、見学を許さない、と言いました。
むろん、反抗することは許されません。
今ならば小生、その教官に対して、エリーゼの為にのピース譜を渡し、先生、これをでは間違えずに弾いてみてください、その運指通りにやれば、誰でも間違えずに弾けるはずです、といってやるのですが。人には向き不向きがあります。そして自分自身の人生の、高校生にとっては大学受験とは大した話です。それに対して、そのような言葉を投げかける先生の、人格を疑います。
文化というもの、芸術というものに対する理解など、何一つない学校、にも、音楽と美術の授業がありました。
一週間のうち2時間、選択で美術か音楽を選択できるのですが、小生は音楽を選択しました。

音楽の先生は、小村先生という先生でした。

2時間連続で行われる音楽の授業。先生は、最初の一時間は、縦笛を教えてくれました。
そして次の一時間は、NHKラジオの名曲番組をエアーチェックしたものを流しながら、聞く、というのが授業でした。当たり前のことですが、生徒たちは寝てしまいます。
そのことを先生は咎めませんでした。
今思えば、その軍隊のような学校においての唯一のオアシスを、先生は提供しようとしてくれていたと思います。

小生は自分がピアノを弾けることなどは特に先生に話してはおりませんでした。
しかし、音大を受験することを決めたのち、その先生にそのことを先生に報告しました。
先生は、であれば、一度皆の前でピアノを披露してくれないか?そうおっしゃいました。
そして小生は、ベートーヴェンのソナタを弾いたと思います。先生は褒めてくださいました。

3年の後期、一応音楽にも試験がありました。それは、縦笛を吹く試験でした。むろん、誰も間違えずに吹くことなどできません。適当でも皆試験には合格でした。
先生の部屋に一人ずつ呼ばれて、一人ずつ笛を吹くという試験。小生もむろん試験を受けました。
しかし、その試験の時に、簡単なその笛の曲、小生はあろうことがつまってしまったのです。
すると、小村先生はこう言いました。その言葉が小生、この学校で学んだものの中で、唯一の、その後の人生においても心に刻んでいるものとなった、たった一つの言葉になりました。

先生は、中村君。頑張っても出来ない人が出来ないことは仕方がない。しかし君にとってその笛の曲は、たやすく演奏することが出来るはずのものだ。だけど君はそれを間違えた。それは慢心であり、仕方のないことではない。そういう心持ちを持っていては、何事もなし得ることはない。

と、厳しい口調ではなく、僕に伝えてくれました。

ふと、そのようなことを小生、思い出していました。

聡子にも小生の故郷を見せてあげたいです。あの、山の連なり、あの川の流れ、見てもらいたいです。


  1. 2018/05/12(土) 13:10:02|
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転居に伴うお金のこと、よもやま話。

僕は基本的にもちろん貧乏なので、お金のことに関してはうるさい。無駄な出費は極力避けたい。
新居を構えるに至って、様々な出費がかさむ。今回はそれに関してのよもやま話。

新居はプロパンガスである。購入した不動産屋は地元で長くやっている人。その家に元々出入りしていたプロパンの業者の値段を聞いてもらった。そう高くはないとのこと。
基本料金1500円の一平方390円とのこと。高いか安いか判別つかない。
そこで現在使っている東京ガスの使用料金と比較してみた。
東京ガスは基本料金745円、平方単価、134円ちょっと。
ちなみに3月の使用料は11平方。で、請求された金額は2222円。
それをそのプロパンに当てはめると、なんと6000円弱!!約三倍の値段。
そこからプロパン業者を探す旅が始まった。いろんな業者がいるが、大体1500円の平方単価で250~340ぐらい。かなりばらつきがある。がやはり当初のプロパン業者はべらぼうに高かったということが判明。
中に個性的な業者がおり、基本料金500円の、平方単価が340円、基本料金1400円の、平方単価が160円、という二パターンの料金体系を持つ業者。
僕はそこで過去二年間の自分のガス使用量を全部調べ上げた。
大体は10平方以下。少ないときは2平方という月もあった。ところが、多い月は27平方も使っている。どうしたものか?
そこで、二年分のガスの使用量を、すべて2パターンで出してみた。
すると、二年間で、5000円ぐらい、基本料金500円のバージョンが安いことが判明した。
あと、プロパン業者は値引き交渉にはほとんど応じないです。安い業者を自分で探すしかない。


引っ越し業者。
一言でいうと、メジャー業者は高いです。
引っ越し5、6社ほどの見積もりを取りました。いい加減な業者も多く、見積もりの日程の確認の電話がこない、等はざらでした。
うちの家3LDKのピアノ無しの引っ越しの料金は、概ねどこも20万の見積もり。メジャーは、それに数万円足した値段。
どう考えてもピラチン上がりの小さなおっさんが来た。名前も知らないそのおっさんの業者は、17万、という見積もり。値引き交渉すると、15万ぴったり、と言った。その言い方が、安っぽい感じでとても好感を持てたが、僕は10万円以下で引っ越したかった。
最後に見積もりに来た人力引越社、という会社。よそさんはいくらで出してますか?と質問されたので、ンなもん答えられまっかいな、というと苦笑い。
11万と消費税で、と言ってきた。
僕は来た!と思ったが顔は渋そうに、税込み10万ならば今決めてやるよ、と言ったら、税込みは出来ないのですが、と税抜きを9万なにがしかにして10万以下にしてくれた。


家を買うときも、値引いた。最初、一割五分以上の値引きを要求したら、さすがに断られた。それは折り込み済み。向こうは切りのいい値段を示してきた。僕は、それにさらに50万の値引きを要求したが拒否。それも折り込み済み。僕は、では、とクロス張替えと畳の表替えを要求した。で折り合いがついた。

今悩ましいのが、太陽光発電。こればかりは値段が安かったからいいというものではないようだ。
概ね2社で見積もりを取ったが、片方の会社は、見積もりに対して、色々聞きたいことがあるので一度お会いしたい、というと、それは契約の確約が出来たら、と言われた。いやしくも100万単位の買い物に、営業マンが会いに来ない、という。それだけではなく、屋根に上って現地確認してくれ、といったら、それも確約したら、という返事。
話を聞いてみると、屋根の形状や材質によっては、パネルそれ自体を設置できないこともあるらしい。ならばなおのこと現地確認は重要となる。
この怠慢なやり取りを、僕は僕自身の実名で口コミに投稿してやるから、ということをカードにして、もう一社の、そのライバル会社からの値引き交渉している。
それで一万でも二万でも安くなったらいいではないか。

金のことを言うのはやらしい。確かにあまりに言うとやらしいが、向こうもプロ。利益幅の範囲内での値引きを考えている。その駆け引きを僕は嫌いではないし、無様なことであるとは思わない。
プロパンの会社など、はっきり言って無知を利用したぼったくりだな、というのが印象である。

あとはリフォームの会社。どれだけ勉強を要求してみようかな。





  1. 2018/05/02(水) 15:53:28|
  2. 徒然と
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交通整理員の品質向上を切に望む

以前から思っていたことだが、交通整理員、スーパーなどに来客する車などの整理の仕事をする人の質が低すぎる。


少し前に地下駐車場出口のスロープが上りになっていて、出口の先が見えないような駐車場。そこには当然整理員が立っているのだけど、僕が上がっていったと同時に外から車が飛び込んできて、危うくぶつかりそうになった。僕が、整理員に「危ないだろ!」といったら、「危ないよねぇ」とまるで他人事のように返事した。その入庫してくる車を、体を張って止めるのがあなたの仕事なんだよ。
そのスーパー、クイーンズ伊勢丹北浦和だが、の整理員の態度はそれ以外にもひどいものだった。地下駐車場は駐車チケットを手渡されるのだが、チケット発券所は少し離れたところにあり、発券されたチケットを手渡すために整理員が、緩慢に歩いて持ってくるのを、とっくに車から離れて店内へ向かう体制を整えている僕は待たなければならない。
逆もそう、買い物を終えて帰ってきて車へ向かっている僕に対して、緩慢にチケットを取りに来る整理員に、とっくに車に乗り込む用意が出来ている僕は待たねばならない。
それだけではない。僕が出庫するために前進しようとしたときに、僕の車の前を警備員が横切ろうとした時があった。僕は少し前進したら、あろうことかその警備員は、自分が車の前を横切るために僕の車を制止したのだ。僕は制止を振り切り前進を続けたら、ようやくその警備員は、自分自身の行動が、「客の行動の邪魔」をしていることに気づき、どうぞという仕草をした。
以上のような積み重ねがあり、僕は伊勢丹の管理会社にクレームのメールをした。
しばらくして伊勢丹に行ったら、整理員はてきぱきと仕事をこなし、小走りでチケットを持ってきて、取りに来るようになった。
社員教育の問題であることが露呈した。
しかしその怠惰な伊勢丹の整理員の中で、ちゃんとした仕事をしていた唯一の人は、女性であった。
僕の私見かもしれないが、そういった警備の仕事をしている女性は大抵ちゃんとしているように思える。

あと、警備員には偉そうな人が多いように思う。
僕が、その駐車場の一方通行に気付かず、逆回りに出ようとしたら、違うだろ!と怒鳴られたことが何度かある。
いや、それを指示して正しい道へ誘導するのがあなたの仕事だろう、と思うのだが。
初めていったスーパーや場所において、その場のローカルなルールには気付きずらい。
一度は、赤いコーンが置いてあることに気付かず、それを引きずったら、整理員ところがこの整理員が飛んできて、逆方向だろ!!と怒鳴られた。
いや、俺は客で、それを誘導するのがあなたがたの仕事だろ、といったら、黙り込んでいた。
何かを人に指示をすることにより、自分がその人たちよりも立場が上であると、勘違いしてしまうのだろう。


ろくなものではない整理員だが、ある細い路地を、実は工事の為に迂回をしなければならないのだが、それが全く判別できず、もう引き返せないだろう、というところまで入って初めてそれに気づく、というような場所での出来事。僕が往生していると、整理員がやってきて、申し訳ないと謝罪する。僕は、もうちょっと手前で判別できるように整理しろとクレームを言ったら、もうしわけない。僕たちも頑張っているのだけど、いかんせん警備員の数が足りないんです。出口にもう一人、あと入り口の部分にもう一人必要なんだけどそれを半分の人数でやらされている。会社にも言っているのだけど聞き入れてくれない。と言った。
その問題は、会社の人件費削減が原因であったことが露呈した。
その整理員は、若者であった。人手が足りない中、とても立派に責任ある行動をとってくれた。

こういう言い方はいい方は良くないかもしれないが、コンビニの店員なども含め、世の中高年の男性の仕事の出来なさ、が目を引くことが多い。
気が利かないにもほどがある。なぜかはわからない。リストラされ、再就職先のそれらの仕事に不満があるのか、それとも、今までオートマティックに言われるままに仕事をこなしていただけなので、少しのクリエイティビティ―が働かないのか、それとも老化か、わからないけど、たいてい苛立ちを持つことが多い。

我が家の近くに大きなホームセンターがある。そこの警備員は優秀だ。
歩行者と、一方通行の通行量の多い道路に誘導するのに、ほぼ合理的な誘導を行い、安全に出庫させてくれる。
たいていの場合僕は整理員が行けと言ってもすぐには行かず、自分の目で確かめていく。だがそのホームセンターの整理員の指示には無条件に従っても安全なのではないか、と思えるぐらい信用を置かせてくれる。
そう思える整理員のいる店は、ごく稀だ。

僕は、交通整理とは、ある意味スペシャリストの仕事だと思う。オーケストラの指揮者は、オーケストラの音を整理し、ぶつからないようにするのが仕事。
いわば交通整理員は、車と車のの指揮者のようなものだと思うのだが。
音がぶつかってもだれもケガしないが、交通整理を間違えると場合によっては交通事故が起こる。なのにこの品質の低さは何なのだろうか?ほとんどの場合、いないほうがましだ。

交通整理員の品質向上を切に願う!













  1. 2018/04/25(水) 12:56:23|
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インディア珍道中vol.4

聡子さんへ

小生、昨日あれから思いがけず嬉しいことがありました。
昨日は、ガネーシャ寺に行ってガネーシャを恩人にプレゼントするために買ったところまで話しましたね。
その後、プラモノさんという人のご自宅へご馳走していただけるとのことで、小村と、舟、葵の三人でお邪魔したのです。プラモノさんは前回の渡印のとき、小生の大好きなボンベイでしか食べられない「ぱうばじ」というトマトソースのパンをごちそうになったのです。
たったそれだけの縁なのに、ご自宅まで招待していただき、ご馳走していただけるだけでもうれしかったのですが、なんと、ご自宅に着いたら箱を一つ真に、と渡してくれ、開けてみると、何とも立派なガネーシャの像が入っているではありませんか!!

先日の手紙にも記しましたが、誰かからガネーシャをプレゼントされることは、プレゼントされるほうにとって、とてもとても幸福が訪れるといわれておるのです。

ガネーシャ寺に行って、ガネーシャを人のために買い、そしてそのガネーシャを人から貰えた、なんて幸せな一日だったのでしょうか。

いうまでもなく、プラモノさんの作る料理の数々はとても美味しかった!!
とても幸せな一日でした。

舟ですか?
  1. 2018/03/02(金) 22:13:25|
  2. 徒然と
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インディア珍道中vol.3

聡子へ

元気に過ごしていますか?
昨夜はボンベイの海沿いの音楽堂で、小生のピアノ三重奏の演奏会が行われたのです。
初めての印度でのコンサートは超満員で、大盛況でしたよ。
演奏会の内容のことはまた帰って直接お話ししとうございます。

本日は葵と舟と、そしてこちらに長期滞在中の小村に連れられて、ガネーシャ寺というお寺に参拝に行ってきました。
ガネーシャというのは、ヒンヅ―の神々の一人で、象の姿をした神様で、インドの神様の中では最も人気の高い神様だそうです。
ガネーシャは日本人の観光客にも大人気で、沢山のガネーシャの像や飾り、絵などがそれはもう至る所に売っておるのです。
かくいう小生も、先日ガネーシャの壁掛けの工芸品を購入したのです。
小生は南の国の工芸品がとても好きで、沖縄に行ってもシーサーやらマカイやらを必ず買って帰るのです。


ガネーシャ寺に着いたら、まずは花屋のところで靴を脱ぎます。そしてその靴を預かってもらう代わりに、参拝のお花を買うのです。
普段はとても混雑しているらしいガネーシャ寺は、その日は快適に参拝出来る程度の軽い人の出で、小村はこんなことは珍しいのですよ、と言っておられました。
小村は、小生のバンドのドラマーでもありますが、毎年ボンベイへ、長期滞在し、印度古来の打楽器タブラのお稽古を受けるという、誠に音楽に対して熱心な人で、小生は昨年も彼にインディアへおいでよとのお誘いを受けたこともあり、急に思い立ってボンベイへ旅したのでした。

ガネーシャ寺を出て小村と小生は歩きながら、共通の恩人の話になりました。
その恩人はとても素敵な人なのですが、少し商売上のトラブルがあり少し気落ちされておるのではなかろうかと思われるのですよ、と小生はいいました。
我々はそのことで大層心配しておったのです。そこで小村が、印度にはガネーシャのものを第三者からもらうことはもらった人にとても幸福を運ぶといわれているのですよ、小生たちでともにガネーシャをプレゼントしませんか?そういいました。
小生は、そのことにとても賛成しました。そして、それには、小生たちの共通の音楽仲間でもあり大先輩の古太郎さんにも乗ってもらいたく思い、日本にいる古太郎さんにその旨電報を打ったのです。程なく古太郎さんから喜んで協力させていただく、との旨の返信いただいたのです。
恩人の喜ぶ顔が見たいものだね、小村とそう話しつつ、我々は岐路に着いたのです。

舟ですか?舟はあの性格ですので、相変わらず、食べてばかりですよ。
葵ですか?葵は、たべてもたべなくても相変わらずXLを維持していますよ。
三人とも、胃腸は大変健康なようです。



  1. 2018/03/01(木) 23:33:02|
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インディア珍道中vol.2

聡子へ

元気でいるだろうか?
印度は水が良くないから腹の調子には気を遣え、と皆に言われたのだが、知らず知らずのうちにそれでも生水を摂取しているのであります。
屋台でとても美味しそうなすなっくが売っており、好奇心旺盛な舟と一緒に食べたのですが、それは印度人でも屋台で食べるのを躊躇するほど危ない食べ物だったようです。
しかし、腹の調子はすこぶるよく、むしろ暑さにより頭痛がしてきたようです。
暑さには強い小生ですが、その小生が暑さに参っているのは、おそらくは酷寒の東京から急にボンベイへ来たからだと思われます。
こちらはフレッシュなジュースがやたらおいしく、もざんびというオレンジとライムの間のような果物や、ヤシの実、砂糖黍や柘榴のジュースが絞りたてで、高いものでも70ルピー、安い砂糖黍ならば十ルピーで飲めるのです。
一ルピーは一円七十銭ですから、十七円ほどでフレッシュジュースが飲めるのです。
印度にいると金銭感覚がおかしくなってきます。

そんな印度では買い物も楽しみの一つです。
葵は、Tシャツを買いました。サイズを聞かれた葵は、「私はえむサイズだと思います」といったのですが、店員さんはそれはないだらう、という目をしながら、「Your size isnt M.Your size about umm XL.」
と言ったのです。店員が見立てたそのXLのTシャツは、悲しみをそそるほどに葵にぴったりでした。

またある屋台で小生は素敵な方位磁針を見つけました。昔の海賊が持っていそうな方位磁針でした。
一千ルピーと少し高めだったのですが、息子へのお土産にと思い買おうと思いました。
試しに八百ルピーに値切ってみました。店員は首を横に振り、ああそうでした、インディアでは、首を横に振るのはOKのサインなのですよ。
それでは、NOのサインは?というと、それも首を横に振るらしいのです。
振り方と表情でYes Noを判断しなければならないのですよ!とても難しい。

八百ルピーに値切った方位磁針を店員は紙袋に詰め、まさに僕に手渡そうとしていたその時!、舟は急に唐突に大声を張り上げ、「NO!六百ルピー!!OK???」
店員は首を横に振りNoの意思表示をしたのです。
「舟、もういいですよ。この人たちもお商売なのですから。八百ルピーでいいですよ」と言ったのです。この関西人の小生が、そういったのです。ところが、舟はあの性格です。「ダメ!!六百ルピーじゃないと買わないから!!」と突っ返したのです。
店員さんは苦笑いしながら「OK」と、首を横に振りました。

舟ですか?舟は買い物はせず、ひたすら食べまくっています。
  1. 2018/02/27(火) 20:31:21|
  2. 徒然と
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インディア珍道中vol.1

親愛なる聡子へ。

聡子、元気に過ごしていますか?小生は今、遠く離れた印度の街、ボンベイへ来ています。
異国の地にあれば、ただ息を吸うだけでも新鮮で楽しくはあるのですが、さりとてただ道を歩むのみでも体は疲れ果て、安宿の粗末なベッドに横たわってみると、その安堵感から、ああ小生思いのほか気を張っていたのだなあと気付く有様です。

そうそう、今日はたいそう面白いことがありました。とはいえ、日本では珍しい象を見ただとか、野生の豹を見ただとか、さういった、いかにも異国の地にあるなと思はせる事柄ではないのです。いや、もしかしたら、それ以上に異国のこの印度でしかありえない面白いものを見たといえるかもしれない、面白いことがあったのです。

本日我々一行は、ボンベイの南の町に向けて印度国営鉄道に乗り込み向かったのです。
我々一行は、印度に慣れたものは一人もおらず、一人は印度どころか日本を離れたことすらほとんどない女が一名、そしてもう一人の連れ合いは聡子も知っているだろう、あの舟です。舟は、印度にはツアー旅行で一度きり、しかも20年は前に一度来たことがあるらしい舟と、そして辛らうじて昨年印度に十年ぶりのワイキキの海岸以来の海外旅行旅したといふ小生ただ三名でした。

我々一行は、おそらく大変緊張した面持ちで車内に立ち尽くしていたのだらうと思います。それはそれは面白い光景であったのではなからうか、と思います。
もし、その光景を聡子が見たとしたならば、おなかがよじれるほど笑ったことだらうと思います。
我々は、あたかも印度に、鉄道に慣れた一行であるかのやうにつんとすましこんで、鉄道に乗り込んでいると、少なくとも周りにはそう見えるようにふるまっていたつもりでした。しかし周りの印度人の乗客は気を使ってくれ、どこまで行くのだい?まだ大丈夫、次の次の駅だからね、と、その車両の人々ほとんどすべての人々が、我々に気を使って親切にしてもらっていたのだから。
そして我々は慣れない英語と聞き取りづらい印度人の話す英語と、まったく意味の分からない印度の言葉に対して、ただ笑顔でうなずいていただけなのだから。

印度では電車が正確に止まるまで乗客は乗り降りを待つ、という、日本では当たり前のことが全く当たり前ではないのですよ。
電車が止まる前から電車から飛び降り、走り始めていてもまだ飛び乗ってくることが日常なのです。
舟はどうしてもそんな電車から飛び降りてみたいといひました。我々はやめておいたほうがいいよ、慣れない我々はそんな危ないことをするべきではない、小生はそう諭したのです。しかし舟はあの性格です。私は電車から飛び降りてみる、と終着駅のチャーチゲイトの駅の構内に電車が入るとほぼ同時に、えいや、といわんばかりの勢いで、電車から飛び降りたのです。

電車は止まろうとしているには間違いはないのですが、まだかなりの速度で構内を走行中で、いわずもがな、舟は、飛び降り、着地すると思わせると同時に、すってんころり、と、本当に文字通り、すってんころり、と、転び果てたのです。
小生ともう一人の女は顔を見合わせ、大笑いしました。
転び果てた舟も、顔を全部真っ赤にしながら、起き上がり、まだ止まらぬ電車に乗っている我々を追いかけ走り始めたのです。
これには周りの印度の人々も、唖然とした表情で、この光景を見守るしかなかったのです。

ある意味、印度象を見るよりも、豹を見るよりも、電車から転がり落ちる人間を見ることは珍しく、日本ではまず見ることのできない、いや、印度でもまず見ることのできない面白おかしな光景であったのです。

幸いにも転がり落ちた舟は、大きなケガもなく無事息災でした。無事息災であったからこそ、笑い話になっていたのですが、もしこれで大けがでもしていたら、笑っていられるどころではなく、今君にこうしてのんびりと宿の机で手紙をしたためることはなかったこととおもいます。

聡子が元気ならば、君もつれてボンベイへ来たかった。君は無理にでも来ようとした。しかし肺の病は安静が何よりも大事だと安斎先生もおっしゃった。君は今は身体を治癒することだけを考えなさい。治ったら一緒に、今度は二人きりでボンベイに行こう。

お土産は君の大好きなCeylonの紅茶をもう買ってありますから。

書きたいことは山あれど、小生眠くなって参りました。
このあたりで筆をおかせてください。
おやすみなさい。
  1. 2018/02/27(火) 18:21:49|
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キャンプお礼公演終わりました。

昨日はMC個人協賛者に対するお礼公演でした。
公私ともに親しくさせてもらっている東川口のu3chiでの公演。
招待者の一人だけ、急用でこれなくなったけれども、その他の人は皆来てくれました。
キャンプ参加者も1/3ぐらいの人は来てくれました。

にはたづみプロジェクトの理念の一つでもある、「贈与主義」。
誰かが誰かに何かを与える、その与えられた誰かは誰かに何かを与える。贈与の輪廻が世の中を巡る。そんな21世紀を提案したい。また、それに対して小なりといえ、行動していく。
他の講師はともかく、少なくとも僕は大した人間ではないが、それでも自らの貧弱な知性や経験を振り絞って、誰かに何かを伝える。
僕たちが誰かに何かを伝えたい、そう思ってもその場を作ることは一人ではできない。
その場を作るためにキャンプの運営スタッフは、自分の時間や労力をキャンプの為にプレゼントしてくれるのだ。
学びの森のスタッフの皆様も、可能な限りの知恵を絞って我々のキャンプ開催を応援してくれる。
そして、そのような動きを見て、しかし経済的に困窮している我々を見て、賛同してくれた人々が、金銭を贈与してくれた。

そしてそうやって生み出されたキャンプを参加者たちは、限りなく安価に参加することが出来る。

世の中の変革は、必ずしも善意によるものではない。むしろ、滅びゆく前システムが、おのずと変革を生み出す。

しかし、昨日の一日は、善意の集合体としての一日であったと思う。

誰かの為に、手弁当で何かをした人々が集った一日だった。


たまたま僕の誕生日であった。皆が本当に祝ってくれた。
近年で最もうれしかった誕生日だった。

協賛者の皆さん、上野家、ノーギャラでやってくれた講師の皆様方、参加者のみんな、ありがとう。

今年のキャンプも、フルスロットルで行くで!!
  1. 2018/01/15(月) 14:49:16|
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あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。
師走のごたごたから、新年にかけて、ずーっと何かの料理を作り続けていました。
おかげさまで新年明けた感に大変乏しい新年となっております。

今年の抱負というのは特にありません。
いつも通り自分の進むべき道を一歩一歩丁寧に進んでいくのみです。

趣味の分野では、小麦粉を使った料理、点心のようなものや、うどんにチャレンジしてみたいと思っています。またインド料理も極めて行けたらと思っています。

私生活的には、埼玉の田舎のほうに引っ越せたらいいなと思っています。
ピアノを思いっきり弾くことができる家に越したい。

今のマンションには10年住みました。
様々な思いが去来するマンションですが、そろそろ動いてみてもいいなと思っています。


今年も皆さま、よろしくお願いいたします。
  1. 2018/01/09(火) 14:23:33|
  2. 徒然と
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僕にとっての2017年

君の中の悲しみや苦しみは、音楽の中で燃焼したらいいじゃないか。
そして君は人生の次の小節へと進んでいけばよいのさ、インドの不思議な人は、そういった。

あらゆる扉が閉じている。必死に扉を開けようとした。
時には外から鍵を開けてもらい、時には自分で体当たりして扉を壊し、開け続けた。

八方塞がりの一年。
あらゆる人々の助けを借りた、あらゆる人々が助けの手を差し伸べてくれた。
あらゆる人々に迷惑をかけた。それでも僕を見捨てずにいてくれたみんな。
感謝の気持ちしかない。


音楽と自分以外何物も存在しない、あの境地。
心の中の本当の底まで深化した。そして浮上してくるにつれ、我に返る。オーケストラの存在、指揮者の存在、聴衆の存在。燃焼し尽くした先に存在する、本当の無我の境地。

打ち破る扉は自分の心の扉だったのかもしれない。
扉は閉じてはいないのだ。閉じているように、感じていただけなんだ。
でなければ、僕は今ここに立っていることはないはずだから。

僕は次の小節へと進む。人生の次の小節へ、
  1. 2017/12/22(金) 14:26:38|
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僕の未知のエナジー

今年上半期を終えました。

思えばこの半年間本当に色々なことがありました。
たくさんの、忙しい日々を過ごしました。トリオの大規模なツアーもありました。
僕は、たくさんの、悲しみを抱えつつ、たくさんの、悔しさを抱えつつ、たくさんの絶望を感じつつ、それらをこなしてきました。

ある人に、真さんはすごいよ、といわれました。真さんには未知のエナジーが備わっているのだね、と。

僕自身は、今思えば、苦しまなければならない苦しみの中に存在した訳ではない。
自分から不必要な苦しみの中に飛び込んでいってた、その事は今となってはよくわかります。

でも、自分自身があの途方もない苦しみの中ででも、少しずつ、音楽を進歩させ、仕事を進めていく、その精神力は未知なるエナジーだよ、と言われました。

僕は多くの人々の助けの中で生きてきました。
大村や、新太郎さんなどは最も身近で僕を見てきて、そして有形無形に限らず助けてくれました。
何よりも音楽で僕を支え続けてくれました。
プライベートな中でも本当にたくさんの人の助けを得て、人に迷惑をかけ続け、それで漸く立っていられる、いや立たせてもらっているだけの僕、に、何の精神力もあるものか、と僕は反論した。

今年は方位的にいえば僕は八法塞がりの年になります。方位除けはお願いしていって来てもらいお札はもらってきたものの、僕はやはり閉塞感を感じていた。
でもそんな中、インドに行き、ツアーを続け、沖縄にも行き、助川のレコーディングも企画し、そしてラプソディーに対して、自分が納得いくまで向き合い、自分の中の一つの殻を破ることが出来たと思う。その事は、僕が陥っていた八方塞がりを自ら打破したことになりはしないか?そう僕は感じています。どんなにどん底でも、どんなに人の助けを借りたとしても、僕は前に進んだ。前に進むことが出来た。その事を、その人は未知なるエナジーといったのだと思う。

この上半期を終え、僕は新たなる自分への旅に旅立つことになりそうです。
現実に、8月はニューヨークに演奏を兼ねて行ってきます。
何か新しい事が起こるに違いない。そして、9月にミュージックキャンプ。10月もまたトリオのツアーです。そして、11月には今回ニューヨークに行く目的の一つでもある山中一毅君と、僕のトリオとのツアーもあります。
僕にとって色々な大きな仕事がたくさんあります。
僕はそれらに全力で向かう事により、新たに自分を深化させていくのだろう。

未来に存在する、善悪美醜の事柄は、僕を喜びに顫わせ、そして苦痛のどん底にたたき落とし、そして、それでも又僕を前へ推し進めるのだろう。
それが僕の未知なるエナジーなのだろう。
その宿命は受け入れなければならないだろうな。





  1. 2017/07/28(金) 14:19:14|
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ラプソディーインブルーのコンサートを終えて。

ラプソディーインブルーの演奏が終わりました。
この仕事をただの仕事として捉えるのではなく、僕にとっての新たなる挑戦であるととらえ、取り組んできました。僕にとってはこのシンフォニーが、堺フィルであろうが、ウイーンフィルであろうが、同じ取り組みをしたと思います。そういった外的な要素は僕にとっては関係がない事です。
僕はこの作品に対して、どれだけ深化したところで即興を紡ぐことが出来るか?という事をテーマにしてきました。
表面で曲を解釈したり、適当にアレンジを施して、それに対してのアドリブソロをとる、という感覚ではなく、僕の中に、ガーシュインの、ラプソディーインブルーを、本当の意味で落とし込んで、それをお腹の中に抱え、自然に発生してくる音を紡ぐ。そうありたいと思い、この半年取り組んできました。
本番一週間前のオケとのリハの段階では、まだ僕は表層の中にいました。
ラプソディーインブルーは僕の左脳の中にいました。左脳コンピューターは、失速し、音楽を見失っていました。
一週間かけて、僕は少しずつ、蓄積したラプソディインブルーを、右脳へお引っ越しさせていきました。

前日のリハ、当日のゲネ、全ての時の僕の意識は変化していきました。
当日のゲネを終えた段階で、僕は完全に右脳的に、感覚としてラプソディーインブルーを捉えることが出来たと確信しました。

本番、カデンツが始まりました。
曲が進み、幾つめかのカデンツの時に、存在しているのは、僕と音楽だけである、との事に気付きました。満員の聴衆、オーケストラのメンバー、指揮者、存在していなかった。
存在しているのは、僕と僕の奏でる音楽だけだった。
深く、深く、自分の意識の中にダイビングしていった。そして、そこには、静かな、静かな自分の意識との対話しか存在しなかった。
いや、実はその事に気付いていなかった。
カデンツが終わりに近づくにつれ、深い意識のそこから浮上し来る、すると少しずつ、オーケストラが、井村君が、聴衆が意識されてきて、海面に浮かびあがる。井村が棒を振り、オーケストラが起動する。その時初めて、僕は、本当の意味での、深い意識の底に潜り、そこで自己との対話をしていたことに気付いた。
何も考えていない。音楽に対してのこざかしい気持ちも、ちょっとした虚栄心や、恐怖も、一切の音楽的でない、意識がそぎ取られた、深海へ潜っていたことに気付いた。音楽と、それに向き合う自分しか存在しない空間にいた。

オーケストラや曲、聴衆を無視していて、利己的に演奏していた、そんな風にとらえられる発言かもしれない。そうではない。そんな次元ではない、本当の意味で、自分を見れた。新しい自分の意識を開拓した。

作り出された音楽が、他人から見てどう見えたか、どう感じたか、どう評価されたか、その事も僕にとっては気にならないわけではない。だけど、この演奏に関して、僕は、誰が何と言おうと、自分が到達した境地の値打ちを自分で感じ取る。
演奏が酷評されたとしても、それは僕には関係がない事です。
自分が真剣に向き合ったこと、それに対しての、したたかな手ごたえを感じ取ることが出来た。
とてつもない財産を手にしたと思います。
音楽の完成度ではなく、僕は100%の満足を感じています。

僕は、真剣に音楽に向き合ってきて、本当によかったと思います。

こうやって自分に向き合える機会を与えてくれた、同級生の井村君、そしてそれを是としてくれた堺フィルの皆様、そして来てくれたたくさんのお客様たちに、感謝の気持ちでいっぱいです。

本当にありがとうございました。


  1. 2017/07/24(月) 20:57:22|
  2. 徒然と
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物事に対するチャレンジ

ガーシュインのラプソディーインブルーのオファーが来たときに、とてもうれしいと思った反面、大変だろうなと思った。
全てのカデンツを即興でやること、軽くアレンジを施す、という程度ならだれでもやっていることだろうが、全カデンツを完全即興で、ソロでやるのは、世界でもそう沢山の人がやっていることではないだろう。
頂いた仕事を、仕事としてこなすだけであれば、何てことないこと。
だが僕にとってこの、ラプソディーインブルーに取り組むという作業は、また新たな自分の越えなければならない、与えられたオーバーハングとして捉えてた。


思えば僕は人生の選択肢において、必ずリスクのある方向を選んできたような気がする。
ほとんど誰もやったことのない冒険を選んで生きてきたような気がする。
自転車でのツアーなどやる前は誰もが馬鹿なのではないか?そう思っただろう。
新太郎さんとのほぼ成功率3割のトリオを、お客さんにほぼ見はなされながら、店にももうちょっとわかりやすい音楽をやってください、と言われながらも、ずっとひたすら即興にこだわり続けてきたトリオも今ではそれなりのポピュラリティーすらあるだろう。
ソロも、ひたすらリスクのあるやり方を続けてきた。スタンダードをひたすら即興的に取り組んだ時期もある。完全即興でのコンサートを続けてきた。それも都内ならばわかるが、地方都市での完全即興はリスキーだった。本当の意味で自分を解放できていなければ、絶対に伝わらない。
それらを乗り越えた後は、スタンダードをただシンプルに歌い上げる、という、その時の僕にとって最も難しいやり方でのソロにチャレンジしてみた。

音楽というワールドを冒険すること。それは相対的な意味合いにおける冒険ではなく、僕自身にとっての冒険。
他人から見たら、冒険に見えないかもしれない。無謀に見えるかもしれない。愚かに見えるかもしれない。
だけど、僕にとってはそれらは冒険なのだ。

冒険の目的は結果ではない。それに向き合ったか否か、本気で取り組んだかどうか、が全てだ。


例えばだけど、カデンツの途中、この調に転調してしまったら、もう戻ってこれなくなるかもしれない、でも行ってみたい、と思う瞬間、僕は本番でも迷わずその調に転調するだろう。結果破綻した音楽になったとしても、僕はその選択を選ぶ。
無論僕は、プロのピアニストだ。僕の選択はただの無茶な選択ではない。
僕の選択する、チャレンジ、なのだ。僕の選択による破綻すらアートたりえるという矜持の元、チャレンジするのだ。

誰にとっても、アーティスト以外にとっても、日常の生活の中にもチャレンジの機会はある。ただ、その事に気付いていない。
チャレンジは作れる。
その事に気づくことが、気付けることが、もしかしたら感受性なのかもしれない。

とにかく、新しいチャレンジの機会を楽しみにしたいと思っている。
  1. 2017/07/19(水) 14:09:34|
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東京の暑い夏

車がないと生活できない。一家に一台マイカーを。そういう社会構造を作り上げた。
道路を舗装した。世の中に車はどんどん増えてきた。道は車であふれかえった。

夏。舗装した道路は太陽の熱を蓄え、そして大気にその熱を放つ。
車のエンジンも、熱を放つ。
百葉箱で計測した気温をはるかに超えた気温。
東京の大気は、灼熱のサハラ砂漠より実は暑いかもしれない。

暑い東京。だから、冷房機は必需品。一回に一台エアコンを。社会構造はそういう風潮をもたらす。。
エアコンは室内を冷やしてはくれる。が、その排熱はやはり東京の大気に放たれる。
更に東京の大気は熱せられる。

エアコンを動かすための電気が足りない。
だから、原子力発電所をたくさん作った。

車を作り、アスファルトで舗装し、東京を熱すれば熱するほど、「誰か」は確実に儲かる。

世界一暑い東京に住んで、本当ならば使う必要のない電力を使い続け、その事にお金を使わされ続け、本当に必要な何か?が何なのか?感覚が麻痺させられたところで、働かされ続ける。
そういう社会構造を作り上げてきた。

車がもたらしたものはあるだろう。舗装した道路がもたらしたものもある。
エアコンも、原子力発電所にももたらすものはあるだろう。

また、それらなしで生活することがきわめて困難だ。
そういう社会構造なのだから。仕方がない。それらを拒否して生きていくことは、極めて困難なことだから。

だけど、こういう社会構造を作り上げてきた「何か」が確実に存在する。
その事は知っておきたい。

  1. 2017/07/04(火) 12:08:38|
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ラプソディーインブルーの公開練習をしてみました

公開練習をしてみてよかった。
というよりも、やらなかったらやばかった。全く見えない部分が、見えた。
ガーシュインは、他のクラシックの曲と違って、楽曲の精密さが低いので、なんとなくニュアンスで出来るかな?と思わせる何かがあるのだけど、実際に本番の気分でやってみると、出来なかった。
クラシックとジャズの間に存在する曲なのだけど、やはり、譜面との距離を縮めていく作業は必要だと思った。
カデンツの部分も、つながるという意味合いにおいてはつなげることは出来たけど、自分自身の普段のジャズの即興とは程遠い、自分との距離が遠すぎるものになってしまった。
一時間ほど曲を試してみたけど、得たものは、出来ない、という結論だった。
出来ない、全く出来ないことに対して、人前でチャレンジしていること、かっこ悪いことです。中村真を尊敬するミュージシャンたちが幾人か来ている人の前で、恥ずかしい演奏をすること、嫌だったけど、むしろそういうかっこ悪い姿を恥も外聞もなくさらけ出している僕の事を、逆にかっこいいなと思うようにもなった。

来てくれた幾人かのミュージシャンに対して、感謝の意味のをこめてスタンダードを数曲弾いた。
その中で、ドルフィンダンスを演奏したのだけど、最後のEのペダルの時に思いついて、ラプソディーのテーマを引用して、そこからラプソディーの即興につないでいった。
その時に初めて、自分との距離が0に限りなく近い、ラプソディーインブルーの即興が出来た。
手ごたえを初めて感じられた瞬間だった。

もう一度公開練習をします。
一週間後の9日にやります。

聞きに来たい人は来てください。
15時開場、15時半開演です。
終わってから飲みましょう。
  1. 2017/07/04(火) 11:36:37|
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アーティストがなすべき政治参画とはvol,2

沖縄慰霊の日。昨日は沖縄の慰霊の日でした。慰霊の日といっても沖縄以外の人にとっては何のことかわからない人も多いと思います。

沖縄戦が終結した日を沖縄では慰霊の日と定めています。

石垣島に斎藤悌子さんという素晴らしいシンガーがいます。もう80を超えたおばあちゃんで、でも本当にチャーミングでお元気な人です。
僕は、数年前の慰霊の日に石垣島で悌子さんと共演しました。
悌子さんは占領下の沖縄の米軍基地などで歌っていたシンガーです。いわば、昭和の本物の日本のジャズシンガーです。
色々な沖縄での想いや、様々な物事を見てきた人だと思う。
悌子さんは、慰霊の日だから、私はダニーボーイを歌う、といって歌いました。
本物のダニーボーイ。禎子さんの、心の中の、戦争に対する想い。それらを歌ってくれました。


それから一月後、僕は稚内にいた。その日は、北海道の輸送船団が米軍の潜水艦に沈められた日であった。テレビではその報道がなされていた。
おそらく、その悲劇を沖縄の人は知らない。そして、沖縄慰霊の日の事を、北海道の人はほとんど知らないだろう。
僕は、斎藤悌子さんの事を話し、慰霊の日の事を話し、そして、稚内の人々の前でダニーボーイを演奏した。
悌子さんの、沖縄の人の想いを、最果ての地から最果ての地へ、届けた。


僕の大好きな沖縄。何度も何度も沖縄を訪ねている。
そして、遥か昔に起こった戦争の、多くの日本人にとって、それは忘れ去られつつある戦争の事、それは、沖縄ではまだ、自宅の隣にある事柄なんだ。
泊めてもらっていた儀保家の別館、二重サッシになっている。北海道でもないのになぜか??
戦闘機の騒音の為なのだ。
みんなにとって、ブラウン管の中の出来事は、沖縄では現実の問題として、身近な問題として存在している。
基地があることのメリットを享受している人たちもたくさんいる。だけど、日本の国の中に、外国の軍隊があることに僕は、違和感を感じずにはいれない。
沖縄では、まだあの戦争の、においが残っているような気がするのだ。

僕は日本中を旅している。だから、日本中に友達がいる。日本に起こる悲劇のすべては、僕にとって友達の事なのだ。
誰だって友達の事は心配するだろう。だから、僕にとって日本で起こる悲劇のすべては、心配なことである。

そこで少しだけ空想を広げてみたらいい。
世界の全く知らないところの悲劇、それも、誰かの友達の悲劇なんだ、と。
誰かの大切な人の命が、奪われている。そう考えることが出来るなら、あらゆる事柄が、他人事でなく感じ取ることができる。

世界の人々が、全員、そう感じることができたら、この世の中から争いが消えて、公平な世の中が生まれるのではないだろうか???

誰かが率先して、そう考えることが必要なのではないだろうか???

基地の問題に対しても、ウヨクの人たちは、いろいろと好き勝手なことをいう。
見たことがあるのか?沖縄の基地を。そこで暮らす人々の話を聞いたことがあるのか??
所詮は他人事として話しているだけだろう。

世界に冠たる民度の高い、日本人。そうウヨクの人は思っている。
であれば、朝鮮や中国の人々の幸せを、願えないものなのだろうか??
本当に民度が高い人々は、他人の不幸を喜ぶだろうか??危機感をあおって争いごとを起こさせようとするだろうか??

大東亜戦争は正義の戦いであった。そうウヨクの人は思っている。
であれば、朝鮮や中国を欧米列強から解放したこと、それは、彼らの幸せを願っての事ではなかったのか??

誰かが率先して、そう考えることが必要なのではないだろうか???

誰がやるの?それは、あなたです。
あなたがやればいい。あなたは微力です。だけど、誰かがやっていかなければ。

それが僕が考える、政治参画です。







  1. 2017/06/24(土) 15:05:18|
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沖縄に帰りたい

今回沖縄、楽しかったけど早く埼玉に帰りたいという気持ちも心の何処かにあった。理由は解らない。
埼玉に待つ人がいるわけでもない。楽しみな事があるわけでもない。でも何故か帰りたかった。

前回の沖縄滞在、自分の誕生日の旅行が最悪なものに終わったこととか、色々思い出していたのだろう。沖縄を楽しいと思う心すら、僕は失わさせられていたのかもしれない。

昨夜の晩、訪ねてきた友の全てが帰り、独りになった。
そして、ただ城間と二人で杯を交わした。
遅くまで飲んだ。

最終日の今日、最後の昼御飯をうるかそばでビールを呑みながら煮付け定食を食べてたら突然!帰りたくなくなった!



沖縄にいたい。



沖縄から帰りたくない。
そう思った。沖縄は、いつも僕にそう感じさせる。
あらゆるところを旅している僕が、唯一家に帰りたくなくなる場所。それが沖縄。
そして、沖縄の人々なのだ。

また沖縄に行こう。

  1. 2017/06/20(火) 18:57:37|
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くだもの

くだもの ~真辞苑より~

くだもの。書き方、下者、下物、等。
果物にその語源を発する。

腐った果物が地面に落下してぐちゃぐちゃにつぶれてみる影もなくなり、寄ってくるのはハエや蟻のみという状態から、ほんとうに下らない人や、物を、下者、下物と呼ぶようになった。

用法。
下者
1)あいつは本当にどうしようもない下者だ。
2)あいつがこれほどの下者だとは流石に気付かなかった。

下物
1)このエレピ本当に下物だ。

2)この腐りきった果物は本当に下物だ。

利点。

下らない、屑だ、等という言葉にはネガティブな印象が付きまとうが、下らない者を表するに、下者、という言葉を使うことにより、発信者自身の人格を損ねない。メンタルヘルスを損ねない、等がある。

  1. 2017/06/19(月) 11:59:41|
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関空へ向けて

とてもとても眠かった。空いていた関空快速の座席をフルに使って僕は熟睡した。
ふと気がつくと、関空快速は停車していた。そして関空から大阪へ向けてまさに今出発しようとしていた。

実は何度も飛行機に乗り遅れて大変な目に遭っている。
JRの遅れのせいで関西行きのスカイマークに乗り遅れ、スカイマークの便は振り替えてもらったが、五時間待ち!僕はJRに新幹線に振り替えるように要求したが拒絶された。何故、自社の失態を、他社にケアさせるのか理解できない。本当にJRが嫌いだ。

東松戸駅で北総線を待っていた。普段必ず4番ホームに来るアクセス特急がその日に限って3番ホームに来た。恋人と共にその事に気づかず、仕方なくジェットスターのチケットを無駄にしてバニラエアに乗った。札幌行き。

関空から東京へ戻るのに、ピーチエアを使った。
駅で立ち食いそばを思わず食べた。余裕を持って出たつもりだった。だが、丁度その立ち食いそば分の時間で、間一髪間に合わなかった。
仕方なく新幹線で戻った。

これだけならばまだよい。
成田で、渡米するときに、税関でパスポートを出した。
すると、パスポートは?といわれた。
今出しているというと、期限切れだと!昔のパスポートを持ってきていた。なんたる失態!やむを得ず翌日の便をとり、渡米した。
思えば何度もどじなことをしてきた。
今回もその轍を踏むかと思ったが、間一髪目覚めて電車を飛び降りて事なきを得た。


  1. 2017/06/14(水) 15:37:13|
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会社を作った

会社を作った。
数人の従業員のいる小さな会社。
最初は大変だったけど、作りたいもの、伝えたいものを作り続けた。
それらに好感を持ってくれる人々が現れた。大好きだと思ってもらえる。とてもうれしい。
会社の経営は少し軌道に乗り始めた。
従業員の数を増やし、会社の規模を拡大したいと思った。
そのためには作りたいもの、伝えたいものだけを作っていては無理。
作りたくないけど世の中が求めてるものを作らなければならない。
心ならずとも、そういうものを作り始めた。
会社は順調に大きくなった。
更に従業員の数を増やし、会社の規模を拡大したいと思うようになった。
100人単位、自社ビルを一棟持つようになった。
その為には、作りたいもの、伝えたいものを作っていてはダメだった。世の中が求めてるものだけを作る必要があった。
会社は順調に大きくなった。
大会社といってよい会社になった。

最初に、自分が作っていたものを好きでいてくれた人々は今は身の回りにはいない。
今自分は、使いきれないほどのたくさんのお金と、本当に必要なのかわからない贅沢なものに囲まれて生活してる。いつ乗れるかわからないフェラーリ、ダイヤの指輪、100万もするヴェルサーチのコート。
だけど、自分が本当に大好きだったものは、身の回りにない。
心から信頼しあえる、利害関係のない友は、周りから去った。
金銭など、必要なだけあればよい。
身の丈にあった会社の規模であればそれでよいのだ。慎ましやかに生活出来ればそれでよいのに。

でも、今はその事に気がついてすらない。
世間の暗黙が強制するがまま、ひたすらに会社を大きくすること、その本来副次的であるはずの事柄に、夢中になる。
我を忘れ夢中になる。
生きる目的を見失ってる。
だけどその事に気づいてすらいない。

大富豪になったら幸せになれる。

わけではない。

幸せを、感じとることすら出来ない、いや、自分が実は不幸であることにすら、気づけない人間になっていることに、気付いてない人間になった。


  1. 2017/06/11(日) 13:23:05|
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思いを伝えること

心の中で思ってることって、誰もが話してくれるわけではないんだね。

能動的にも素直な言動は人を不快にさせる。

わだかまることがあったとして、その事を伝えてくれる人ってかなり貴重なんだな。
僕は、思ってることを伝えるけど、そんな人は稀なんだね。

普通は、黙ってシャットアウトなんだね。
あなたをシャットアウトします、っていってシャットアウトしてくれる人はまだ親切なんだね。

だから、その人はシャットアウトされてることに、しばらく気づかないんだね。

気づいたときには、かなりの人からシャットアウトされてるんだ。癌細胞みたいに、回りに自分をシャットアウトしてるひとが増えて、もう取り返しがつかなくなるくらいにまで進行して、はじめて自分が愚かだったことに気付いたりするんだろうね。
かわいそうだね。でも仕方ないね。

思ってることを僕は伝えるから疎まれたことも多いけど、だからこそ得てきた信頼もたくさんある。
だからぼくを慕ってくれる人もたくさんいてる。
自分が正直に生きてきた結果得た財産なんだ。

正直に生きてると正直な答えが返ってくる。それらに虚心に耳を傾ける。
すると、色んなことが見えてくるし、色んなことが学べる。

受動的に素直でいたい。

そして、能動的には頑固でいたい。

自分の哲学や理念を一生のスパンで貫き通す覚悟を胸に蓄えて生きていきたい。


http://nakamuranokangae.blog55.fc2.com/blog-entry-77.html?sp

この文章の対句です。

  1. 2017/05/26(金) 13:46:30|
  2. 徒然と
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