真・の・ブログ

日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

ありがとう。

ご心配をお掛けしました。中村真のメンタルヘルスは、寛解いたしました。

かつてあるイベンターでありライターの人に、精神不安定な人が多い中、僕はとても精神の安定した珍しいピアニストだと言われたことがあります。そんな自分は遠い夢の中の世界の人のように思います。

しかし僕は、どん底の中で人の助け無しに生きていけない程に落ち込んでたときでも、落ち込み方に品があると言われました(笑)。この人に頼っていいのはここまでです、という線引きを、どん底の中でも、無意識のうちにしていたらしい。

他人の垣根の中にギリギリ入らずにいることが出来る。そういうことがちゃんと出来るから他人に甘えることが出来るのだ。
僕は過去人格障害の人間に自分の垣根の中を荒らしまくられた事があって、それ以来、自らを傷つけてまで維持し執着しなければならない人間関係はないのだと学んでいたはずでした。

しかし世の中には僕の想像を遥かに越えた、下者(くだもの)がいるものだと改めて知りました。


改めて色々なことを学びました。僕はダメな人間なのではないか?その思いが僕をさらに落ち込ませたこともありました。
でも僕は自分自身に対しての価値を正しく評価出来る人間でした。
自分に矜持を持っている。それを思い出すことができた。
故に僕は寛解が早かったのだと思います。あとは、押さえつけてきた怒りの感情を解放できたことも大きかったと思う。あと何よりも、僕には得難い友がたくさんいることが自分を救ってくれた。

僕が45年間、正直に生きてきた、物事に正面から向かい続けて来た。だからこそ、今僕の回りには本当の友が沢山いてる。本気で助けてくれる友が沢山いてる。だから僕は寛解できた。

あとはこのまま僕自身が、安定していたあの頃の明るい人格を取り戻すだけ。時間はかかるかもしれない。でも必ずそれは出来る。

助けてくれた友への感謝の気持ち、そして、心配してくれた数多くの知人縁者、心配してくれていた全ての人に感謝の気持ちで一杯です。ありがとう。

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  1. 2017/06/20(火) 15:08:33|
  2. 心の整頓
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愛されること、愛すること

人は年取ると、愛されることから、愛することに変わっていくのだろう

愛し抜いて傷付き抜いた
信じ抜いてそして裏切られ続けた
僕のなかには憎しみだけが残った

それでも僕は誰かを愛することをやめないだろう

  1. 2017/06/13(火) 17:59:32|
  2. 心の整頓
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ぶぶ漬け

僕は何一つ悪いことをしていない。何一つ悪いことをしていないのに、自分の心の中をめちゃくちゃに踏みにじられて、あらゆる負の感情、憎しみ、恨み、悔しさ、怒り、悲しみ、あらゆる負の感情が僕の心の中に留まり続け、苦しめられ続けている。

こうなった原因を作った存在の事はもはや全くどうでもいい。全く以てどうでもいい存在。
心の中に癌細胞を植え付けていった存在でしかない。
その存在に対しての負の感情すらない。どうでもいい。

だけど、心の中に滞在し続ける、その悪いお客さんに、どうやったら出ていってもらえるのだろうか??
ぶぶ漬けでもたべていかはりますか?毎日そういっているのだけど、その悪いお客さんは、いつも本当にぶぶ漬けを食べていかれる。

苦しい。逃れられないほど苦しい。

  1. 2017/06/06(火) 17:17:24|
  2. 心の整頓
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言葉のごみ箱。

彼女が、僕の想いを受けるに値するほどの人間ではないことに、僕自身がようやく気付いた。


某シンガーに対して書いたブログは、彼女を暗喩して書いた。
あなたは、自省しないと、20年後にはああなるよ、と、暗喩している。
某シンガーとあなたは、まったく同じことをしているよ、と諭しているのだ。
20年後、ああいった、醜い姿をさらすことになるよ、と諭し続けた。

僕はお人よしだから、あらゆる意味合いにおいて、人に対して誠実に接する。
誠実に接するとは、自分の確信した価値観を相手に伝えること。
不誠実であるという事は、そこに目をつぶること。そして、適当に受け流すこと。
僕にはそれはできない。

今でも彼女が変わればいいなと思っている。でも変わらない。変われない。
たぶん本人は、変わりたくてもがき続けている。だから苦しんでいる。
だから助けたくなる。でも僕がそれをサジェストすることは彼女にとって苦しみであったのだろう。

猫が死ぬときに孤独に死ぬのは、死ぬ前の苦しみを、周りから与えられていると勘違いし、そこから逃れるために、一人っきりになって死ぬのだそうだ。それと似ている。
僕は彼女に苦しみを与えたことは一度もない。僕は、彼女自身が、自分自身が苦しんで乗り越えなければならないテーマを提示し続けただけだ。
僕の、恋人に対するエゴを彼女にぶつけたことなど一度もない。そういったことが彼女を苦しめていたのならばわかる。僕は、彼女が向き合わなければならない、彼女自身の問題点を、提示し続けただけ。
そこから逃げると、某シンガーになるよ、ってね。

人生は孤独だ。僕は彼女の苦しみを、助けることはできるけど、変わってあげることは出来ないのだ。

彼女自身が本当に変わろうと覚悟しないことには、絶対に変われないのだ。

いままでも幾人もの人のああいった、変わらない人に対しての関わりを持ち続けてきた。
よく考えてみると、結果として変わった人を僕はついぞ見かけなかった。
変われない人々。

僕自身は、いい方を変えると執着心が強い人間であるとは思う。人に対する執着は強い。
いい方を変えると僕は愛が深い。諦めきれない。だから、そのだめなシンガーに対しても数年間も付き合い続けることができた。
今回はそれが自分を苦しめた。だけど、そういう資質が故得てきたものも数多くあると思う。
それがいい資質なのかどうかはわからない。だけど僕はそういう人間だ。



彼女が何を思っているかは僕にはわからない。
もしかしたら、後悔しているかもしれない。自分の愚かさに。
もしかしたらせいせいしているかもしれない。僕の「本気」とサヨナラできたから。
いずれでもいいと思う。いずれにせよ同じことだと思う。
変わらないという一点においては。

後悔しているにせよ、せいせいしているにせよ、いずれにせよ根底にあるのは、自己正当化。と、言い訳。

そんな女とのかかわりを、一年間持ち続けたモチーフの一つである、彼女との音楽的なシンパシー、それすらも僕は感じれなくなってきつつある。
最後に聞いた彼女の演奏は、彼女の年齢では絶対に出すことができない、僕とのかかわりの中で生まれていった、僕の音色の香りが消えていた。
実に平凡な演奏だった。

彼女の才能を大切に思った。けれども、それは僕にほんの少し欠けている部分を彼女がほんの少し持っていただけの、錯覚だったのかもしれない。そう指摘された。

少なくとも僕が人生を賭して彼女に挑む価値はない。そう誰もが思っていたことだろう。

そう誰もが思っていたことに、僕はようやく気付いた。


あいつはこれからの自分の生き方を示すことによって、自分の価値を世に問うていくといった。何を問うのだろうか?
彼女が親しみを持っている人間ですら、彼女のもとを去っていっている。本人はその事に気付いてすらいないだろう。みんな、本当の意味で親切に、あなたの元を私は去るね、と言って去っていくわけではないのだから。

人をちゃんと愛することができないあのひとが、人を真剣に愛することに極端に憶病なあのひとが、今後どうやって生きていけるのか、そして何を得るのか、僕は見てみたい。


彼女が僕に投げ捨てていった、言葉の数々。僕は、全て覚えている。
ぼくは、彼女の言葉のごみ箱ではない。
人を、言葉のごみ箱として扱う女に価値などないのだ。







  1. 2017/05/29(月) 13:12:26|
  2. 心の整頓
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玄米

久しぶりに玄米を食べたいなと思って炊いてみた。

久しぶりにみそ汁が飲みたいなと思って作ってみた。

久しぶりにベーコンエッグが食べたいなと思ったけど、オムレツにしてみた。

久しぶりにオムレツを作ったら失敗した。

でも久しぶりに食べたオムレツはおいしかった。

ご飯が食べられるって幸せなことだな。
  1. 2017/05/19(金) 16:29:34|
  2. 心の整頓
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考えても仕方のないこと

考えても仕方がないことを考えることは愚かなことだ。精神の無駄な浪費だ。
健全なときにさいつもそう考えてたし、考えても仕方ないことで悩んでいる人をそう諭してきた。
いざ自分が考えても仕方ないことを考え込んでしまうと、なかなかそうは出来ないものだと思う。頭でわかっていてもは実行は困難なことは多々ある。

考えても仕方ないことを考え込んでしまうとは愚かだ。
だが本当に愚かなのは、考えないといけない事を考えないで、まあいいか、と先延ばしにすることだ。

  1. 2017/05/16(火) 12:34:56|
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白と黒と

白と黒の間に存在する、秘密。

ドレミの羅列が、リズムが整頓されていく。

鍵盤にかける魔法。 音楽が整列していく。

そして、その技術や論理ではない神秘的な存在を共感出来たことの歓び。

私の魔法を伝えたいと思った。

  1. 2017/05/13(土) 18:26:01|
  2. 心の整頓
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いつか

いつか出来るようになる、ってことはないんだよ。
出来る人は、最初から出来てる。

いつかわかるようになる、ってことはないんだよ。
わかる人は、最初からわかっている。

出来ない人は、最後まで出来ない。
わからない人は、最後までわからないんだ。

そんなことないよ、ぼくは出来なかった事が出来るようになったよ!。

それはね、君が出来ないことを、知っていたから、出来るようになったんだよ。
出来ないことを知っているってことは、出来てるって事なんだ。少なくともできるための準備が出来てるってことなんだ。

そんなことない。わたしはわかっているよ!

わかってないよ。わかっている人は行動するんだよ。
行動できないってことは、わかってないってことなんだ。改善するための努力をするもんなんだ。苦しい苦しい努力をね。

音楽でも何でも、全部同じこと。

行動を先送りにすること、それは、わかっていないことと同義語なんだ。

今の自分の耳に入る諫言を、耳に入れられない人は、未来永劫にその事に気付けない。

あのひととかあのひととかを見て御覧。絶対に人の諫言を耳に入れないでしょ。

でもその人たちは素直に人の言葉に耳を傾けていると思っているんだよ。

出来ない人は、最初から出来ない。
わからない人は、最後までわからないんだよ。

君が、どの道を選ぶか、あとはそれだけだよね。

  1. 2017/05/08(月) 17:28:31|
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僕の隣に座ったひと

電車で隣に座ったひと。とても美しい女性だった。そう思った。
電車から降りた。そのひとは雑踏へ消えていった。
とても美しいひとだと思ったのに、ほんの数秒後には、どんな顔だったのかすっかり忘れてしまう。
そして、その人とはもう会う事はないだろう。

数十分の出会いも、数年間の関わりも、同じことなのだろう。

もう会う事はない。忘却の彼方へ消えていくのだ。
  1. 2017/05/08(月) 14:05:50|
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山 3 「白い山、黒い山」

白い山は聳え立っていた。
私はその白い山に憧れを抱いた。
白い山のようになりたいと、思った。
いや、その白い山を越えたいと思った。

白い山は厳しく立ちはだかっていた。
白い山は己の甘えた感情を許してはくれなかった。
だがその白い山の厳しさは純粋でもあった。


黒い山が立っている。己の中の黒い山。
人々の多くは、黒い山から目をそむける。
だが、人々の多くは黒い山をしっかと見据える。

黒い山は一目優しげに己の前に立っている。
黒い山は己の甘えた感情を許してくれる。
だがその黒い山の優しさは偽の優しさなのだ。
でも、黒い山を消し去ることは誰にもできない。

己の中の黒い山を、越えた先に白い山は聳え立つ。

黒い山を、しっかと見据える勇気を、心の中に少しづつ、蓄えていこう。

そして、己の中の本当の白い山を持てる人間になりたい。


  1. 2017/05/07(日) 12:20:18|
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山 2

僕はある山に登りたいと思った。そう高い山ではない。なだらかな、優しい山に思えた。
そう特別な山であるようにも思えなかった。だけど、なぜか僕はその山に登りたいと強く思った。

春のある日、その山に登った。気持ちのよい晴れ模様。軽快に登る。谷に流れる小さな沢沿いに歩みを進める。久しぶりの山歩きは僕の心を幸せにした。
だが突如天気が変わり、空は急激に真っ黒になり、大雨が降りだした。春雷。
小さだった沢はみるみる濁流となり、僕は身の危険を感じた。やむなく山を下る。

日を改めて再び登ることとするか。

夏のある日、その山に再び登ってみた。夏とはいえ比較的涼しい一日。
今回は尾根沿いに歩く。だが思ったより日差しは厳しく、僕を灼熱の地獄へと追い込んでいく。
汗がにじみ出る。もはや歩みを進めることは困難であった。気がつけば、僕は脱水症状を引き起こしていた。朦朧とした意識の中、何とか下山した。

僕はその山に対しての想いを捨てることはできなかった。いや、むしろ想いは募っていった。

秋のある日、その山にもう一度登ることを決意した。秋晴れの、しかし紅葉にはまだ随分と早い時期の登山。
慎重に歩みを進めていく。予報ではコースを外れていくはずの台風が、進路を変更してその山を直撃した。
ものすごい風に僕は吹き飛ばされそうになった。森の木は折れて僕の頭を危うくうち砕く勢いでのしかかってくる。飛んでくる小石はまるで弾丸のように僕を頬をかすめる。。
もはや歩みを進めることは不可能だ。僕はほうほうの体で山を下った。

その山に登ろうとするたびに僕はひどい目にあう。だけど、何故かその山に対する想いを捨てることが出来ずにいる。
人は誰でも、一つの山を登らなければならない。それが、生きるという事なのだろうと思う。


冬、その山に挑む決意を固めた。決死の覚悟で挑む。
吹雪の中、アイゼンを締め、ピッケルを突きながら慎重に進む。
何も見えない。直感だけで進む。一瞬視界が開ける。その瞬間に進むべき方向を定め、少しずつ進んでいく。
唐突に体を持っていかれた。雪崩だ。薄れゆく意識の中で僕は思った。これが死ぬという事か。
僕の人生はここまでだったんだな。

気がつくと僕は病院のベッドで横になっていた。
救出された事は奇跡に等しいらしい。

手足は凍傷で真っ黒になっている。足の骨も折れた。指を落とさなかった事が奇跡であると医師に言われた。
傷が癒えるまでには相当な時間がかかる。様々な物事を犠牲にし、救出に関わった色んな人々に多大な迷惑をかけた。

僕はもうその山を登るのはやめなければならない、そう決意した。
その山に登り、傷ついたことに後悔はない。その山に挑むためにするべき努力の全てを僕はしてきた。
真摯にその山に挑み続けた。だから悔いもない。

その山を登ることをやめてはたと気がついたことがある。
その山に登ることをやめることが、本当に登るべき山を登り始めるということだったのだ。

  1. 2017/05/06(土) 16:40:29|
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山を登ろうと思った。暗い森の中を進む。果たして正しい道を行っているのか分からない。
行けども行けども頂上など見えてこない。
怖くなる。不安になる。そして、引き返すことにした。

この山は自分の登るべき山ではないと、言い訳をして。
そして次の山を登る。森の中を進む。やはり不安になる。そして、引き返す。そして言い訳を繰り返す。

結局、一つの丘も越える事が出来なかった。

その不安を乗り越え、自分に克ち、暗い森を超えた先に、初めて頂上が見えるのに。

何も見ずに、何も体験せずに、山登りが嫌いになった。

山は、登ろうとさえすれば、いつでも君を受け止めてくれたのに。

  1. 2017/05/04(木) 12:02:34|
  2. 心の整頓
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時間

一枚の透明なセロファンのようなものが体を通り過ぎて行くが如く時が進む。
次々にセロファンのようなものが体を通り抜けていく。
未来からずっとやってくるセロファンは、永久に、僕が死ぬまでの間ずっと僕の体を通り抜けていく。
そのセロファンを構成する物質は、100%の苦しみで出来ている。
いままで何枚の、苦しみのセロファンが僕を通り過ぎて行ったのだろうか?そして、これから何枚の苦しみのセロファンが通り過ぎるのを、じっと我慢し続けなければならないのだろうか?
それを想像するだけで、僕は気が狂いそうになるんだ。
  1. 2017/05/02(火) 14:27:47|
  2. 心の整頓
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精神状態がまし。

昨日から精神状態がいい。根本的な原因となる要素は何一つ改善されていないので、メンタルがアップする理由がないのだけど、なぜか調子がいい。

大体具合が悪い時は、朝がしんどい。それは僕自身の飲酒癖に問題がある。
酒を飲むと、一気にメンタルは向上するけど、翌朝はメンタルがドーンと落ちる。
酒の悪しき薬理効果の一つ。
ユンケル飲んだらアップするけど、切れるとダウンするのと似ている。
だけど、この二日間はさわやかに起きることができている。まったく理由が分からない。
躁状態で興奮しているとかではないけれども、若干ネットなどで落ちてたら見たくないような情報ですら、見に行けるぐらいの、精神状態ではある。
落ちてる時はフェイスブックとか見ない。見れない。見まくっている。

現在、眠れてて、食べれてて、まあ体を温かく維持している。
だめなのは、睡眠、食事、保温、このうち2つが欠けると人間は病を発症するそうです。
昨日はランチにインド料理のおやつを食べたのだけど、そののち、おなかがすいたので、冷凍していたブロッコリーと海老とでパスタを作った。
僕の今までの経験上、確実に料理を失敗して、まずくて食べ残す、というパターンの典型的だったのだけど、料理に成功しておいしく食べられた。
何かがおかしい。むしろ逆に自分自身を疑う。こんなはずではないぞ、中村真。
用心深くいけよ。反動でドーンと落ちるからな。

でももしかしたら、その根源的な問題に対しての、自分なりの解答が出かかっているのかもしれない。
その事に関しても、丁寧に考えていけたらと思っています。
少しずつ、あわてずに。

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  1. 2017/04/28(金) 11:02:01|
  2. 心の整頓
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治療薬

色んなものを治療したい。 歯は完全に治した。親知らずを二本抜いた。ケアをしていってる。 皮膚科にも通っている。湿疹をケアしている。 眼科に行きたい。 心臓の検査もしたい。 心も完全に治したい。 重苦しい思いから解放されたい。
  1. 2017/04/17(月) 17:40:35|
  2. 心の整頓
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ソロコンサート

昨夜、上野さんの好意でu3chiでの急遽なソロのコンサートを開催できた。
僕は、自分自身の中の燃えるような感情、想い、涙が出そうな気持ち、悔しさ、それでも持っている愛情、全てをあの場所で昇華させた。
お客さんは5,6人だった。ほぼミュージシャン。僕は音楽にこの感情を燃やすことができるんだ。
その事を大村君とMrDは教えてくれた。
あの場所にいなかったあの人の事は、ずっと心の中に存在しているのだ残念なことに。
それごと燃やすことはできなかった。そんなことができる人間はこの世にいないだろう。
来てくれたお客さん、そして上野さんには感謝この上ない。
僕は今日は、とあるジャムセッションに顔を出そうと思っている。
何かいい事が起こるかもしれない。
  1. 2017/04/02(日) 17:46:58|
  2. 心の整頓
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本日無料コンサートを開催します。

インドで知り合った、Mr Dというベーシストがいるのだが、真、お前には音楽があるじゃないか、音楽の中でその悲しみを燃やせ、そのようなことをいわれた。
それが理由ではないが、僕はこの悲しみを、今日東川口のu3chiにて、急遽ソロピアノのコンサートを開催することにした。来たい人は来てほしい。連絡を下さい。
makoppo081@gmal.com
無料です。

僕にとって最大の苦しみであったあの人は、最大の喜びでもあった。
今日ピアノを弾きながらも、あの人の事を想うのだろう。心の中であの人の為に演奏するのだろう。

あの人が心から消えればいい。楽になる、だけど、心から消したくないんだ。魂の底のところの喜びだからだ。
であれば、僕は永久に苦しみを抱えて生きていき、その苦しみを音楽のともしびにすることにしか、昇華出来ないのであるとしたら、一体俺の人生は何なのだ?苦しむだけの人生なのか?
45歳になって、これほどまでに乗り越えがたい壁が立ちはだかるなどと、僕は想像していなかった。

  1. 2017/04/01(土) 14:01:13|
  2. 心の整頓
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大切なもの。

毎度毎度僕のブログの愛読者には悪いのだけど、いつもいつも暗い日記で申し訳なく思っている。
本当にこの数年間、僕は本当の意味での幸せを感じることができた瞬間は、数週間に満たないのではないか、と思う。
僕は今、誰に相談しても、死んじゃ駄目、といわれるほどの苦痛を感じている。
精神を病んでいる友達に連絡をすると、その気持ちが理解してもらえる。消えたくなる、といわれる。
そしてどんどんと問題は大きくなってきた。インドに逃げた時の比ではない。
インドに逃げた時に僕は多大な迷惑を人にかけた。もうどこにも逃げられない。
雄太のツアーの時も本当は逃げ出したかった。だけど、死にそうになりながら待ち合わせ場所へ向かった。
結果行ってよかった。偶然にも素晴らしい人々にのみめぐり合えた。
音楽活動はそれだけではない。嫌な目にも多々あう。

今は、あの雄太とのツアーの時よりも、インドへ逃れた時よりも、数倍の苦痛を感じている。
この三日間、ずっと寝て過ごした。起き上がれなかった。

あらゆる事柄が、ピアノを弾くことすら、その苦痛を彷彿させる。いや、ピアノだけが、僕を現世に留めておいてくれる、何かなのだろう。

僕は、自分自身の音楽のすべてを理解し、認めてくれていた人を失いました。
誰にもわからない、僕のハーモニーのちょっとした機微であるかを、間近に聞き、触れて、ともにその価値を共有できていた恋人を失った。
貴重なアドバイスをくれる人を失った。心で僕の音楽に触れて、感じたことを話してくれる人を失った。

彼女が僕を認めてくれていたこと、そのことが僕の音楽へのモチベーションを高めていたこともある。
相対的な評価を求めているとかではない。魂が、共鳴する相手だった。
僕のピアノで、魂が共鳴していた。その事は相手も解ってる。
彼女のピアノの中に、僕の存在はあるだろう。多大に。
あの年齢であの音は出せない。あれは僕の音から共鳴を受けた音だ。その価値。
その価値を大切に思えるには、まだ若すぎるのかもしれない。
僕にとっても彼女が響いてくることが、喜びだった。未熟な演奏。だけど、その才能と、今後の未来の彼女のアーティストとしての期待、プラモデルだと思っているのではない。中村真の亜流でいてほしいなどとも思っていない。
音楽のみではない。様々な価値を共有出来た。
彼女が僕の家に勝手に貼っていったポストカード。ポストカードのセロファンの部分にピンをさしていた。ポストカードを傷つけないように。
そのことに気付く僕とその気づかいの彼女。とても些細なこと。だけど、そんなことを解りあえる関係だった。

僕は、なぜこんな自分自身の事をブログにつづるのか、それは、僕自身が物を書くことにより、自分の脳みそを整頓するため、そして、書くことはほんの少しだけ気持ちが持ち上がることなのだ。

自宅で、自分の録音をとり始めた。それは、その恋人へプレゼントするためにやり始めたこと。
だけど、僕は今、自分自身を、現世に引きとめるために、一日一曲ぐらい、録音をとっている。
それも同じモチーフなのだ。

乱文散文申し訳ない。僕は、誰も読んでいないだろうこのブログを書くことが、僕の心の安定へのつながりなのだ。申し訳ない。
  1. 2017/03/31(金) 14:22:19|
  2. 心の整頓
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人生の壁を登る

20代は前が見えない不安との戦い。でも上り坂はなだらかだった。
30代、急に視界は開け、頂上が見えた。ああ、あそこを目指せばいいのだな。
しかし多くの仲間は、頂上が見えたことで、前進をやめ、その場で酒盛りを始めた。
僕は登山というよりは、登攀というべき壁にとりついた。
40代になった。ふと下を見下ろすと、結構高いところに来たようだ。酒盛りをしているのが遥か下に見える。
僕がいるところは空気は冷たく、風も強い。うっかりすると壁からはがされそうになる。それでも登り続ける。
40代も半分を過ぎた。90度を超えるオーバーハングも現れた。
もう降りることはできない。登り切るか、滑落するか。
もっと楽に生きれると思っていた。とんでもなかった。問題一つ一つの重要度が増してきた。
20代の時、つまずいて転んだ石は、滑落を意味する石となって立ちはだかるようになった。
こんなはずではなかった。
40代を登りきれるのか?わからない。
難しい。もう生き残るか死ぬかの選択しか残されていない。
仕方ない。こういう生き方を選択したのだから。
酒盛り組として気楽に生きてくればよかったのかもしれない。
しかし、あそこで酒を飲んで、頂上を眺めて生きる生き方を選ばずに登り始めたからには、頂上を極めてやろう。
孤独だよ。だけど孤独じゃない。僕の下を続いて登る若者がいる。そして、僕の前に立ちはだかるオーバーハングを乗り越えた先輩がいる。
でも、登るのは、僕でしかないのだ。誰もロープを伸ばしてはくれないのだから。

  1. 2017/03/11(土) 15:31:34|
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この八ヶ月間にあったことを書こうと思ったが

落ち着いたら何があったか書こうと思っていましたが、具体的には書くのをやめることにします。
どうしても説明せざるを得ない人たちに対しては個別に説明をすることにしました。

ただ僕の主観で、たとえ話として言うならば、僕は8ヶ月間、ひたすら殴られ続け、僕は防戦一方で一発も殴り返さずにいてKOされ、地べたにのびているのにもかかわらず、ゴングが鳴っているにもかかわらず、更に殴り蹴られ、瀕死の重傷を負っているのにもかかわらず、反則負けを宣告されたような感じです。

僕は、心に致命的なほどの傷を負いました。医者に言ったら間違いなくお薬を処方されるだろう。

一体僕の8ヶ月間は何だったのだろうか。

彼女が僕にしたことは何だったのだろうか??

言葉にする必要はない。うちの親は立派な共依存でモラハラの夫婦です。問題は多いと思う。
だが、まあ何とか父親85歳まで添い遂げてきている。父親は自分の芸術活動があるのは母のおかげであると言える夫婦関係です。精神医学者がいうようなジャンル分けには意味は存在しない。100パーセント健全な関係など存在しないと僕は思う。

ただ、現実としてあるのは、45歳の一人のピアニストが、ピアノすら弾けないほどに疲弊してしまった事実です。仕事をほおりだして逃げ出さなければならないほどに追い詰められた事実が、ここにあるだけです。

僕には恨みはない。人に対する怒りのエネルギーは誰よりも自らを害すからです。はっきり言えば、怒りのエネルギーをもつことすらできないほど疲弊している。

ただ、除霊の効果、かどうかはわからないけれども、僕は自分の中にある、悔しさや悲しさや、情けなさ、あらゆるネガティブな感情以外に、彼女を憐れむような気持も生まれつつある。いつかわかってくれるのではないか?と思っている。

僕自身が救われる点は一つだけある。それは、僕自身がこの8ヶ月間、誰が何と言おうと彼女を誠実に愛し接したこと。それだけは神が認めなかったとしても、僕自身はそのことを認めることができる。
そこだけは、譲れない感情です。

このブログの文章は、その他のSNSへの連動をしません。
ふと目にした人だけが読めばいい。

僕は魂を休めるための旅に出ることにしました。それは、物理的な意味合いもあるけれども、精神的な意味合いにおいても、休息への旅に出ることにしました。

傷は必ず癒える。そう信じている。
  1. 2017/02/10(金) 16:50:32|
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埼玉に帰ってきました

埼玉に帰ってきました。何とか帰ってきました。
でもまたすぐ出ていきます。誰も悪くない。いや、そんなことはないけど、誰にも悪意はないはず。
僕はそう信じられる。信じたい。ボロボロですけどね。
僕はぼろぼろでもいいと思います。どんなにボロボロになっても、自分の気持値や相手の気持に向きあいたい。
そうせずに自分を守ったとしたら、たぶん僕は何も得られないと思う。わからん。知らんけど。
とにかく今は帰国した敗残兵です。
  1. 2017/02/09(木) 00:14:31|
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歳いくにつれ受ける精神的ダメージって大きくなっていくように思う。
過去精神的ダメージで仕事をキャンセルしたことなど一度もなかった。
今一日の大半を横になって過ごしている。
今は理解してくれる人としかはなせない。
入院しているようなものです現在。
恐ろしいかな酒を飲むと心にほんの少しだけ晴れ間が差す。人間のくずまっしぐら。

  1. 2017/02/06(月) 10:32:24|
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jazzmalの日、雄太にsosを出した。演奏できない。なにも理由を聞かずいいよ、ソロでやってやるから心配するなといってくれた。
僕のsosを受け止めてくれた。
その事が僕の感情の堤防に穴を開けた。
あの日はじめて涙が出た。

様々な人が、僕を助けてくれる。
海外に住む先輩ミュージシャンが、気分転換においで、交通費を少し助けてやるから、とすら申し出てくれた。


今お邪魔している人の家で出された味噌汁が心に染みる。
感謝に堪えない。が、感謝するという気持ちを持つこと、表現することすら今の僕には余裕がない感じです。

心の中にあったあらゆる負の感情は、悲しみという感情にまとめられつつある気がする。
再び心のなかが涙で一杯になった。それが今にも破裂しそうなのだけど、なかなか破裂しない。

大村はインドに来いと行った。真さんの悩みなど、口の中で弾け飛ぶスパイスと共に飛んで行くからと。

もう少しだけ休息が必要なようです。

  1. 2017/02/05(日) 13:23:46|
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