真・の・ブログ

日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

人生の壁を登る

20代は前が見えない不安との戦い。でも上り坂はなだらかだった。
30代、急に視界は開け、頂上が見えた。ああ、あそこを目指せばいいのだな。
しかし多くの仲間は、頂上が見えたことで、前進をやめ、その場で酒盛りを始めた。
僕は登山というよりは、登攀というべき壁にとりついた。
40代になった。ふと下を見下ろすと、結構高いところに来たようだ。酒盛りをしているのが遥か下に見える。
僕がいるところは空気は冷たく、風も強い。うっかりすると壁からはがされそうになる。それでも登り続ける。
40代も半分を過ぎた。90度を超えるオーバーハングも現れた。
もう降りることはできない。登り切るか、滑落するか。
もっと楽に生きれると思っていた。とんでもなかった。問題一つ一つの重要度が増してきた。
20代の時、つまずいて転んだ石は、滑落を意味する石となって立ちはだかるようになった。
こんなはずではなかった。
40代を登りきれるのか?わからない。
難しい。もう生き残るか死ぬかの選択しか残されていない。
仕方ない。こういう生き方を選択したのだから。
酒盛り組として気楽に生きてくればよかったのかもしれない。
しかし、あそこで酒を飲んで、頂上を眺めて生きる生き方を選ばずに登り始めたからには、頂上を極めてやろう。
孤独だよ。だけど孤独じゃない。僕の下を続いて登る若者がいる。そして、僕の前に立ちはだかるオーバーハングを乗り越えた先輩がいる。
でも、登るのは、僕でしかないのだ。誰もロープを伸ばしてはくれないのだから。

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  1. 2017/03/11(土) 15:31:34|
  2. 心の整頓
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この八ヶ月間にあったことを書こうと思ったが

落ち着いたら何があったか書こうと思っていましたが、具体的には書くのをやめることにします。
どうしても説明せざるを得ない人たちに対しては個別に説明をすることにしました。

ただ僕の主観で、たとえ話として言うならば、僕は8ヶ月間、ひたすら殴られ続け、僕は防戦一方で一発も殴り返さずにいてKOされ、地べたにのびているのにもかかわらず、ゴングが鳴っているにもかかわらず、更に殴り蹴られ、瀕死の重傷を負っているのにもかかわらず、反則負けを宣告されたような感じです。

僕は、心に致命的なほどの傷を負いました。医者に言ったら間違いなくお薬を処方されるだろう。

一体僕の8ヶ月間は何だったのだろうか。

彼女が僕にしたことは何だったのだろうか??

言葉にする必要はない。うちの親は立派な共依存でモラハラの夫婦です。問題は多いと思う。
だが、まあ何とか父親85歳まで添い遂げてきている。父親は自分の芸術活動があるのは母のおかげであると言える夫婦関係です。精神医学者がいうようなジャンル分けには意味は存在しない。100パーセント健全な関係など存在しないと僕は思う。

ただ、現実としてあるのは、45歳の一人のピアニストが、ピアノすら弾けないほどに疲弊してしまった事実です。仕事をほおりだして逃げ出さなければならないほどに追い詰められた事実が、ここにあるだけです。

僕には恨みはない。人に対する怒りのエネルギーは誰よりも自らを害すからです。はっきり言えば、怒りのエネルギーをもつことすらできないほど疲弊している。

ただ、除霊の効果、かどうかはわからないけれども、僕は自分の中にある、悔しさや悲しさや、情けなさ、あらゆるネガティブな感情以外に、彼女を憐れむような気持も生まれつつある。いつかわかってくれるのではないか?と思っている。

僕自身が救われる点は一つだけある。それは、僕自身がこの8ヶ月間、誰が何と言おうと彼女を誠実に愛し接したこと。それだけは神が認めなかったとしても、僕自身はそのことを認めることができる。
そこだけは、譲れない感情です。

このブログの文章は、その他のSNSへの連動をしません。
ふと目にした人だけが読めばいい。

僕は魂を休めるための旅に出ることにしました。それは、物理的な意味合いもあるけれども、精神的な意味合いにおいても、休息への旅に出ることにしました。

傷は必ず癒える。そう信じている。
  1. 2017/02/10(金) 16:50:32|
  2. 心の整頓
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埼玉に帰ってきました

埼玉に帰ってきました。何とか帰ってきました。
でもまたすぐ出ていきます。誰も悪くない。いや、そんなことはないけど、誰にも悪意はないはず。
僕はそう信じられる。信じたい。ボロボロですけどね。
僕はぼろぼろでもいいと思います。どんなにボロボロになっても、自分の気持値や相手の気持に向きあいたい。
そうせずに自分を守ったとしたら、たぶん僕は何も得られないと思う。わからん。知らんけど。
とにかく今は帰国した敗残兵です。
  1. 2017/02/09(木) 00:14:31|
  2. 心の整頓
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歳いくにつれ受ける精神的ダメージって大きくなっていくように思う。
過去精神的ダメージで仕事をキャンセルしたことなど一度もなかった。
今一日の大半を横になって過ごしている。
今は理解してくれる人としかはなせない。
入院しているようなものです現在。
恐ろしいかな酒を飲むと心にほんの少しだけ晴れ間が差す。人間のくずまっしぐら。

  1. 2017/02/06(月) 10:32:24|
  2. 心の整頓
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jazzmalの日、雄太にsosを出した。演奏できない。なにも理由を聞かずいいよ、ソロでやってやるから心配するなといってくれた。
僕のsosを受け止めてくれた。
その事が僕の感情の堤防に穴を開けた。
あの日はじめて涙が出た。

様々な人が、僕を助けてくれる。
海外に住む先輩ミュージシャンが、気分転換においで、交通費を少し助けてやるから、とすら申し出てくれた。


今お邪魔している人の家で出された味噌汁が心に染みる。
感謝に堪えない。が、感謝するという気持ちを持つこと、表現することすら今の僕には余裕がない感じです。

心の中にあったあらゆる負の感情は、悲しみという感情にまとめられつつある気がする。
再び心のなかが涙で一杯になった。それが今にも破裂しそうなのだけど、なかなか破裂しない。

大村はインドに来いと行った。真さんの悩みなど、口の中で弾け飛ぶスパイスと共に飛んで行くからと。

もう少しだけ休息が必要なようです。

  1. 2017/02/05(日) 13:23:46|
  2. 心の整頓
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心がもうボロボロになって、ぼくは今某所に身を寄せています。

心がもうボロボロになって、ぼくは今某所に身を寄せています。
一人で過ごすのはいろんな意味において危険だとおもいました。
自分のなかに存在する、すべてのネガティブな感情がすべて同時に心のなかを支配して、逃れられないです。
思考を止める事もできない。
苦しみのなかでのたうち回るという状態です。
抗うつ剤飲みたいくらいですが、あれは本当に辛い薬なのでやめたい。
脳のなかにネガティブな思考が支配しているので、ゆっくり温泉に入るという気持ちにもなれない。
僕がここに存在することただその事が僕自身を苦しめる。
本当に、逃れられない苦しみのなかにいてます。寝ても悪い夢を見る。
Facebookとかを見てても不快なものが目に入る。自分の写真も見れない。メールの受信ボックスすら開けない。本も読めない。音楽も聞けない。何をしても悪い思いや感情に支配されてるから。
これほどの気持ちになったことはかつて無いかもしれない。
しんどい。辛い。

  1. 2017/02/04(土) 11:52:50|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(21) 特別な日からの新たなる出発

最後のこのタイトルのブログを書く。
今日は、僕にとって特別な日です。僕にとって特別な日から、僕は新たな出発をするようです。
少しの悲しみがある。しかしそれ以上に安堵がある。
ようやく、苦しみから開放される、一歩が始まった。苦しみが終わった訳ではない。ただ、トンネルの出口の方向を見いだすことが出来た。その安堵。
人は非常に忘れやすく設計されているので、ぼくもこの苦しみを忘れ去る時が来るのかもしれない。
僕は、決して忘れない。心のあの、分岐点の所の岩に、この気持ちを刻み込もう。
風呂上がりの爽快さ、とまではいかないが、梅雨の中、心には晴間すら見える。
半年間、何とか生きた。なんとか、生きてこれた。
  1. 2015/07/03(金) 10:30:52|
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日和[にわ] 夏(20) 本当に嫌な夢は夢のような夢

本当に嫌な夢は、嫌な感じの夢ではないんだ。
嫌な夢、お化けの夢や、虫に襲われる夢は、僕はそんなに嫌いではないんだ。
本当に嫌な夢は、失われた、そして絶対に戻ってくることのない、あの文字通り夢のような時間がまだ続いている夢をみること。
目覚めたときのあの虚無感、孤独感、信じられない程寂しい気持ちで迎える朝。
あの夢のような時間の中に自分が存在していた時は、それが夢のような時間であることにさえ気付いてさえいなかった。
それが、失われたと同時に、あの時間が夢のような時間であったことに気付くんだ。
毎日毎日、来る日も来る日も見続けたあの夢のような夢も、最近では見ることは少なくなった。
だが、今朝ひさしぶりにあの夢を見た。目覚めた。そこは完全なるグレーな、色も音も完全なるグレーな雨の朝。あらゆる色をぶちまけた混沌のグレーになるのだ。完全なるグレー。震災直後の東北を彷彿させるあのグレーの朝だった。
僕の心に、明るい、朝が来ることはあるのだろうか。そして、仮にその朝が来たときに、それが夢のような朝であることに、気付いて大切にすることが出来るだろうか。
  1. 2015/07/02(木) 00:55:00|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(19) 北海道へ久しぶりにチャリ旅に行く理由

地方などにいくと、うんざりする程される質問の一つに、自転車で来たのですか?というのがある。
僕が自転車で旅をしていたことを知ってくれていることは嬉しいのだけど、そんなわけないやん、といいたくなる。それなりにツアーを組んで、計画的に行わなければ、チャリでの演奏活動は無理だ。

僕は、今夏久しぶりに北海道を旅する。行き先は礼文島。過去訪れて本当に心に残っている島なのだ。そして僕にとって最も遠い離島。石垣には演奏でいくことは出来ても、礼文に演奏でいく事は不可能だろう。そういう意味で、僕の仕事との兼ね合いで、いく事が最も困難な島だ。
僕は、過去何度も自転車で旅をしている。ほぼ日本中に轍を刻んだ。
印象に残る旅を三つあげると、大阪から東京に出てきたときの初めてのロングの旅。ロングとはいっても今の感覚で言うと、ショートの旅なのだが、9日間かけて東京へ出てきたあの旅。
そして、北海道を元嫁と旅した一ヶ月の旅。新婚旅行として北海道を回った。苫小牧から出発し利尻や礼文を歩き、知床を縦走し、釧路へ抜けた旅。一ヶ月の旅。
そして何よりも一番心に残っている旅は、初めての自転車ツアー、2006年の五月のことだ。
今は亡き(最近新しくオープンして名前をクレッセントと改めているが)十三のナチュラルを起点に、京都ルクラブジャズ、山城スイング、金沢蛍庵、七尾モーリタート、高岡スキャット、富山ラッシュライフ、黒部光徳寺、新潟スワン、器、鶴岡シェルルーム、山形差蔵、秋田キャットウォーク、そして最後の弘前のたけや。今でもほぼそらんじて出演した店の名前が出てくる。
この旅が今の僕の音楽活動へ大きく繋がっている。

僕はあるときを境にチャリ旅をやめたのだ。旅は困難がつきまとう。琵琶湖では大風でテントが飛んだり、伊良湖岬ではテントが台風で浸水してウレタンのマットに「浮きながら」寝たり、名立の海岸ではタイヤがバーストしてガムテープで応急処置をして何とか上越までたどり着いてタイヤを探し求めたり、相馬では暗くなり過ぎてテントを張る場所がどうしても見つけられず苦労したり、会津から中通に抜ける峠でシャリばてしたり、熱中症でじんましんが出たり、まあ挙げていけばきりがないのだが、様々な困難を、事前に回避する術を、余りにも上達したチャリ旅の技術により得てしまったからなのだ。
困難のない旅など、旅ではない。
当時の僕に困難を感じさせるとするならば、世界一周の旅に出るということだろうと思う。だが、音楽家として生きていく僕のモチーフとそれは合致しない。ぼくは、プロの旅人ではないのだ。

では何故僕は今回北海道に行くのか?北海道など正直行き飽きている。間違えても観光ではない。
僕は、考え事をしにいくのだ。又は、考えない時間を得る為にいくのだ。

生活をしていると、考える時間も考えない時間も得ることが難しい。
北海道の空気の中で、誰にも会わず、時には友達には会うが、なんにもせずに過ごす時間が今の僕には必要だと感じたからいくのだ。
  1. 2015/06/30(火) 13:06:07|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(18) 体調が悪い

まずい。体調が本格的に悪い。熱中症かと思いきや、胃が痛くなってきた。胃炎も併発している。
また、目眩が凄まじい。目眩は抗うつ剤をやめてほぼ3週間以上になると思うが、収まってくるどころかひどくなってくる。
微熱もある。軽い頭痛もある。要するに、症状は軽いけど、色んな症状が同時多発的に体内で起こっている。腰も痛い。これも腰痛の痛さではなく、熱が出る前の雰囲気だ。
明日から3日間休みだ。
なるべく自分を休ませようと思う。
その前に、とても大事なことをしなければならない。ずーっと考えてきたことだ。
それをやる。それをしたら、僕の人生は、変わるだろう。
この日記シリーズも終えることが出来るだろう。
この日記のタイトルが変わったら、それは僕の状況が変わったということだ。それがよくも悪くも。
いや、いいも悪いもない。物事は良い悪いだけではないのだ。
  1. 2015/06/29(月) 23:54:46|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(17) 沖縄をあとにします。

沖縄での一週間を終えて帰路につく。
今回も色んな人々に会い、色々とお世話になった。感謝に耐えない。
昨日は赤嶺の魚丸でバタやきを食らい、糸満の海で泳ぎ、そこから山羊のさかえへ向かったのだが日曜日定休ゆえ、儀保の富久屋という、オーガニック的な沖縄料理屋にいった。
結果としてさかえへ行けなくてよかったとおもう。というのは、食事を終えパーカーズでのリハを終えたら、急に体調が悪くなり、終演後には立っているのがやっと!
パーカーズでの千明との演奏はとても楽しかったのだけど、全てを使い果たし一滴も呑まずにホテルへ帰り、バタンキューなのだ。ところが疲れはてていると眠れない!全く眠れない!まんじりともせず夜をすごし、今那覇空港です。
もし、山羊のような強い食べ物を食べていたら、夜中中吐き下ししていたかもしれない。おそろしや。
辛うじて帰って三日間オフなのだが、鋭気を養いたい。
四国で綾戸智恵との僕主催のツアーなかむらまこととあやどちえ、も控えて、その後ぼくは即座に北海道へ向かう。
六年以上ぶりの北海道チャリ旅だ。

 儀保の富久屋の定食。

 赤嶺魚丸バタやき。

 正義の見方、一銀食堂のステーキ。
  1. 2015/06/29(月) 09:26:13|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(16) 本気で本音で生きてきて

本気で生きることはバカらしいことなのかな?
僕は本気で本音で生きてきたつもりだけれども、その結果得たものが、今の僕であったとしたら、それは果たしてどうだったのだろうか?
僕がもし、建前で生きてきていたら、そしてその結果得たものが、今の僕の得たものより大きかったとしたら、それは幸せなのだろうか?
そもそも、得たもの、ってなんだ?
得たいものがあり、人は行動するのか?
それとも、行動したいモチーフがあり、結果、得るものが存在するのか?
生きるということは、一体どういうことなのだろうか?いや、幸せを享受するということは、一体どういうことなのだろうか?
僕は、本音で生きてきたつもりで、そして評価されてきたつもりだけれども、俺の生きて来た道は、本当に、意味のある道だったのだろうか?
本当に意味のある道ってなんなのだろうか?
マイルスデイビスは、ホントのホントに、本音で生きてきていたのだろうか?
僕はそうは思えない。
アベ首相は、ホントのホントに、本音で生きてきていたのだろうか?
僕はそうは思えない。
だけど、彼らは何かをなし得ているように思える。
何かをなし得るとはそもそも何なのだろうか?
確信して、建前で生きることが、生き方なのだろうか?
43年生きて、まだわからない。
何もかもわからなくなる島、沖縄。
(晴れ 心 曇り時々雨)
  1. 2015/06/28(日) 06:59:10|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(15) 本当の意味で幸福になることは難しい

そこには、色んな想いが書かれてあった。
恨みつらみではなく、生産的な気持ちが書いてあった。もしくは、生産的たろうとしている文章であった。
生産的とはどういうことだろうか?何をもって生産的なのだろうか?
忘却するだけが生産的であるということではない。忘却するだけならば。
そこから学ばなければ、何一つ生産的とはいえない。ただ、人は、驚く程学ばない。
僕自身の経験を持ってしてもそうだ。同じ過ちを何度繰り返したことか。
幸せになるのは難しい。本当に難しい。
僕は人の苦しみを本当に知った。知ったような気がした。
少なくとも我が子という、守るべきものが存在する時点で、それを知る。
石垣のドミトリーで、子を失ったおじさんの話を聞いた。その痛みの本当の所はわからないけれども、それがどれほど痛いのか、想像を絶する痛さであること、を想像することが出来た。
人の苦しみを知ったような気がしている僕だが、もしひとたび再び幸せの得ることが出来たなら、その苦しみのことを簡単に忘却してしまうかもしれない。
重要なことは、幸せを得ることではない。それを、継続させていく事なのだ。それには努力と忍耐が必要であろう。

(那覇 晴れ 心 曇り)
  1. 2015/06/27(土) 11:21:22|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(14) 島から島へ戻ると

石垣から戻った。離島から戻ると、少し気持ちが引き締まる。それが例え沖縄本島であったとしても、だ。
無論沖縄滞在は遊びではない。れっきとした仕事だ。それは、石垣とて同じこと。
しかしぼくは、沖縄では午前中目を覚まし、ひとしきり泳ぎ、腹一杯御飯を食べて、しこたま泡盛をかっくらっても、演奏出来てしまう。いくらでも食えて、いくらでも食べれて、いくらでも遊べて、いくらでも寝る。そして、演奏するのだ。
明らかにパワーをもらっているに違いない。
そんな限りなく遊び感覚の沖縄滞在だが、しかし島から戻ると、さ、仕事だ、とモードが切り替わる感じがする。

ところで、なかなか行くことができない沖縄の離島だが僕の感覚では遠い感覚はない。むしろ、北海道の離島は遠い。
利尻、礼文はぼくからの精神的距離は遠いのだ。
今夏、思いきってチャリで訪れることにした。
10年前の新婚旅行以来。
あの時も礼文から本島へ戻ったとき、さ、仕事だ、と思った。こちらは完全なるあそびなのにね。
島はいい。色んな感覚を忘れ去らせてくれるんだ。
時間だとか、仕事だとか、生きる上で、必要なものと、いかにも必要であるような顔をしてるそうでもないもの、を、分けてくれる気がする。それが、島なのだろう。
  1. 2015/06/26(金) 16:42:39|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(13) 石垣で出会った斉藤梯子さんというジャズシンガー

感動しました。
石垣島で、斉藤梯子さんというシンガーに出会いました。
御年80才。石垣のカフェタニファのマスターの紹介で共演することとなったのだ。
かくいう僕自身もタニファに出るのは初めてのこと。
どんなシンガーかも全く知らなかったのですが、本当にすばらしかった。
進駐軍花盛りの頃の米軍キャンプで歌っていた人。

今まで僕は25年間生きてきて伴奏していて涙が出そうになったことは一度もない。そういう感動の部分で、僕は演奏しないからだ。演奏するということは、演奏を聴くということとは感性のチャンネルが違うのだ。だけど、不覚ながら涙が出そうになった。
80年の人生の重み、などと安易に言うつもりはない。また、そんな重苦しいものではなかった。
ただ、ひたすらかわいらしく、歌うことを楽しんで、お客さんを楽しませ、お客さんに愛されている。
音楽をする意味を探し求める、僕はまだそんな段階かもしれない。
そんなものに意味はない。そんな当たり前のことを感じた。
おれって、一体何の為にピアノが上手くて、何の為に音楽のことを知っているんだろうか?そんなことを思った。
音楽をすること、と、それらは全然関係がないことなんだ、ということを、肌で感じ取れた。
梯子さんが、歌がヘタクソで音楽を知らない、ということでは間違ってもない。
そんなことと、音楽をすること、は、全然関係がないんだ、ということを、感じ取れただけなのだ。
ただ、僕は、音楽を知っていて、ピアノがそこそこ上手いからこそ、彼女の伴奏をつとめることが出来たのかもしれない、と思い直した。
テネシーワルツ。あの時代の、あの空気そのままで、ほんとうに、セピア色の銀幕の中の世界のことのように感じる。
沖縄は慰霊の日の事だった。それを感じながら歌った彼女のDanny boy。僕は一生忘れないよ。

俺のオヤジとほぼ同世代の梯子さん。色んなことを感じた1日だった。

20150625140536015.jpg
星子と三人で
  1. 2015/06/25(木) 14:24:32|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(12) 沖縄の脅威

昨日は那覇でおでん食べ放題飲み放題の店に行きました。
二千円。
あり得ない値段です!
沖縄には、たまにあり得ない値段の店があります。
宿泊1500円泡盛飲み放題の宿を知ってます。泊まったことはないけど。
おでんや、おふくろも、あり得ないコストパフォーマンスです。5000円でも満足な内容。
沖縄は快晴です。

(天気 晴れ 心 雨)
  1. 2015/06/23(火) 10:28:14|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(11) 旅あれこれ

旅慣れた僕だが、やはり旅はそれなりに特別なことではある。
成田へ行くことが実に当たり前になった。僕は東松戸から北総線で成田へ行く。これは少し高いけど都心部通らないで行けるのでとても楽なのだ。北総線のホームで成田行きを乗り過ごし、北海道へ行く飛行機を逃したこともあったな。あれは去年の夏のことだった。
それにしても成田空港内でのLCCターミナル、嫌みのように歩かされる。第二ターミナルビルから第三までは500メートルある!そして、そこで終わりかと思いきや、搭乗口までまた長い距離を歩かされる。都合一キロは確実にあるく。そのあげく、バスで飛行機まで案内されるのだ。
これは、安く乗るためのいわば儀式といってよいのではないだろうか。
今夏久しぶりにフェリーで北へ向かう。
新潟から小樽行きに乗るか、仙台から苫小牧むけて乗るか、秋田まで車を持っていくか、悩む。真剣に悩んでいる。
チャリ旅は景色を楽しむに非ず。考える時間を得るためにある。または、考えない時間のためにある。とことん考えることと、なにも考えないことは、実は似たようなことのような気がする。

  1. 2015/06/22(月) 19:14:54|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(10) 長生きの秘訣

僕は、きっと長生きすると思うんだ。人は自分の年齢や置かれた立場相応の悩みを持って生きていくと思うんだ。僕は、全然、全く43才の悩みを持って生きていない。
僕は、例えば音楽家として、社会的ステイタスをのし上がっていこうという野心のようなものも一切ない。
お金も特に欲しいとは思わない。欲しいものが最低限もらえたら(買えたら、ではない所がポイント)それでいいと思う。
僕の悩みは、大したことではない。多くの40代の、立派な人々の悩みに比べたら、ちっぽけな悩みだと思う。
だけど、僕は、いつまでも20代のような、いや、もしかしたらもっと少年のような悩みを抱えて生きている、だから長生き出来ると思うんだ。
人生とは消費だと思う。例えば、心臓には寿命があると思う。歯にも寿命がある。膝の関節にも、脳という臓器にも、寿命があると思う。それらの消耗の度合いに応じて、僕は生命の長さがあると思うんだ。
心にも消耗があると思う。心が摩耗すると、使い物にならなくなる。
僕は、年相応の悩みに心を使わない。使えない。どうでもいいから。
だから、多分長生きすると思う。一切年相応でないから。僕は摩耗する心を持たない。
40にして、惑う。一生惑い続けると思う。苦しいけれども、苦しさに慣れるよりは、苦しみ続ける人生を歩もうではないかと思う。わからんけどね。
  1. 2015/06/22(月) 02:25:37|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(9) ジャズマルに遊びにいってから、僕は沖縄へ、そして北海道へ。

南与野のジャズマルに1日空けてではあるが二日間行った。
初日はボサノバのギタリスト木村純さんのライブを聞きに、二日目は中野あきちゃんのセッションに参加しに。ジャズマルは埼玉の地元の店で、僕にとってはとても貴重なお店です。可能な限り顔を出しにいきます。
明日から僕は沖縄です。沖縄から帰ってきたら四国へ数日ツアーに行く。そして、その後は自転車で北海道を旅します。
約三週間程時間を空けてあります。稚内目指します。
走ったことがないオロロンラインを走りたい。そして再び礼文島を訪ねたいと思っているのです。
その後の予定は未定。気の向くままに走るか、停滞するか。
誰かに会いにいくか、誰かが会いにくるか、わからない。
僕には、休みが必要です。そして、物事を考える時間、何も考えない時間が必要だと思った。
だから、旅に行ってきます。

(世の中 曇り 心 曇り)
  1. 2015/06/21(日) 13:38:22|
  2. 心の整頓
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日和[にわ] 夏(8) 目眩 それに男性機能の障害 鬱

3月ぐらいから飲みつづけていた抗うつ剤をやめて1週間以上経つ。
いつだったか、秋田からの車での帰り、鬱々とした感情を持て余し、頭がおかしくなる程の感情を持て余し、そして、僕はこういう気持ちが精神科の門をくぐる程のことなのかどうか、または精神科にかかる類いのことなのかもわからなかったが、一先ず知り合いの精神科の先生に相談してみた。
一度受診に来いとその先生は仰った。
僕ははじめてそのような病院を訪ねた。先生は親切にカウンセリングを施してくれたが、僕はそのことにより問題が解決するとも思えなかった。それに苦しい気持ちが楽になるとは思えなかった。それどころかその先生と話をすると苦しい気持ちが増幅された。精神科の先生と相性があるという話は聞いたことがあるが、僕は数度行きその先生のところにいくのをやめた。
もらった向精神薬はてきめんに僕の心に作用した。深い深い思考の闇に落ちていくはずが、闇がぼやけて見えなくなったといった感じ。そこに確実に闇は存在するのだが、その闇は霧がかかったように見えなくなる。
問題は何一つ解決していないけれども、それでもほんの少し生きることが楽になった。と同時に、性的な機能が確実におかしくなった。
別にセックスする相手がいる訳ではないのだが、それがおかしくなると男としての自信が大きく揺らぐ。
その薬を飲むことは、あるスパンのストレスを解消してくれるが、しかしその薬のお陰で別のスパンの新たなストレスに悩まなければならない、というジレンマに陥る。
薬を減らすことは無理だった。何故ならば、僕は処方される最小の量、あくまで副作用がでるかでないかのチェックの為に飲んだほんの少しの量で、てきめんに効いたからだ。
無知な僕は、勝手に薬をやめてみた。知り合いの内科の先生に何気なくその話をすると、その手の薬は勝手にやめてはいけないとたしなめられた。
再び服用を開始し、別の精神科にかかってみた。そこでは、別の薬を投与してくれた。ところがその薬の方が遥かに男性機能に障害を来す上に、心にも強く作用した。
薬は、自分の判断でやめてみてよいとその先生は仰った。その先生の指導のもと僕は半錠にわけて少しずつ減らしていった。
心も6月に入り、比較的安定していた。仕事も一段落し、僕は、心の置き場所のようなものをほんの少しだけ見つけることが出来たような気がしていた。問題の根本は何一つ解決していない。だけど、その問題との付き合い方のようなものを、自分自身で見つけることが出来たような気がしていた。
薬を完全にやめても、心はそれほど落ち込むことはなかった。
ところが、今度はめまいがする。
視線をそらしたら、その先にめまいが起こる。一瞬だけ意識を失ったような、感覚に襲われる。
最初は気のせいか?と思えるような感覚。だがどうも気のせいではなさそう。
薬を完全に経って1週間程で、強いめまいの感覚に教われるようになった。
少しずつそれもましになってきてはいるが、未だにめまいの感覚に襲われる。
とても怖い薬だなと思った。知り合いも同じ薬を飲みつづけたことがあり、その副作用は半年程続いたそうだ。

まだ、抗うつ剤は数週間分程残っている。今後もなるべく飲まずに過ごせるような、精神状態であればいいのだけれども。

(世の中 雨 心 曇り)




  1. 2015/06/19(金) 21:57:28|
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日和[にわ] 夏(7) いい気候

夏と春の狭間の気候。気温は夏の気温だけれども、昼と夜の温度差が大きい。
春の特徴として、気温差があると思う。僕は春には自転車で旅をして地べたにテント張って生活することが多かったので、そのことを文字通り肌で感じている。
最上川でテントを張り、外にマットを広げ酒を飲んでいた。よくあるキャンプでの風景。曇り空が晴れて星空が突然現れた。と同時に気温があっという間に下がった。放射冷却だ。慌ててマットをしまいテントへ撤収した。
今の気候は、少し熱めの春の気候。とても過ごしやすい。
今年は冷夏のような気がする。冷夏は困る。北海道を自転車で旅する予定なので、冷夏なら恐ろしく寒いという可能性が考えられる。ダウンを持っていく必要があるやも知れぬ。去年の夏がそうだった。霧多布岬のキャンプ場で、死ぬ程寒かった思い出がある。
僕は暑さには強い。だけど、寒さには死ぬ程弱い。
しかしまだ梅雨入りすらしていない。いつ梅雨入りしてもいいように、まめに洗濯している。
今月は沖縄。梅雨明している沖縄へ移動。
そしてそれが終わると北海道。梅雨のない北海道へ移動する。
楽しみだ。
  1. 2015/06/11(木) 12:11:21|
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日和[にわ] 夏(5) Fj'sでのライブから

弟のなじみの飲み屋が中目黒にあり、そこは有名な故深町純さんのお店で、そこで演奏しないか?といわれた。ピアノはCPだそうだ。僕は助川をパートナーとするイメージがすぐに沸いた。
深町さんが亡くなってからはじめてCPを使い、ライブを行ったそうだ。
深町さんの奥さんが来られていて、その音色にとても懐かしんで下さった。古いなじみの客も、懐かしんでくれた。
とても嬉しいライブだった。FJ's。いいお店だった。
弟の奢りで酒をたんまりと飲んだお陰で、電車を寝過ごし、気がついたら大塚。終電を逃した。
ドンファンで時間をつぶそうと思ったが、ドンファンはお休み。
小腹も空いていたので、食べれる店を探したが、マッサージの外国人の女性の客引きが多すぎて辟易した。
漫画喫茶で朝まで時間をつぶし、帰った。
いい時間の締めはくだらない時間だった。

(世の中 晴れ 心 晴れ 六月に入ってから、精神的な体調がいい。)
  1. 2015/06/08(月) 19:27:04|
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日和[にわ] 夏(4) でんどう君、その後。



和音はルンバをみるなり、電動君、と呼んだ。故に今後は電動君、と呼ぶことにする。
デンドウ君、いや、あるいはでんどう君、伝導君、かもしれない。
ともかく、伝導君を導入してみるまで、僕は正直そこまでの期待を持ってはいなかった。
ところが、実際に導入してみると、掃除機をかけるより、ワイパーをかけるよりも、奇麗になる。
ただ、大きめのゴミ、例えば、米粒くらいの質量もの、であっても、吸い取りに欠ける。大きめの紙くずなども同様。
要するに、でんどう君は、「目に見えるようなゴミが存在しないような、元々奇麗に掃除された家」に対して、「それ以上」奇麗にしてくれるものだ、という事である。
その上、他所の部屋を片付けている間や、買い物に行っている間に、全ての部屋に掃除機を欠けておいてくれるという、代理性に於いても、相当優れている。
ルンバが掃除をしている間、ついておいてやらないと部屋で遭難してどうにもならない、という話を聞くが、我が家に於いてはそれはない。
ただ、ピアノ練習室と、和室は段差があるので、そこは個別にでんどう君を導入しなければならないが、それ以外の部屋、寝室、リビング、キッチン、脱衣所に関しては、一気に掃除してくれる。
要するに、でんどう君は、「複数の部屋があるようなある程度立派な家に住んでいる人の家」に対して、「利便性」を導入してくれるものだ、ということであるといえる。
僕の、電動君、は、ホームベース、つまり、居場所を作ってやれば、そこに自動的に戻ってくる機能を備えているランクのものを導入した。
掃除したらその場でこと切れるものもあるようだが、ロボットとして、ホームベースに帰還する機能は、美的に必要であると僕は判断した。
安くはなったとはいえ、3万ぐらいはするこの、電動君。
まとめると、「元々掃除が行き届いた家」で、「複数の部屋があるようなある程度立派な家」で、「三万の出費がある程度問題なく行える」家庭において、有効なロボットであるといえる。
あ、僕ですか?僕はもらいました。プレゼント。
後欲しいものは、ドラム型の洗濯機と、家庭用の最大の冷蔵庫と、

(心 晴れ 世の中 曇り)
  1. 2015/06/06(土) 16:34:52|
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