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真・の・ブログ

日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

にはたづみプロジェクトのウェブサイトが出来ました。

昨年で10年を迎えたにはたづみプロジェクトでのミュージックキャンプ。
今季からは、名をAIR SPLASH TOYAMAと改め、継続していくこととなりました。

キャンプに集ってきたアーティストたちは10年で様々なアーティストの水たまり(にはたづみ)を形成してきました。
そのにはたづみから新たな潮流(アーティスト)が流れ出し、新たなにはたづみを形成してきました。

そのにはたづみが、SPLASHする時が来たのです。

にはたづみからアーティストは弾け飛んで、さらなる動きを生み出して行きます!!
より創作的な自主性が求められるArtists in Residence(AIR)、参加アーティストによる、共同創作の現場、として一新します。

ゲストアーティストとして、今季は、じゅんじゅん(ダンサー)、大村亘ds、tabla、上野賢治fl、落合康介b、チャル(タップダンス)、等、音楽の範疇からもどんどんはみ出して行きます。

僕が総合監督として、描いている絵はないのです。この集まったアーティストたちならば、どのような絵が描かれていくのだろうか?
その場所を作る仕事を今運営委員会と共に毎日切磋琢磨しています。


AIR SPLASH TOYAMA開催に伴い、にはたづみプロジェクトのウェブサイトを一新しました。

ご覧くださいませ!!


https://niwatazumi.org/
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  1. 2019/04/15(月) 12:06:45|
  2. にはたづみプロジェクト
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四月スケジュール

3/29(金) 上尾プラスイレブン 中村 真ソロ、大木和音チェンバロソロ4/1(月) 名古屋 kennys junko vo、中村 真デュオ
4/3(水) 甲南山手gallery zing 岩宮美和vo 、中村真デュオ
4/4(木) 甲南山手gallery zing 中村真トリオ、荒玉哲郎b、木村紘ds
4/5(金) 京都 le cluc jazz 上田麻喜vo、中村 真デュオ
4/6(土) 鵜飼谷温泉 中村 真、えんどうまりvo デュオ
4/7(日) 豊中 我巣灯 中村真トリオ、畠山令b、森下啓ds
4/9(火) 浜松 ハーミットドルフィン 鈴木麻美vo、中村真デュオ
4/11(木) 上尾 プラスイレブン 中村真、吉橋厚ts デュオ
 山中一毅Ja pantsu are ?
山中一毅as、中村 真トリオ、中村新太郎b、大村亘ds
4/16(火) 新潟フラッシュ
4/17(水) 桐生 ヴィレッジ
4/18(木) 南与野 Jazzmal
4/20(土) 横浜 エアジン
4/24(水) 吉祥寺 サムタイム
4/23(火) 池袋 P's Bar 中村真、中島朱葉as デュオ
4/26(金) 蕨 Our Delight 中村真、古谷淳pf デュオ 
4/30(火) 三鷹 ウナマス 中村真、津山遼ts デュオ
  1. 2019/03/17(日) 16:02:31|
  2. ライブの事
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芸能人のコカイン逮捕を受けて、僕のドラッグに対する考え方をここに記す

結論から述べる。


ドラッグを摂取したり所持したりすることにより罰せられる罪は、それを摂取した時に自らや周りを傷つけるその傷、以上のものであってはならないと思う。



芸能人が、コカインで捕まったという報道があった。別に珍しい話でもなんでもないが、それに対してフェイスブック等で反応している一般の人々やミュージシャンの方々の意見の多くが、偏見と無知に基づいているように思える。故に、僕がこのブログで自分の意見を述べることとする。

僕はイリーガルドラッグ使用は法律に悖るこういではあるが、同義に悖る行為であるとは思ってはいない。

法律は普遍的に正しい規範ではない。その基準は道義や道徳に基づいたものたろうとしてはいるものの、その基準は時として変わる。
禁酒法時のアメリカでは、飲酒は法に悖る行為であった。唯一の、と言っていいだろう、国産のドラッグ、覚醒剤は、戦後すぐヒロポンという商品名で、それは受験生の勉強のお供であった。
アヘン戦争という名前の戦争があったが、あれはイギリスの綿が売れずに困ってアヘンという麻薬を中国に売りつけて中国に流出していた銀を得るという、今思えばヤクザと同じやり方の商売をしていた。
無論、近代法治国家以前においては、ドラッグ使用はほぼ禁止されていなかっただろう。
日本中に、麻〜、〜麻などという地名がある。これらは自生していた大麻から来る名前が大半だろう。
川崎には麻生区という場所がある。札幌にも大麻という地名が、そして奈良にも当麻寺という寺がある。
古来日本には、麻酔い(あさよい)、とう風流なことばで、大麻を楽しむ風習があった。
つまり、ドラッグの罪とは、相対的なものであり、絶対的なものではない。人の物を盗む、人を傷つける、そう言ったものとは区別して僕は考えている。

相対的な罪悪であるドラッグは、故に国により法的な扱いも異なる。
国際的にみて、日本はドラッグに対する罪はかなり重い方だと思う。
大抵の国では、大麻は交通違反程度の罰則しかない。国によっては、合法である国や、限りなく合法に近い扱いである国も数多くある。
有名なところではオランダのコーヒーショップ。好みに応じてブレンドしてくれるそうだ。そしてそれをショップで吸うもよし、お持ち帰りして楽しむもよし。スペインやイタリアも限りなく合法に近いのではなかろうか?
アメリカでも週によっては合法である。NY州が最近合法になったという話を聞いた。
対し東南アジアの小乗仏教の国では、日本よりはるかに罰則が重い。シンガポールやタイでは、ヘロインや覚醒剤を所持しているだけで死刑になる。
これは滞在外国人に対しても適応され一時話題になった。

ドラッグ使用が同義に悖ると考えている人は、ではオランダでマリファナを吸う人は人非人であろうか?
あなたのおじいさんがヒロポンを摂取しながら刻苦勉励した結果家族を養える立派な人間になったことは、不道徳なことでしょうか?


さて、一口にドラッグといっても色々なものがある。
簡単に分類分けすると、興奮系のドラッグ、鎮静系のドラッグ、幻覚系のドラッグなどだ。
興奮系の代表は覚醒剤であり、今回のトピックとなっているコカインだ。リーガルなものとしては、カフェインもそれに含まれる。
鎮静剤の代表は、アヘンをはじめとするオピウム系のドラッグ。リーガルなものとしてはお酒はこれに含まれる。
幻覚系はLSDやマリファナなどもこれに分類してもいいと思う。リーガルなものとしては、朝鮮朝顔のタネや、ペヨーテというサボテンはリーガルな幻覚をもたらすものとして、好事家には知られる。

日本ではこれらを取り扱う法律が異なる。
マリファナ(大麻)は、大麻取締法で、そして日本オリジナルのドラッグである覚醒剤は覚せい剤取締法により、そしてそれ以外のドラッグは麻薬取り締まり法により取り扱いされる。

記述した順に罪は重くなっていく。
ちなみに、狭義で言えば、麻薬とはオピウム系のドラッグのことのみを指し、コカインは麻薬ではない。

ドラッグ各々にそれぞれの効能がある。その効果については詳しくここで述べるのは避けたいと思う。というよりも、僕自身がドラッグの経験があまりにも浅いので、詳しく知らない。

薬物依存について。
ドラッグをやること=薬物依存であるという誤解をしている人を数多くみた。
それは違う。
99パーセントの人は、ある程度自分の理性でドラッグの使用をコントロールできる。
今回捕まった人が依存であったのかどうかはわからない。が、そういう誤解はよろしくない。

WHOによる、ドラッグを依存度により4段階に分類したものがある。
それによると、全く依存度がないドラッグは、唯一大麻である。一切の依存が認められない。
タバコやコカイン、覚醒剤は、依存度が3である。
最も依存性が高いドラッグとして分類されているドラッグが、あらゆるドラッグの中で二つだけある。
一つは、アヘンを10倍に精製したモルヒネ、モルヒネはご存知の通り末期癌の患者の痛みすら和らげるだけの強力なドラッグで、使用は医者の厳重な管理下でしか行えないものである。そのモルヒネをさらに10倍精製したヘロイン、ヘロインを医療用ですら認可している国は世界中でイギリスだけである、そのヘロインと、皆様お馴染みの酒、である。

依存度の強いドラッグ、危険性の強いドラッグが必ずしも禁止されているわけではないことはお分かりだろう。

多くの人々はKing of the drugである酒をコントロールして飲んでいることだろう。酒を一口でも飲んだら依存に陥るか?そんなわけない。
様々な要素が複合的に絡み合い、酒を二十四時間連続飲酒するに至り、治療極めて困難なアルコール中毒に至る。
アルコール依存がどれほど恐ろしいか、は、アルコール依存病棟というものが存在することからも理解できるだろう。
タバコ病棟はない。外来治療がほとんどだろう。
だが、世の中にはタバコ依存の人はアルコール依存に比べてはるかに多い。
それは、タバコはいつでものべつまくなしに摂取することが出来るからだ。
現在においてはタバコを取り巻く環境は厳しいものであろう。が、それでも仕事をしながらでもタバコを吸うことはできる。5分の時間と場所さえあれば。酒を飲んでしまったら、酔っ払って仕事にならないだろう。
そういった、ドラッグにまつわる環境なども依存には深く関係はあるだろう。
ゆえにアッパー系のドラッグの方が環境的には依存に陥りやすいかもしれない。酒を飲んだら仕事にならないが、シャブやりながらバリバリ仕事をすることは可能だからだ。
何れにせよ、どのようなドラッグでも使用の仕方により依存を引き起こす。それは、コーヒーでも同じことだ。
どのようなドラッグでもやり過ぎたら体には害がある。それは、チョコレートでも同じことだ。



ただし、大麻には依存性はない。
ちなみに時効だからいうが、僕は25年以上前に大麻を毎日摂取していた頃があった。無論若気の至りで、法律を犯していることに対しての意識や危機感は限りなく低かった。その大麻は大学の友達がくれたものだった。
大学の庭で、その女の子は、「はい」と、ドライフラワーの花束を手渡すかのごとく僕にそれをプレゼントしてくれた。
それを一ヶ月間毎日僕は摂取した。それはそれは楽しい日々であった。しかしその日々も長くは続かない。当然それがなくなる日が来る。なくなったが、特に依存を感じたことはなかった。欲しいとも思わなかった。もし毎日タバコをひと月摂取したとしたら、立派なニコチン中毒の完成だろう。
それから、僕は大麻が身近にある環境や、リーガルな環境、海外に行った時に勧められた時ですら、別にいらないと断った。自分にとって必要であると思わなかったからだ。
ちなみに僕が海外で大麻を摂取しても罪に問われることはない。いや、国内で摂取したとしても罪には問われない。大麻で罪に問われるのは、所持している場合においてのみである。もらい大麻を吸うことは、罪にはならない。(はずです)
(大麻に害はないのか?全くの無害ではないと思う。が、あらゆるドラッグは多かれ少なかれ有害です。
具体的には、大麻にはかなり大量のタールが含まれる。これは平均的なタバコの20倍だという話を聞いたことがあるが、おそらく1日に摂取する大麻の量は、平均的な喫煙者の1日に摂取するタバコの量の1/20以下であろう。)


ではなぜ大麻が未だ数多くの国で禁止されているのか?

これは僕の想像に過ぎないが、持論を述べてみる。

これもあまり知られていない話だが、大麻とは、繊維を取る植物である「麻」の、葉っぱや花のことを指す。
忍者が跳躍力を身につけるために、成長の早い植物をうえて、それを毎日飛び越えて訓練した話はご存知かと思う。
その植物こそが麻である。
それぐらい、簡単に栽培できる麻が、世の中でまかり通れば、綿産業が成り立たなくなる。
それが理由ではないかと思っている。
つまり、綿が売れなくなっては困る人々がいるのだ。
それが誰なのか、は、上の記述の中にもヒントはある。


僕の私見を述べる。ドラッグを摂取したり所持したりすることにより罰せられる罪は、それを摂取した時に自らや周りを傷つけるその傷、以上のものであってはならないと思う。
つまり、ドラッグ使用は、なんら罪に問われるようなことではない。タバコの受動喫煙の方がよほど罪深い。

大人しくマリファナ吸って何が悪いの?一人でコカイン決めてビンビンになってて誰かに迷惑かけるかな?
無論、それにより、暴れてものを壊したり人を傷つけてはならない。しかしそれには、その行為を罰する法律がある。
事実酔っ払って暴れてしょっぴかれる人は後を絶たないが、故に酒を法的に禁止する法律は当分出来そうにないしね。
そしてマリファナで酔っ払って暴力を振るった人の話を僕は聞いたことがない。

  1. 2019/03/15(金) 22:53:21|
  2. 徒然と
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露玉もゆらvol.5 無事終わりました!ありがとう!!

露玉もゆらvol.5お越しいただきました皆様方、本当にありがとうございました。
ソロは日常であり、そして全ての演奏は、日常である。そうカッコつけて言ってしまいたい気持ちはありますが、実際にはやはり自分にとって特別なコンサートでした。
自分が、25年以上プロとして活動してきた、その一つの集大成であったと思います。
無論、王子ホールぐらいが集大成として考えるのは志が小さい、人によってはそう受け止められることもあるかもしれません。でも今の僕にとってはそれでも大きすぎる舞台。
そういった相対的な価値基準ではなく、自分自身の虚心のありのままの出来ること、それの最大のことが出来たのではないかと思います。
音楽的にも、自分的には会心の出来だったのではないかと思います。
たくさんの人たちの助けを借りての演奏会でした。
運営委員会は、色々とトラブルも多かったけど皆が最善の努力をしてくれた。
楽しくコンサートを迎えることが出来た。
高松建設さんの協力なしにはあり得ないコンサートでした。

調律の狩野さんもいつもながら良い仕事をしてくれた。そして、ライブレコーディングをそう思えないようにさりげなくとってくれた、小伏さんにも感謝です。

そして何よりも聞きにきてくださった皆様に対して、本当に感謝の気持ちで一杯です。

これからも前へ進んでいく。
僕としたことが、大した文章を書くことが出来ない。それぐらいに、色んな思いが心にいっぱいです。

本当にありがとうございました。
  1. 2019/02/26(火) 12:30:59|
  2. にはたづみプロジェクト
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コンサートを明後日に控えて

いよいよコンサートは明後日になった。
僕にとって演奏は日常。それは場所が与野のジャズマルだろうが、上尾のプラスイレブンだろうが、NYカーネギーホールだろうが同じこと。
どこでやるのもそう大差ない。
だけど、今回はほんの少しだけ違う。
それは何なのか。
やはり色々な人の協力なしに成り立たなかったコンサートであるからだろう。

今回協賛いただいている高松建設、いや高松君との関係もそうだ。
高松君とは若かりし頃、本当にくだらないことを言い合ってきた仲間だった。進む道は異なったけど、あの頃お互いにロマンを語り合った、お互いに青かった青春時代のことを昨日のことのように思い出す。まあ僕は今でも青いが。
彼と作ってきた銀座space潦でも色々なことがあった。思えばトラブルしかなかった。運営は困難だった。だけど、それが無くなった時に初めてその価値を知った。

実行委員会とも色々なやり取りがあった。ホール選びから相談をはじめた。ああでもないこうでもないと、もめ事も多々あった。
意見が食い違うことはあったしやり口が違うこともあった。だけど、基本的にこの露玉もゆらを良いものにしようとする、成功させようとする気持ちには違いなかったと思う。

来てくれるお客さん、または来てくれない知り合いも含め、僕はたくさんの人にコンサートの案内のメッセージをした。
その中には、今は付き合いはほとんどなくなってしまった知り合いもたくさんいる。
僕自身が、案内のメッセージを出すことにより、そういった人々と知り合って、触れ合って今までの人生を生きてきたんだな、そんなことを一つ一つ思い出したのだ。
無論返事がない人もいた。でも僕は、その人たちとの人生の触れ合いについて、ほんの少しの時間ではあるけれども、思い出すことが出来たことは、大きなことだったと思う。
実際に、疎遠になっていたのにもコンサートに顔を出してくれる人たちもたくさんいる。
もちろん、全然僕を知らない人もたくさんきてくれることと思う。

要するに、僕が今まで生きてきたその結果として、明後日のコンサートがあるんだな、そう思うんだ。
でもそれは、日常の与野のジャズマルだろうが、上尾のプラスイレブンだろうが、NYのカーネギーホールだろうが、どんなコンサートだろうが、今まで生きてきたその道がなければ、成り立たないコンサートなんだな、という、当たり前のことを、実感しているのだ。

そういう意味で、特別なコンサートなんだな、と思う。

僕の、今まで生きてきた全ての結果としての、コンサートなんだな。
  1. 2019/02/21(木) 22:33:23|
  2. 徒然と
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露玉もゆら vol.5 今週末です。

一昨年の夏、大阪でラプソディーインブルーを演奏した。カデンツを全てその場で即興で作るというチャレンジ。
本番まで僕は幾度かの公開練習をおこなったが、一度も満足いくカデンツを作り出すことができなかった。
そして迎えた本番、僕は幾度目かのカデンツの最中、僕は本当の意味で我を忘れた。
演奏に対して集中している、ということは、普段から当たり前にある。だけど、それとは少し違う。
そこに存在するのは、僕と音楽、それ以外存在しなかった。
例えていうならば、深く深く海の底に潜っていくと、そこには自分と周りの暗い海しか存在しない。
自分の中にある、いろいろな意識も存在しない。様々な邪念も存在しない。
オーケストラの団員も、指揮者も、そしてお客さんすらいない、ただ僕と、周りの音しか存在しない空間。
僕自身が奏でている音であるはずなのだが、それは僕の周りに存在する。暗い海のように。
少しづつ浮上を開始する。上の方にほんの少し明るくなってくる。
少しづつ、少しづつ意識が戻ってくる。ふと気づくとオーケストラがいる。そして、指揮者がいた。
お客さんもいる。
僕は、いわば我に返ったのだ。

僕にとっては大きな舞台である王子ホールでのソロ。
ステージで僕は、我を忘れるのだろうか?

露玉もゆら vol.5
2/23(sat.) 19:00 start

  1. 2019/02/20(水) 14:34:12|
  2. ライブの事
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露玉もゆらvol.5中村 真ソロピアノコンサート@銀座王子ホール

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自身の東京での初となるソロピアノのコンサートを行います。

露玉もゆら
とは、葉っぱにつく朝露の水滴同士がころころと転がり、ぶつかり合う音。それは音として感知出来ないかもしれない。しかし確実に存在するであろう微かな音。 ピアノのほんの微かな音の違いや変化まで聴かせたい、そういう想いで過去7年にわたり綴ってきたコンサートシリーズ「露玉もゆら」

ソロピアノとは自らにとっての最も高いハードルでもあり、それと同時に自分の回帰するゼロ地点でもある。
全てはここから始まり、ここに集約される。

2004年ごろ、ソロのアルバムを初めて作った。その時から僕は、即興に対するこだわりを強く持っていた。
それは純粋即興であるというだけの意味ではない。
その場で起こっていくことに対して忠実に反応し、その場で感じていることに対して忠実に表現する。
無論僕は四半世紀も音楽にプロとして音楽に関わってきた。それは決して短いと言える時間ではない。
その中で自分のやり口、というものが好むと好まざるとにかかわらず生まれてくる。
それは、ある意味自分の個性というものを生み出す。が同時に、停滞を生み出すこともある。
その語り口を、ある意味捨て去る勇気を持つこと、音楽に対し、表現に対し、絶えず鮮度を保ち続けること、それに対してこだわり続けてきた今までの行き方でした。
それはこの、自分にとっては大きなこの舞台においても同じ。
自分の中の何か、を、捨て続ける、永遠に完成することのない、究極の美、に対する挑戦。
つまり報われることのない作業の連続。


それが僕のゼロ地点だ。
露玉もゆらvol.5
2019.2.23 sat.
19:00start
前売り3000円、当日3500円。
学生、清貧アーティスト2000円
銀座王子ホールにて


  1. 2019/01/18(金) 14:22:27|
  2. ライブの事
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今年一年を振り返る

今年一年を振り返る。

厄年を開けてから本当の意味での僕の厄年が始まった三年前の厄が本格的に明けた一年であった。
今年一年を一言で表すならば、新たなる出発、であったと思う。
個人的な一番の大イベントは何といっても引っ越しであった。
浦和のマンションを引き払い、東松山の小さな田舎集落へ引っ越した。
周りは田んぼしかない小さな集落の外れへ。
24時間音を気にすることなく生活できる環境。
家庭菜園をはじめた。資本主義的な消費サイクルからの脱却の第一歩。
なるべく使わない生活の構築。

ミュージックキャンプは10年目を迎え、一つのゴールをくぐると同時に新たなる旅たちを始めた。
振り返る。10年よく続いたな、ではなく、よく終わらなかったな、と思う。
終わらなかったことが不思議だ。キャンプの問題点を挙げていけばきりがない。
運営委員会は、かつてない充実を誇る。僕が主体的に動かずとも活発な議論が展開していく。
まさに新たなる船出。

ツアーも活発に行った。トリオでのツアーはもちろん、インドでの公演や、沖縄、北海道での公演も積極的に行えた。個人的なツアーも今年は何とか再開することが出来た。

様々な行動がやりやすくなってきた。
僕の足を引っ張る人はもういない。いてるのは僕を前に進むことを助けてくれる人だけ。
だからこそ、僕は進むべき道を誤らぬように、より自戒していく必要を強く感じる。
人は己の全く気付かぬところに、気付かぬうちに落とし穴を掘っているものだ。


来年は、久しぶりの大きな公演と、いきなりのレコーディングが三つある。
楽しみでもあり、引き締まる思いでもある。

挙げていけばきりがない。あらゆる人々から贈与された一年であった。
僕は、誰かに与えた物以上のものを与えられて生きてきた。
感謝などという言葉で言い表すことはできない。
僕自身が、今後の自分の芸術活動により、それらを表現し、還元していく。
それ以外に僕には出来ることはない。

来年も我が道を行く。

ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。
  1. 2018/12/21(金) 09:29:10|
  2. 徒然と
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1月スケジュール

1/12(土昼)東松山 m3chi 中村真理子、中村真 バースデーライブ (会員制)
1/14(月祝昼)赤坂ベヒシュタインセンター 中村真ソロ 2/23露玉もゆらプレコンサート
1/20(日)中野ピグノーズ 澤田譲治b、中村真デュオ
1/22(火)上尾プラスイレブン 太田朱美fl、中村真デュオ
1/23(水)高田馬場サニーサイド 菅野ヒロヤスvo、中村真デュオ
1/27(日昼)東川口 u3chi 中村 真トリオ 中村新太郎b、大村亘ds(要問合せu3chi@yahoo.co.jp)
2/23(土)銀座王子ホール 露玉もゆらvol.5 中村真ソロピアノコンサート
  1. 2018/12/06(木) 14:59:52|
  2. ライブの事
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トリオツアースケジュール

中村 真トリオツアー
12/7(金)新潟フラッシュ
12/8(土)会津太郎焼総本舗
12/9(日)黒磯教会
12/10(月)甲府桜座
12/11(火)浜松アナログ
12/12(水)京都ボンズロザリー
12/13(木)甲南山手ギャラリージンク
12/14(金)鵜飼谷 鵜飼谷温泉
12/15(土)岐阜美濃 ディアンジェロ
12/24(月祝)上尾 プラスイレブン
  1. 2018/12/04(火) 10:41:22|
  2. ライブの事
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キャンプ10年目を終えた、代表としての僕の言葉ではなく、完全なる個人的な気持ちの羅列

10年目のキャンプを終えました。
なんというか、言葉がなかなかうまく出てこない。
うまく書くことが出来そうにない。
10年、まあそりゃ色々なことがありました。振り返ってみたら、よく継続出来たな、ということの連続でした。
中津江のとん挫、金沢でのギリギリでの開催、魚津での見切り発車、本当にこれが継続できたことは奇跡に近いなと、振り返ればそう見える。だけど、やってるときは、何とかやってきたんだ。
ふと気づけば、実行委員会は充実して機能して、講師陣にも僕の理念は理解され、また参加者も順調に増え、資金繰りも何とかなっている。
主体的な行動を、という意味合いにおいても、僕の知らないところでいろんな動きが自然発生的に生まれている。
僕は中津江の初年度にキャンプ5年の計を立てた。種をまき、芽を出し、茂り、実り、収穫する。
現実には、出た目は摘み取られ、一から、いやマイナスからのリスタートを切った。
そして10年の節目を迎え、僕は収穫できたのか?といわれたらイエスとは答えられない。
では収穫はなかったのか?それもイエスとは答えられない。

僕は、このキャンプを今年度でやめる選択肢も考えていた。だけど、10年を終え、やめられない、というよりも、このキャンプは、すでに誰かに求められる何か?というものに成長していると思った。
僕の手の届かないところで、勝手に動き始めているようだ。
このキャンプで得た感動を、僕に直接メッセージしてくれる参加者も数多くいる。
感動が、伝播していることを実感する。

10周年のキャンプに、このミュージックキャンプを作った中津江公民館長の大沢さんが突然来た。
キャンプを作り、そして中津江MCをぶっ潰した本人が突然現れた。
色んな思い出がよみがえり、そして、色んな苦労を思い出し、歴史をずんと感じた。
賢治が泣いた。あの上野賢治が泣いた。きっと同じ思いだったに違いない。
大沢さんは謝りに来たんだ、といった。僕は謝られることなど何一つない、と答えた。
大沢さんに対して恨みに思ったことなどただの一度もない。3年目をぽしゃらせたことも恨んだことはない。
むしろ、感謝している。あのまま3年、4年と、中津江でやっていたら、キャンプは絶対に継続していなかったと思う。
大沢さんが手放し、それでも賢治と僕は続けた。そして、僕の右腕であった川本も、にはたづみを離れ、だから今の素晴らしい実行委員が存在する。
僕は三年目を放棄した大沢さんに一つだけ言った言葉がある。大沢さんが作ったものは、実はすごいものだったんだよ。いつかそのことを思い知ることがあるよ。僕はそういった。
その言葉を大沢さんにもう一度だけ言いたい。

運営委員長の岸本はぼくに、こんなに楽しいキャンプは初めてでしたと言ってくれた。
岸本は、はっきり言えばぼくに苦労を押し付けられたのだ。その岸本にそういってもらえたことが、ぼくは何よりもうれしかった。

僕自身は久しぶりに心身ともに健康にキャンプに臨むことが出来た。楽なのかな?と思っていたがとんでもなかった。元気だからこそ、行動できる。故に疲れ果てる。この僕が酒量を最終的にセーブした。体力の衰えもあるだろうが、それだけではないと思う。いろんな事柄に対してのアンテナも変わってきてると思う。だから、見えなかった部分が見えるようになっている。故にそれに反応することにより疲労はどんどんと例年に比べて増えていったような気がした。

じゅんじゅんはこういった。普段のダンスの現場では、作品を作るための指示やディスカッションはあれど、本質的な芸術についての議論をこれほどに深くできる場所というものはダンス界には存在しない、と。
それはそうだろう。音楽の現場においてもこんな話をすることは全くない。酔っぱらって語ることと、これとは大きく異なる。

ジュンジュンはこうも言った。この10年で、最も大きな学びを得たのはあなたですよ、と。
僕は全くその通りだと思う。

キャンプの最終日コンサートのトリを僕が務めた。
僕は、トリオで演奏した。大村ではなく、10年間一日も欠かさずキャンプに参加した吉川元と演奏した。
その理由は、ただ元とともに歩んだ10年を懐かしむためではない。感謝でもない。情でもない。
元が僕のトリオで演奏するに足る実力があるから、だけでもない。
未来へ繋ぐ何か、に対する期待感と覚悟のためであった、かもしれない。
僕にとって、演奏は、日常です。ですが、あの日のあのトリオの演奏は、日常ではなかったかもしれない。
あの日にだけしか演奏できない、何か、であったと思う。

一口でこの10年を語る言葉があるとするならば、それは感謝、という言葉に集約するだろう。
大沢さんをはじめ、上野賢治、本多千紘等の初期の運営、発起人の二人のシンガー、大輔や光田さん、いっていけばきりがない。山田うんさんがいなければ、僕はダンスに対して興味を今ほどに持つことはなかったかもしれない。川本悠自なしに中期のキャンプは成り立たなかった。すべてのアートディレクションから事務まであらゆる相談を彼にした。学びの森のスタッフも、適度な距離感で我々のプロジェクトを見守り、そして可能な限りのサポートをしてくれている。はっきり言ってお荷物団体だろう。だけどそれを山田さんは、庇い、ケアし続けてくれた。
協賛してくれた方々は言うに及ばず、まったくの手弁当でともにキャンプを作ってくれている運営諸氏、そして歴代の講師の皆さん。中でも大村は川本に言っていたようなアートディレクションの部分に対しても、適切なアドバイスやサジェストをくれる。
そして何よりも参加してくれたみんなが、感動を伝播していってくれること。
キャンプという潦(にはたづみ)に集ったみんなは、キャンプからあふれ出て新たなる潦を形成する。そしてまたそこからあふれ出ていく。
にはたづみの基本的な理念は、感動の伝播にある。

色々あったけど、10年やってきてよかった。

  1. 2018/09/26(水) 23:46:08|
  2. にはたづみプロジェクト
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10月スケジュール

10/1 金 昼 新宿ピットイン 既成概念をぶっ潰す会
10/7 日 昼 横浜ジャズプロムナード 中村 真トリオ、中村新太郎b、大村亘ds
10/15 月 甲南山手 gallery zing 中村 真、木村紘ds デュオ
10/16 火 洲本 笑む 中村 真ソロ
10/18 木 岡山 インターリュード 遠藤マリ vo、中村 真 デュオという
10/20 土 金沢 バー ドルフィン 吉本恵津子vo、中村 真デュオ
10/24 水 リディアン izaura vo 中村 真デュオ
10/25 木 南与野 ジャズマル 長島百合子vo、中村 真デュオ
10/26 金 上尾 プラスイレブン 中村 真、前原孝紀gt デュオ
  1. 2018/09/24(月) 14:57:16|
  2. ライブの事
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明日から10年目のキャンプが始まります。

いよいよ、明日から、ミュージックキャンプが始まります。
僕は、何らかの物事が成すにはおよそ10年という月日が必要だと思っています。
キャンプは、僕個人が大分の中津江村のホールでの合宿個人練習から始まった。
それに帯同した、いづみ、裕子、カモ、他何人かの九州のミュージシャンたちとともに練習し、共に学び、寝食を共にした。

11年前のある日、中津江村民ホールの大沢館長から、一年後、日田のパトリアホールを一日借りたから、と伝えられた。それに対して僕は中津江ホールでの短期間のレジデンスによる音楽創作と、ミュージックキャンプの同時開催に着意した。
伊藤大輔と光田臣を講師に迎えた。その人選からも、このキャンプは、僕自身の自転車のツアーからの流れであることがわかる。彼ら二人は、僕のソロピアノツアーに帯同した二人だったからだ。
旅の延長線上にあったキャンプ。
二年目にはそれは大きな広がりを見せた。伝説の中津江の二年目。今年それを知る参加者は講師である上野賢治と僕以外に二名。しかしあのキャンプに参加した者たちが再び集ったとき、必ずあのキャンプがもたらしたものについて話す。

キャンプは満帆に進むかと思いきや、3年目の中津江はなかった。
いきなりのとん挫。終わるかに思えたキャンプは、上野賢治により救済された。
彼は自宅であった蛍庵でコンサートを開催し、合宿を湯涌創作の森で行ってくれた。
10年のキャンプにおいての唯一の赤字開催。それでも火は消えなかった。

その後の3年は、賢治が金沢芸術村の音楽監督に就任したことにより、経済的にも環境的にも恵まれた開催となった。恵まれたといっても、場所の使用料が無料であった、という程度のものですが、でもそれは我々にとってとても大きなことだった。少なくとも、赤字は出ない(笑)。
その間、様々な講師を招聘した。今思えば、その三年は、仕込みの三年間だったと思う。
仕込んできたものはしかし、少しずつ熟成を生んでいたと思う。

賢治の任期満了をもって、場所を魚津学びの森に移すこととなった。
実は3年目の中津江がとん挫したときに、僕は学びの森での開催を検討していた。だが、それは当時の僕にとって大きすぎる課題だった。
しかし6年の月日を経たキャンプは、それを何とか開催することが出来るぐらいには成長していた。
それでも見切り発車だった。
この三年間は大変な三年でもあった。長年の右腕であったスタッフの川本がにはたづみを降りた。それは大変なことではあったが、結果として現在の実行委員会をを得ることが出来た。

少しずつ少しずつ、バトンは回っていく。
僕の思うようなペースではなく、思うような結論にも至らず、しかし、自然にバトンは回っていく。

そんな10年だったように思う。


沢山の人に感謝の言葉を述べたいと思う。上野賢治はじめ、多くのアーティストの参加なしに成り立たなかった。
スタッフの文字通りの手弁当の協力なしに成り立たなかった。
学びの森、湯涌創作の森、蛍庵、場所とそこにいる人の協力なしに成り立たなかった。
数多くの個人協賛者や企業協賛者の力なしに成り立たなかった。
上げていけばきりがない。
一つだけ言えるのは、僕は何もしてない。始めただけ。その後、このキャンプの理念に賛同する者たちが、自主的、主体的に行動してキャンプを動かしてきてくれた。

僕はキャンプ5年の計を立てていた。
種をまき、芽が出、枝葉を伸ばし、実り、収穫する。
実際にはそんなスムーズには行かなかった。自分の人生を振り返ってみても、常に事を成す前にとん挫しいてる。僕は、しかしそれをとん挫とは思わない。
永遠に完成することのない、成長なのだと考えている。
キャンプもそうであった。
10年間、終わらなかった。僕には実は、思うようなペースなどなかったし、思い描く結論などなかった。あるのは、漠然としたイメージと美意識だけだった。だから、終わらずに来れたんだ。

そのことが僕にとって、僕たちにとって、そしてそれに触れる者たちにとっての、直接間接的な、財産となるのではないだろうか?

そう思ってます。
10年目を迎えるにあたり、今まで通り、何もしないで臨むつもりです。


  1. 2018/09/14(金) 13:31:05|
  2. にはたづみプロジェクト
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The coveという映画を見ました。

先日、ザ・コーブという映画を見ました。
和歌山の大地町の捕鯨(イルカ)漁を、批判する映画でした。

捕鯨を巡る問題は色々あると思います。僕は日本人ですから、日本側の情報しか得ることが出来ません。ゆえに、完全にニュートラルに物事をとらえることはできません。が、思考を凝らすことにより、真実の断片、程度のところには到達できると思っています。

兎も角、この映画を見て思ったことは、西洋人的確信犯がとる行動の恐ろしさ、を感じました。
いい意味でも悪い意味でも、西洋人は、完成された価値観を持っていると思います。
僕は音楽家ですから、音楽や芸術を通じてそれを感じています。おそらくは政治や経済の世界においてもその価値観は貫徹されているように思います。他の価値観が入り込む余地がない価値観の持ち方。

日本人が捕鯨に関して感じている感性に対する忖度も、また捕鯨というものが持っている悪に対しての客観的論理的説明も一切ない。
自分たちが確信している正義に対して、それを暴くなり、批判することに対して、暴力をもってすることもいとわない感性。むろんこの映画の主人公となる男の人は、グリンピースからも出禁になるほどのラディカリストではありますから、西洋人をひとくくりに考えるのは愚行というものですが、過去、西洋人が、自らが確信してきた正義を振りかざすことによって、一体何百万人、何千万の非西洋人が、殺戮されてきたのだろうか?という点に僕は、考えを寄せざるを得ない映画でした。


  1. 2018/09/05(水) 14:41:37|
  2. 徒然と
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8月スケジュール

8/1~8/9 MINE 峯麻衣子ds、落合康介b、中村真ツアー1袋井マムゼル
2名古屋スターアイズ
3甲南山手gallery zinc
4岡山インターリュード
5徳島ジャズストリート
6松山ys cafe
7香川ソーナイス
8明石ポチ
8/31金 上尾プラスイレブン 中村真ソロ
  1. 2018/07/14(土) 01:08:48|
  2. ライブの事
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一連の北朝鮮の事からこれからの世の中の在り方について考えてみた。

北朝鮮のことについて。

古来から高句麗等の名の国家として、大国中国との政治的なやり取り、時には武力による戦争に巻き込まれたり、駆り出されたり、様々なやり取りがあったことは容易に想像つく。
そして近年では、米ソの代理戦争の餌食になり、国家を分断された。国家を分断といっても、朝鮮半島自体は、日本のように長年統一された国家であったわけではない。韓国国内では、新羅と百済のお互いに対する差別感情は、反日感情のレベルではないという話を聞いたことがある。
いずれにせよ、外交、という意味合いにおいて、日本とは「キャリア」が違う北朝鮮の外交の在り方は、やってきたことの正誤に関わらず、お見事といわざるを得ないだろう。
原子力という「おもちゃ」の取り扱いを、かの国は、かの国の国家規模の国家の使い方として、お見事に使いこなした、といっていいだろう。
明確な戦略目的をもって、戦術的要素を的確に行使し、戦略目的を遂行した、ということだ。

そもそも、国家間のやり取りにおいて、正誤、という概念は存在しないと思う。少なくとも、現在の国家の在り方、においては、正しいも間違いも、正義も存在しない。
北朝鮮は日本人を拉致している。狂っているとしか言いようがない。
米国はイラクに限らず、ベトナム、朝鮮半島、中東等において、いったい何百万人の人間を殺害してきただろうか?狂っているとしか言いようがない。
中国がチベットに対して行っていること、狂っているとしか言いようがない。
世の中の、あらゆる国家の名のものに行われている、紛争それ自体は、人間の道義というものを尺度にした場合、完全に狂っている。

日本だって大概のことを外国にしてきている。韓国の養鰻業者に注文を出す。それを直前でキャンセルする。そこに別の日本の企業が乗り出してきて、安く買い叩く。
北方領土の是非の問題はともかくとして、ロシアの領海に侵入してカニを取りまくる。拿捕を逃れるのは、ロシアの警備艇よりも日本の漁船のほうが、少しだけエンジンの性能がいいから。それでもたまに拿捕されることはニュースになる。
中国の漁船が日本領海で魚を取っていることは報道されるが、逆はは報道されることはまれだ。
だがそれでも、日本は幸いにして、憲法9条により、兵器を持てないので、無論それを行使することはない。
何度も言うが、この現世における、国家の在り方において、正誤も正義も存在しないこの世の中において、武力を持たないでいる、ということは、それだけで、人間の道義を尺度とした場合、他の国家に比べ、何百万倍も、進歩した考え方と、世界に範たる行動をしている、ということが言える。

現世において、国家がそこに必然的確信的に悪をはらまねばならないその理由はたった一つ。
国家が物質的な利益を求める機構であるからだ。
アメリカは解っていてイラクを侵略した。言い訳は必要であったが、確信犯として、イラクで殺害行為を行った。
オサマビンラディンは5000人をWTCで殺害したが、その罪は裁判所で明らかにするべき問題であるはずだ。それを、米軍は暗殺した。
兎も角、これらの確信的な殺人の全ては、米国が利益を享受する為、以外の理由は存在しない。

利益というものを、物質的なものから精神的なものへ転換しよう。
音楽であったり、芸術であったり、または何らかの贈与であったり。
教育もそれに含まれるかもしれない。
そんなことをしたら、国家は成り立たないではないか?国家的に利益を求めるのは当然だろう!そういう声は当然のことだろう。

だが、本当に当然だろうか??
アジアやアフリカで貧困を抱える人々が存在する。世界規模で、富が極端に偏在していることは少し想像力を働かせればわかることだ。
それは無視していいことなのか?

僕にとって、この日本で起こる様々な天災は、他人事ではない。日田の水害も北海道の吹雪も、沖縄の台風も、広島の地滑りも、東北の震災も、熊本の地震も、すべては僕にとって「友達」に起っている災厄なのだ。
僕は全国を旅してきた。だから全日本に友達がいる。

その先少しだけ想像力を働かせてほしい。
イラクで名前を持たずに死んでいった子供は、誰かの大切な子供なんだ。
アフリカで飢えで死んでいる、ポリオのワクチンがなく死んでいく子供は、誰かの大切な友達なんだ。インドで物乞いをする老人も、誰かの大切なお父さんだったのかもしれない。
そのことを想像したときに、心の中に起こる、小さな、ほんの小さな心の動き、それを皆が共有したときに、国家が利益を得るということは、どこかで損益が生まれていて、そこで誰かが死んでるかもしれない、ということに想像を馳せた時に、国家が利益を上げること自体が、本当に意味を持つことではなく、国家というものの存在意義が本当の意味で、悪をはらまない、精神的な価値を希求する存在と、進化するときなのではないだろうか?

富は所有するものではなく、シェアするものなのではないだろうか?

日本は大東亜を欧米帝国主義から解放するために、正義の戦いをした、という建前は存在する。であれば、日本は、あの戦争に勝ったといえる。欧米は、その戦略的目的を果たすことが出来なかったといえる。
日本は韓国や朝鮮、中国との経済的な競争を行っていると思う。これは、言い換えれば利益の奪い合いだ。
そういう争いから、世界に先んじて一歩足を引いてみたらいいと思う。
日本には十分に富はある。これ以上富を増やす必要はない。
企業が、利益を享受しなければ存在しえない、というのは、「思い込み」だ。

こんな話を聞いたことがある。お金持ちがいる。その人は乗りもしないフェラーリなどの高級車を10台以上保有している。その乗らない車の維持の為に、時々その車にエンジンをかけて乗ってくれる人を雇っているそうだ。
僕ならば、そのフェラーリ台分のお金を使って、何らかの財団を作る。例えば芸術的な財団であったとしたら、その人は、ある意味で芸術家という芸術品を「所有」することが出来る。
その価値は、乗りもしないフェラーリよりも高いという、そういう価値観を我々芸術家は広く社会に浸透させていく仕事を、人より先んじてしなければならない。
そこに僕は、極端な利益を求めたくはない。
僕は食べていければそれでいい。乗りもしないフェラーリなど僕には必要がない。
日本は、国家レベルで乗りもしないフェラーリを求めて、あたかもそれが正義であるかのように錯覚している。いや、国民の多くはそれを信じさせられている。

好むと好まざるとに関わらず、人類の精神性は進化する。しかし、我々芸術家は小さな力かもしれないが、それを推進させていく宿命があると、僕は思っている。








  1. 2018/06/13(水) 14:40:56|
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聡子へ。高校時代の思い出話。

聡子さん。お元気ですか?小生、ふと高校時代のことを思い出し、綴ることにしました。
駄文ですが読んでもらえたらと思います。

小生の通っていた高校は、まるで軍隊のような高校でした。私立の男子高で、偏差値はといいますと50を少し上回るぐらいで、文武により人を鍛えなおす、そして、偏差値60程度の大学に入学させることを目的とする、本当に、何の面白味もない学校でした。
何せ、修学旅行がない学校でした。その代わりに一年生の冬にスキー実習がありました。まさにそれはただの実習で、スキーを楽しく滑るというものではありませんでした。
その学校の体育の授業は、一年の前期後期に分けて、徹底してやります。
一年の後期はひたすら、マラソンでした。そして、一年の前期、入学して初めて教わることといえば何だったと思いますか?なんと!ラジオ体操です!!それを、半年かけて、まるで三時の体操のお姉さんかの如くなるまで徹底的にやるのです。ラジオ体操とは、そもそもアメリカで100年ほど前に作られたもので、もうアメリカでは誰もやらないような、廃れた体操です。それがなぜか日本でだけは、いまだ残っている。そんなものを半年かけてやる。今思えば狂っているとしか思えない学校でした。

3年の後期はバレーボールでした。小生は音大の受験を控えておりました。体育の授業の都度、激しく突き指をしておりました。ネットに指をひっかけてしまうのです。小生は体育の教官に、音大の受験のためにピアノを弾かなければいけないので、体育を見学させてください。といいました。
その教官は、正しくアタックをすれば、突き指したりネットに指をひっかけることはないので、見学を許さない、と言いました。
むろん、反抗することは許されません。
今ならば小生、その教官に対して、エリーゼの為にのピース譜を渡し、先生、これをでは間違えずに弾いてみてください、その運指通りにやれば、誰でも間違えずに弾けるはずです、といってやるのですが。人には向き不向きがあります。そして自分自身の人生の、高校生にとっては大学受験とは大した話です。それに対して、そのような言葉を投げかける先生の、人格を疑います。
文化というもの、芸術というものに対する理解など、何一つない学校、にも、音楽と美術の授業がありました。
一週間のうち2時間、選択で美術か音楽を選択できるのですが、小生は音楽を選択しました。

音楽の先生は、小村先生という先生でした。

2時間連続で行われる音楽の授業。先生は、最初の一時間は、縦笛を教えてくれました。
そして次の一時間は、NHKラジオの名曲番組をエアーチェックしたものを流しながら、聞く、というのが授業でした。当たり前のことですが、生徒たちは寝てしまいます。
そのことを先生は咎めませんでした。
今思えば、その軍隊のような学校においての唯一のオアシスを、先生は提供しようとしてくれていたと思います。

小生は自分がピアノを弾けることなどは特に先生に話してはおりませんでした。
しかし、音大を受験することを決めたのち、その先生にそのことを先生に報告しました。
先生は、であれば、一度皆の前でピアノを披露してくれないか?そうおっしゃいました。
そして小生は、ベートーヴェンのソナタを弾いたと思います。先生は褒めてくださいました。

3年の後期、一応音楽にも試験がありました。それは、縦笛を吹く試験でした。むろん、誰も間違えずに吹くことなどできません。適当でも皆試験には合格でした。
先生の部屋に一人ずつ呼ばれて、一人ずつ笛を吹くという試験。小生もむろん試験を受けました。
しかし、その試験の時に、簡単なその笛の曲、小生はあろうことがつまってしまったのです。
すると、小村先生はこう言いました。その言葉が小生、この学校で学んだものの中で、唯一の、その後の人生においても心に刻んでいるものとなった、たった一つの言葉になりました。

先生は、中村君。頑張っても出来ない人が出来ないことは仕方がない。しかし君にとってその笛の曲は、たやすく演奏することが出来るはずのものだ。だけど君はそれを間違えた。それは慢心であり、仕方のないことではない。そういう心持ちを持っていては、何事もなし得ることはない。

と、厳しい口調ではなく、僕に伝えてくれました。

ふと、そのようなことを小生、思い出していました。

聡子にも小生の故郷を見せてあげたいです。あの、山の連なり、あの川の流れ、見てもらいたいです。


  1. 2018/05/12(土) 13:10:02|
  2. 徒然と
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転居に伴うお金のこと、よもやま話。

僕は基本的にもちろん貧乏なので、お金のことに関してはうるさい。無駄な出費は極力避けたい。
新居を構えるに至って、様々な出費がかさむ。今回はそれに関してのよもやま話。

新居はプロパンガスである。購入した不動産屋は地元で長くやっている人。その家に元々出入りしていたプロパンの業者の値段を聞いてもらった。そう高くはないとのこと。
基本料金1500円の一平方390円とのこと。高いか安いか判別つかない。
そこで現在使っている東京ガスの使用料金と比較してみた。
東京ガスは基本料金745円、平方単価、134円ちょっと。
ちなみに3月の使用料は11平方。で、請求された金額は2222円。
それをそのプロパンに当てはめると、なんと6000円弱!!約三倍の値段。
そこからプロパン業者を探す旅が始まった。いろんな業者がいるが、大体1500円の平方単価で250~340ぐらい。かなりばらつきがある。がやはり当初のプロパン業者はべらぼうに高かったということが判明。
中に個性的な業者がおり、基本料金500円の、平方単価が340円、基本料金1400円の、平方単価が160円、という二パターンの料金体系を持つ業者。
僕はそこで過去二年間の自分のガス使用量を全部調べ上げた。
大体は10平方以下。少ないときは2平方という月もあった。ところが、多い月は27平方も使っている。どうしたものか?
そこで、二年分のガスの使用量を、すべて2パターンで出してみた。
すると、二年間で、5000円ぐらい、基本料金500円のバージョンが安いことが判明した。
あと、プロパン業者は値引き交渉にはほとんど応じないです。安い業者を自分で探すしかない。


引っ越し業者。
一言でいうと、メジャー業者は高いです。
引っ越し5、6社ほどの見積もりを取りました。いい加減な業者も多く、見積もりの日程の確認の電話がこない、等はざらでした。
うちの家3LDKのピアノ無しの引っ越しの料金は、概ねどこも20万の見積もり。メジャーは、それに数万円足した値段。
どう考えてもピラチン上がりの小さなおっさんが来た。名前も知らないそのおっさんの業者は、17万、という見積もり。値引き交渉すると、15万ぴったり、と言った。その言い方が、安っぽい感じでとても好感を持てたが、僕は10万円以下で引っ越したかった。
最後に見積もりに来た人力引越社、という会社。よそさんはいくらで出してますか?と質問されたので、ンなもん答えられまっかいな、というと苦笑い。
11万と消費税で、と言ってきた。
僕は来た!と思ったが顔は渋そうに、税込み10万ならば今決めてやるよ、と言ったら、税込みは出来ないのですが、と税抜きを9万なにがしかにして10万以下にしてくれた。


家を買うときも、値引いた。最初、一割五分以上の値引きを要求したら、さすがに断られた。それは折り込み済み。向こうは切りのいい値段を示してきた。僕は、それにさらに50万の値引きを要求したが拒否。それも折り込み済み。僕は、では、とクロス張替えと畳の表替えを要求した。で折り合いがついた。

今悩ましいのが、太陽光発電。こればかりは値段が安かったからいいというものではないようだ。
概ね2社で見積もりを取ったが、片方の会社は、見積もりに対して、色々聞きたいことがあるので一度お会いしたい、というと、それは契約の確約が出来たら、と言われた。いやしくも100万単位の買い物に、営業マンが会いに来ない、という。それだけではなく、屋根に上って現地確認してくれ、といったら、それも確約したら、という返事。
話を聞いてみると、屋根の形状や材質によっては、パネルそれ自体を設置できないこともあるらしい。ならばなおのこと現地確認は重要となる。
この怠慢なやり取りを、僕は僕自身の実名で口コミに投稿してやるから、ということをカードにして、もう一社の、そのライバル会社からの値引き交渉している。
それで一万でも二万でも安くなったらいいではないか。

金のことを言うのはやらしい。確かにあまりに言うとやらしいが、向こうもプロ。利益幅の範囲内での値引きを考えている。その駆け引きを僕は嫌いではないし、無様なことであるとは思わない。
プロパンの会社など、はっきり言って無知を利用したぼったくりだな、というのが印象である。

あとはリフォームの会社。どれだけ勉強を要求してみようかな。





  1. 2018/05/02(水) 15:53:28|
  2. 徒然と
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マンションの床に穴が開いた!!

帰宅したらなんとリビングの床に穴が開いており、一階下のFさんの家のリビングが丸見えだった。
何だこれは!!いったい何があったというのだろうか?!慌てて大家さんの門を叩く。
留守であった。もう一度リビングへ戻る。なんと床にもう一つ穴が開いているではないか!!
その穴は下の階まで貫通してはおらず、フローリングが割れているだけであった。
それにしても鉄筋コンクリートの床下の意外なほどの粗末さに驚いた。
フローリングのすぐ下は下の階の天井板なのだね。
兎も角、これは霊現象であると僕は即座に理解した。また、この霊現象は邪悪なものであることを僕は即座に理解することが出来た。
避難したい。すると、叔父から電話があり、今日宿泊する予定だったホテルに泊まらなくなったので泊まらないか?というもの。なんという偶然。しかも、別の叔父からも同様の申し出が。偶然にしても程がある。
兎も角大家にその旨を説明する必要がある。このままでは僕自身が床を破壊したと思われかねない。
大家に会う。これは霊現象であるということを説明するも、全く話が食い違い、すれ違う。
仕方ない。いろんな人にその現場を見てもらおうと、ミュージックキャンプに来ているような友達に声を掛けて結構な人数が集まった。
若干面白半分に、霊現象を見せる、という触れ回りで集めた。
そして、我が家に到着し、そのリビングを見る前に、階上の肉屋、その肉屋の床にも穴が開いていて、往生していると話していたのだ、が、その肉屋を訪ねることとした。




肉屋に入る。あ!!!何たること!!!!!




その穴の周りはきれいに磨きなおされ、工事の人間が入っていた。
どうやらマンションの共同工事のようで、そのことを僕は知らなかっただけのようである。

肉屋の主人は、実は工事のことは肉屋の店員が聞いて了承していたらしいのだけど自分は知らなかったのだ、と言った。
肉屋の主人とものこの謎について事前に話していたのだ。


僕はキャンプメンバーのもとへ帰り、すまん!!これは霊現象ではなかった!!!と謝ったところで目覚めた。


マンションは僕のマンションのようでそうではないような、夢では初めて見た場所。
二人の叔父の一人は故人。夢の中では普通に生きていた。
下のFさんは実在の人。肉屋は存在しない架空の場所。
キャンプメンバーは、大村と聡美ちゃんがいたように思うが、他は親しいけど知らない人という設定の人々であった。制服を着た高校生の女の子もいた。
  1. 2018/04/28(土) 10:44:06|
  2. 夢日記
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交通整理員の品質向上を切に望む

以前から思っていたことだが、交通整理員、スーパーなどに来客する車などの整理の仕事をする人の質が低すぎる。


少し前に地下駐車場出口のスロープが上りになっていて、出口の先が見えないような駐車場。そこには当然整理員が立っているのだけど、僕が上がっていったと同時に外から車が飛び込んできて、危うくぶつかりそうになった。僕が、整理員に「危ないだろ!」といったら、「危ないよねぇ」とまるで他人事のように返事した。その入庫してくる車を、体を張って止めるのがあなたの仕事なんだよ。
そのスーパー、クイーンズ伊勢丹北浦和だが、の整理員の態度はそれ以外にもひどいものだった。地下駐車場は駐車チケットを手渡されるのだが、チケット発券所は少し離れたところにあり、発券されたチケットを手渡すために整理員が、緩慢に歩いて持ってくるのを、とっくに車から離れて店内へ向かう体制を整えている僕は待たなければならない。
逆もそう、買い物を終えて帰ってきて車へ向かっている僕に対して、緩慢にチケットを取りに来る整理員に、とっくに車に乗り込む用意が出来ている僕は待たねばならない。
それだけではない。僕が出庫するために前進しようとしたときに、僕の車の前を警備員が横切ろうとした時があった。僕は少し前進したら、あろうことかその警備員は、自分が車の前を横切るために僕の車を制止したのだ。僕は制止を振り切り前進を続けたら、ようやくその警備員は、自分自身の行動が、「客の行動の邪魔」をしていることに気づき、どうぞという仕草をした。
以上のような積み重ねがあり、僕は伊勢丹の管理会社にクレームのメールをした。
しばらくして伊勢丹に行ったら、整理員はてきぱきと仕事をこなし、小走りでチケットを持ってきて、取りに来るようになった。
社員教育の問題であることが露呈した。
しかしその怠惰な伊勢丹の整理員の中で、ちゃんとした仕事をしていた唯一の人は、女性であった。
僕の私見かもしれないが、そういった警備の仕事をしている女性は大抵ちゃんとしているように思える。

あと、警備員には偉そうな人が多いように思う。
僕が、その駐車場の一方通行に気付かず、逆回りに出ようとしたら、違うだろ!と怒鳴られたことが何度かある。
いや、それを指示して正しい道へ誘導するのがあなたの仕事だろう、と思うのだが。
初めていったスーパーや場所において、その場のローカルなルールには気付きずらい。
一度は、赤いコーンが置いてあることに気付かず、それを引きずったら、整理員ところがこの整理員が飛んできて、逆方向だろ!!と怒鳴られた。
いや、俺は客で、それを誘導するのがあなたがたの仕事だろ、といったら、黙り込んでいた。
何かを人に指示をすることにより、自分がその人たちよりも立場が上であると、勘違いしてしまうのだろう。


ろくなものではない整理員だが、ある細い路地を、実は工事の為に迂回をしなければならないのだが、それが全く判別できず、もう引き返せないだろう、というところまで入って初めてそれに気づく、というような場所での出来事。僕が往生していると、整理員がやってきて、申し訳ないと謝罪する。僕は、もうちょっと手前で判別できるように整理しろとクレームを言ったら、もうしわけない。僕たちも頑張っているのだけど、いかんせん警備員の数が足りないんです。出口にもう一人、あと入り口の部分にもう一人必要なんだけどそれを半分の人数でやらされている。会社にも言っているのだけど聞き入れてくれない。と言った。
その問題は、会社の人件費削減が原因であったことが露呈した。
その整理員は、若者であった。人手が足りない中、とても立派に責任ある行動をとってくれた。

こういう言い方はいい方は良くないかもしれないが、コンビニの店員なども含め、世の中高年の男性の仕事の出来なさ、が目を引くことが多い。
気が利かないにもほどがある。なぜかはわからない。リストラされ、再就職先のそれらの仕事に不満があるのか、それとも、今までオートマティックに言われるままに仕事をこなしていただけなので、少しのクリエイティビティ―が働かないのか、それとも老化か、わからないけど、たいてい苛立ちを持つことが多い。

我が家の近くに大きなホームセンターがある。そこの警備員は優秀だ。
歩行者と、一方通行の通行量の多い道路に誘導するのに、ほぼ合理的な誘導を行い、安全に出庫させてくれる。
たいていの場合僕は整理員が行けと言ってもすぐには行かず、自分の目で確かめていく。だがそのホームセンターの整理員の指示には無条件に従っても安全なのではないか、と思えるぐらい信用を置かせてくれる。
そう思える整理員のいる店は、ごく稀だ。

僕は、交通整理とは、ある意味スペシャリストの仕事だと思う。オーケストラの指揮者は、オーケストラの音を整理し、ぶつからないようにするのが仕事。
いわば交通整理員は、車と車のの指揮者のようなものだと思うのだが。
音がぶつかってもだれもケガしないが、交通整理を間違えると場合によっては交通事故が起こる。なのにこの品質の低さは何なのだろうか?ほとんどの場合、いないほうがましだ。

交通整理員の品質向上を切に願う!













  1. 2018/04/25(水) 12:56:23|
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5月6月スケジュール

5/1(火)三鷹 UNA MAS 中村真、石崎忍as DUO
5/18(金)砂川 北菓楼 中村真、大村亘ds DUO
5/19(土)浜頓別 山内家 中村真、大村亘ds DUO
5/21(月)札幌 Dbop 板橋夏美tb、中村真、大村亘ds
5/22(火)札幌 紙ひこうき長沼たつるgt、中村真、大村亘ds
5/25(金)上尾 プラスイレブン 中村真、ませひろこss、宮木謙介bs
6/6(水)三鷹 UNA MAS 中村 真、中島朱葉asデュオ
6/11(月)中野 ぴぐのうず 中村真トリオwith 片山士駿フルート、落合康介b、大村亘ds
6/14(木)上尾 プラスイレブン 中村真、落合康介b、木村紘ds
6/25(月)~30(土) 那覇パーカーズムード
  1. 2018/04/21(土) 15:56:53|
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インディア珍道中vol.4

聡子さんへ

小生、昨日あれから思いがけず嬉しいことがありました。
昨日は、ガネーシャ寺に行ってガネーシャを恩人にプレゼントするために買ったところまで話しましたね。
その後、プラモノさんという人のご自宅へご馳走していただけるとのことで、小村と、舟、葵の三人でお邪魔したのです。プラモノさんは前回の渡印のとき、小生の大好きなボンベイでしか食べられない「ぱうばじ」というトマトソースのパンをごちそうになったのです。
たったそれだけの縁なのに、ご自宅まで招待していただき、ご馳走していただけるだけでもうれしかったのですが、なんと、ご自宅に着いたら箱を一つ真に、と渡してくれ、開けてみると、何とも立派なガネーシャの像が入っているではありませんか!!

先日の手紙にも記しましたが、誰かからガネーシャをプレゼントされることは、プレゼントされるほうにとって、とてもとても幸福が訪れるといわれておるのです。

ガネーシャ寺に行って、ガネーシャを人のために買い、そしてそのガネーシャを人から貰えた、なんて幸せな一日だったのでしょうか。

いうまでもなく、プラモノさんの作る料理の数々はとても美味しかった!!
とても幸せな一日でした。

舟ですか?
  1. 2018/03/02(金) 22:13:25|
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インディア珍道中vol.3

聡子へ

元気に過ごしていますか?
昨夜はボンベイの海沿いの音楽堂で、小生のピアノ三重奏の演奏会が行われたのです。
初めての印度でのコンサートは超満員で、大盛況でしたよ。
演奏会の内容のことはまた帰って直接お話ししとうございます。

本日は葵と舟と、そしてこちらに長期滞在中の小村に連れられて、ガネーシャ寺というお寺に参拝に行ってきました。
ガネーシャというのは、ヒンヅ―の神々の一人で、象の姿をした神様で、インドの神様の中では最も人気の高い神様だそうです。
ガネーシャは日本人の観光客にも大人気で、沢山のガネーシャの像や飾り、絵などがそれはもう至る所に売っておるのです。
かくいう小生も、先日ガネーシャの壁掛けの工芸品を購入したのです。
小生は南の国の工芸品がとても好きで、沖縄に行ってもシーサーやらマカイやらを必ず買って帰るのです。


ガネーシャ寺に着いたら、まずは花屋のところで靴を脱ぎます。そしてその靴を預かってもらう代わりに、参拝のお花を買うのです。
普段はとても混雑しているらしいガネーシャ寺は、その日は快適に参拝出来る程度の軽い人の出で、小村はこんなことは珍しいのですよ、と言っておられました。
小村は、小生のバンドのドラマーでもありますが、毎年ボンベイへ、長期滞在し、印度古来の打楽器タブラのお稽古を受けるという、誠に音楽に対して熱心な人で、小生は昨年も彼にインディアへおいでよとのお誘いを受けたこともあり、急に思い立ってボンベイへ旅したのでした。

ガネーシャ寺を出て小村と小生は歩きながら、共通の恩人の話になりました。
その恩人はとても素敵な人なのですが、少し商売上のトラブルがあり少し気落ちされておるのではなかろうかと思われるのですよ、と小生はいいました。
我々はそのことで大層心配しておったのです。そこで小村が、印度にはガネーシャのものを第三者からもらうことはもらった人にとても幸福を運ぶといわれているのですよ、小生たちでともにガネーシャをプレゼントしませんか?そういいました。
小生は、そのことにとても賛成しました。そして、それには、小生たちの共通の音楽仲間でもあり大先輩の古太郎さんにも乗ってもらいたく思い、日本にいる古太郎さんにその旨電報を打ったのです。程なく古太郎さんから喜んで協力させていただく、との旨の返信いただいたのです。
恩人の喜ぶ顔が見たいものだね、小村とそう話しつつ、我々は岐路に着いたのです。

舟ですか?舟はあの性格ですので、相変わらず、食べてばかりですよ。
葵ですか?葵は、たべてもたべなくても相変わらずXLを維持していますよ。
三人とも、胃腸は大変健康なようです。



  1. 2018/03/01(木) 23:33:02|
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