真・の・ブログ

日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

杉本匡教との共演について

昨日、テナーサックスの杉本匡教(まさのり)君の31歳のバースデーライブでした。
杉本とデュオでライブをするのは僕の記憶が正しければ、一年半ほど前のプラスイレブンが最後だと思います。

彼と初めて共演した時の事を僕はよく覚えています。
何かのスタンダードで、二度目のテーマを一オクターブ下で吹きました。それにより僕はピアノのボイシングを変えたのですが、その事に気付きました。それはまだ彼が26ぐらいの頃かもしれません。
気付くのは勿論当たり前といえば当たり前の事なのですが、意外とその当たり前のことに気付かない人は多いです。その時に僕は杉本はとてもいいプレイヤーになるのではないかな?と思いました。

杉本をよく知る、彼の同世代のサックスプレイヤーに、杉本いいよね、と聞いたら、全然?と答えが返ってきたことがありました。その真意はわかりません。嫉妬心やライバル心が言わせた言葉かもしれませんが、杉本君のユニークなところは、ものすごい古い演奏スタイル、ビバップ以前のスタイルに立脚して、コンテンポラリーな世界観を展開しようとしているところだと思います。
もしかしたら、同世代のプレイヤーから見たら、古臭い、おじん臭いスタイルだと思われたのかもしれません。

でも僕は、コンテンポラリーなプレイヤーの形だけを真似することよりも、自分の中の歌い口を模索することのほうによほど意味があると思います。コンテンポラリーなフレージングを左脳的に研究して、それをそのまま左脳的に表現するようなプレイヤーのほうが大多数な杉本君世代のプレイヤーの中で、(無論そういう時代は、音楽を学ぶ上において必要な通過点であることも事実ですが)彼は、自らの歌い口を既に持っているように感じます。
無論まだ31歳では完成には程遠いことと思います。しかし、ある種の自分の音楽を既に持っているプレイヤーだと感じました。


中村の考えに書いた、管楽器奏者に対しての文章の中に、共演者に要求をすること、という項目があります。彼はすでに僕に色んな要求をしてきます。だから僕は彼の言う通りに演奏しているだけでした。
橋爪亮督とはまた違う僕の中の引き出しを開けていきました。

でも僕はそんなことよりも何よりも、1年半前の共演の時とは、見違えるほど演奏が進歩していたことが、何よりもうれしかった。
僕は、へたくそでもいいから、進歩しようとする人が好き。そしてそういう人に対して僕は全力を尽くして協力する。

彼に贈った言葉。20代は暗中模索の時代。30代というのはある程度の事がわかったような気になる。頂上が見える。だから、頂上に立ったかの如く錯覚する輩もたくさんいる。
無論彼がそんな下者(くだもの)であろうはずもない。

僕は、30代は、無知を知る10年であると彼に言った。
30歳である程度得た解答は、40歳の時、見事に違う事を経験した。という事は、僕が50の時にまだ知らない、今の価値が覆るようなことがあることを、知ったんだ、と話した。
それこそが、無知の知、であると、話した。

この言葉が彼の31歳の誕生日プレゼントとしてふさわしいのかはわからない。

でも僕は、杉本君の演奏に対して、非常にたくさんの期待をしている。
彼の才能を、僕は、見守っていきたいし、僕に可能な協力の全てを彼に費やしてけたらと思う。



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  1. 2017/06/28(水) 17:00:48|
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アーティストがなすべき政治参画とはvol,2

沖縄慰霊の日。昨日は沖縄の慰霊の日でした。慰霊の日といっても沖縄以外の人にとっては何のことかわからない人も多いと思います。

沖縄戦が終結した日を沖縄では慰霊の日と定めています。

石垣島に斎藤悌子さんという素晴らしいシンガーがいます。もう80を超えたおばあちゃんで、でも本当にチャーミングでお元気な人です。
僕は、数年前の慰霊の日に石垣島で悌子さんと共演しました。
悌子さんは占領下の沖縄の米軍基地などで歌っていたシンガーです。いわば、昭和の本物の日本のジャズシンガーです。
色々な沖縄での想いや、様々な物事を見てきた人だと思う。
悌子さんは、慰霊の日だから、私はダニーボーイを歌う、といって歌いました。
本物のダニーボーイ。禎子さんの、心の中の、戦争に対する想い。それらを歌ってくれました。


それから一月後、僕は稚内にいた。その日は、北海道の輸送船団が米軍の潜水艦に沈められた日であった。テレビではその報道がなされていた。
おそらく、その悲劇を沖縄の人は知らない。そして、沖縄慰霊の日の事を、北海道の人はほとんど知らないだろう。
僕は、斎藤悌子さんの事を話し、慰霊の日の事を話し、そして、稚内の人々の前でダニーボーイを演奏した。
悌子さんの、沖縄の人の想いを、最果ての地から最果ての地へ、届けた。


僕の大好きな沖縄。何度も何度も沖縄を訪ねている。
そして、遥か昔に起こった戦争の、多くの日本人にとって、それは忘れ去られつつある戦争の事、それは、沖縄ではまだ、自宅の隣にある事柄なんだ。
泊めてもらっていた儀保家の別館、二重サッシになっている。北海道でもないのになぜか??
戦闘機の騒音の為なのだ。
みんなにとって、ブラウン管の中の出来事は、沖縄では現実の問題として、身近な問題として存在している。
基地があることのメリットを享受している人たちもたくさんいる。だけど、日本の国の中に、外国の軍隊があることに僕は、違和感を感じずにはいれない。
沖縄では、まだあの戦争の、においが残っているような気がするのだ。

僕は日本中を旅している。だから、日本中に友達がいる。日本に起こる悲劇のすべては、僕にとって友達の事なのだ。
誰だって友達の事は心配するだろう。だから、僕にとって日本で起こる悲劇のすべては、心配なことである。

そこで少しだけ空想を広げてみたらいい。
世界の全く知らないところの悲劇、それも、誰かの友達の悲劇なんだ、と。
誰かの大切な人の命が、奪われている。そう考えることが出来るなら、あらゆる事柄が、他人事でなく感じ取ることができる。

世界の人々が、全員、そう感じることができたら、この世の中から争いが消えて、公平な世の中が生まれるのではないだろうか???

誰かが率先して、そう考えることが必要なのではないだろうか???

基地の問題に対しても、ウヨクの人たちは、いろいろと好き勝手なことをいう。
見たことがあるのか?沖縄の基地を。そこで暮らす人々の話を聞いたことがあるのか??
所詮は他人事として話しているだけだろう。

世界に冠たる民度の高い、日本人。そうウヨクの人は思っている。
であれば、朝鮮や中国の人々の幸せを、願えないものなのだろうか??
本当に民度が高い人々は、他人の不幸を喜ぶだろうか??危機感をあおって争いごとを起こさせようとするだろうか??

大東亜戦争は正義の戦いであった。そうウヨクの人は思っている。
であれば、朝鮮や中国を欧米列強から解放したこと、それは、彼らの幸せを願っての事ではなかったのか??

誰かが率先して、そう考えることが必要なのではないだろうか???

誰がやるの?それは、あなたです。
あなたがやればいい。あなたは微力です。だけど、誰かがやっていかなければ。

それが僕が考える、政治参画です。







  1. 2017/06/24(土) 15:05:18|
  2. 徒然と
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沖縄に帰りたい

今回沖縄、楽しかったけど早く埼玉に帰りたいという気持ちも心の何処かにあった。理由は解らない。
埼玉に待つ人がいるわけでもない。楽しみな事があるわけでもない。でも何故か帰りたかった。

前回の沖縄滞在、自分の誕生日の旅行が最悪なものに終わったこととか、色々思い出していたのだろう。沖縄を楽しいと思う心すら、僕は失わさせられていたのかもしれない。

昨夜の晩、訪ねてきた友の全てが帰り、独りになった。
そして、ただ城間と二人で杯を交わした。
遅くまで飲んだ。

最終日の今日、最後の昼御飯をうるかそばでビールを呑みながら煮付け定食を食べてたら突然!帰りたくなくなった!



沖縄にいたい。



沖縄から帰りたくない。
そう思った。沖縄は、いつも僕にそう感じさせる。
あらゆるところを旅している僕が、唯一家に帰りたくなくなる場所。それが沖縄。
そして、沖縄の人々なのだ。

また沖縄に行こう。

  1. 2017/06/20(火) 18:57:37|
  2. 徒然と
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ありがとう。

ご心配をお掛けしました。中村真のメンタルヘルスは、寛解いたしました。

かつてあるイベンターでありライターの人に、精神不安定な人が多い中、僕はとても精神の安定した珍しいピアニストだと言われたことがあります。そんな自分は遠い夢の中の世界の人のように思います。

しかし僕は、どん底の中で人の助け無しに生きていけない程に落ち込んでたときでも、落ち込み方に品があると言われました(笑)。この人に頼っていいのはここまでです、という線引きを、どん底の中でも、無意識のうちにしていたらしい。

他人の垣根の中にギリギリ入らずにいることが出来る。そういうことがちゃんと出来るから他人に甘えることが出来るのだ。
僕は過去人格障害の人間に自分の垣根の中を荒らしまくられた事があって、それ以来、自らを傷つけてまで維持し執着しなければならない人間関係はないのだと学んでいたはずでした。

しかし世の中には僕の想像を遥かに越えた、下者(くだもの)がいるものだと改めて知りました。


改めて色々なことを学びました。僕はダメな人間なのではないか?その思いが僕をさらに落ち込ませたこともありました。
でも僕は自分自身に対しての価値を正しく評価出来る人間でした。
自分に矜持を持っている。それを思い出すことができた。
故に僕は寛解が早かったのだと思います。あとは、押さえつけてきた怒りの感情を解放できたことも大きかったと思う。あと何よりも、僕には得難い友がたくさんいることが自分を救ってくれた。

僕が45年間、正直に生きてきた、物事に正面から向かい続けて来た。だからこそ、今僕の回りには本当の友が沢山いてる。本気で助けてくれる友が沢山いてる。だから僕は寛解できた。

あとはこのまま僕自身が、安定していたあの頃の明るい人格を取り戻すだけ。時間はかかるかもしれない。でも必ずそれは出来る。

助けてくれた友への感謝の気持ち、そして、心配してくれた数多くの知人縁者、心配してくれていた全ての人に感謝の気持ちで一杯です。ありがとう。

  1. 2017/06/20(火) 15:08:33|
  2. 心の整頓
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くだもの

くだもの ~真辞苑より~

くだもの。書き方、下者、下物、等。
果物にその語源を発する。

腐った果物が地面に落下してぐちゃぐちゃにつぶれてみる影もなくなり、寄ってくるのはハエや蟻のみという状態から、ほんとうに下らない人や、物を、下者、下物と呼ぶようになった。

用法。
下者
1)あいつは本当にどうしようもない下者だ。
2)あいつがこれほどの下者だとは流石に気付かなかった。

下物
1)このエレピ本当に下物だ。

2)この腐りきった果物は本当に下物だ。

利点。

下らない、屑だ、等という言葉にはネガティブな印象が付きまとうが、下らない者を表するに、下者、という言葉を使うことにより、発信者自身の人格を損ねない。メンタルヘルスを損ねない、等がある。

  1. 2017/06/19(月) 11:59:41|
  2. 徒然と
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関空へ向けて

とてもとても眠かった。空いていた関空快速の座席をフルに使って僕は熟睡した。
ふと気がつくと、関空快速は停車していた。そして関空から大阪へ向けてまさに今出発しようとしていた。

実は何度も飛行機に乗り遅れて大変な目に遭っている。
JRの遅れのせいで関西行きのスカイマークに乗り遅れ、スカイマークの便は振り替えてもらったが、五時間待ち!僕はJRに新幹線に振り替えるように要求したが拒絶された。何故、自社の失態を、他社にケアさせるのか理解できない。本当にJRが嫌いだ。

東松戸駅で北総線を待っていた。普段必ず4番ホームに来るアクセス特急がその日に限って3番ホームに来た。恋人と共にその事に気づかず、仕方なくジェットスターのチケットを無駄にしてバニラエアに乗った。札幌行き。

関空から東京へ戻るのに、ピーチエアを使った。
駅で立ち食いそばを思わず食べた。余裕を持って出たつもりだった。だが、丁度その立ち食いそば分の時間で、間一髪間に合わなかった。
仕方なく新幹線で戻った。

これだけならばまだよい。
成田で、渡米するときに、税関でパスポートを出した。
すると、パスポートは?といわれた。
今出しているというと、期限切れだと!昔のパスポートを持ってきていた。なんたる失態!やむを得ず翌日の便をとり、渡米した。
思えば何度もどじなことをしてきた。
今回もその轍を踏むかと思ったが、間一髪目覚めて電車を飛び降りて事なきを得た。


  1. 2017/06/14(水) 15:37:13|
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愛されること、愛すること

人は年取ると、愛されることから、愛することに変わっていくのだろう

愛し抜いて傷付き抜いた
信じ抜いてそして裏切られ続けた
僕のなかには憎しみだけが残った

それでも僕は誰かを愛することをやめないだろう

  1. 2017/06/13(火) 17:59:32|
  2. 心の整頓
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会社を作った

会社を作った。
数人の従業員のいる小さな会社。
最初は大変だったけど、作りたいもの、伝えたいものを作り続けた。
それらに好感を持ってくれる人々が現れた。大好きだと思ってもらえる。とてもうれしい。
会社の経営は少し軌道に乗り始めた。
従業員の数を増やし、会社の規模を拡大したいと思った。
そのためには作りたいもの、伝えたいものだけを作っていては無理。
作りたくないけど世の中が求めてるものを作らなければならない。
心ならずとも、そういうものを作り始めた。
会社は順調に大きくなった。
更に従業員の数を増やし、会社の規模を拡大したいと思うようになった。
100人単位、自社ビルを一棟持つようになった。
その為には、作りたいもの、伝えたいものを作っていてはダメだった。世の中が求めてるものだけを作る必要があった。
会社は順調に大きくなった。
大会社といってよい会社になった。

最初に、自分が作っていたものを好きでいてくれた人々は今は身の回りにはいない。
今自分は、使いきれないほどのたくさんのお金と、本当に必要なのかわからない贅沢なものに囲まれて生活してる。いつ乗れるかわからないフェラーリ、ダイヤの指輪、100万もするヴェルサーチのコート。
だけど、自分が本当に大好きだったものは、身の回りにない。
心から信頼しあえる、利害関係のない友は、周りから去った。
金銭など、必要なだけあればよい。
身の丈にあった会社の規模であればそれでよいのだ。慎ましやかに生活出来ればそれでよいのに。

でも、今はその事に気がついてすらない。
世間の暗黙が強制するがまま、ひたすらに会社を大きくすること、その本来副次的であるはずの事柄に、夢中になる。
我を忘れ夢中になる。
生きる目的を見失ってる。
だけどその事に気づいてすらいない。

大富豪になったら幸せになれる。

わけではない。

幸せを、感じとることすら出来ない、いや、自分が実は不幸であることにすら、気づけない人間になっていることに、気付いてない人間になった。


  1. 2017/06/11(日) 13:23:05|
  2. 徒然と
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名古屋、台風、かずおが溺れる。

名古屋のホテルに泊まっていた。かずおを伴って宿泊していた。
どうやらすごい台風が来ているそうだ。翌日には東京に戻らなければならない。大丈夫だろうか??
台風の進路などを調べてみた。うん、大丈夫そうだ。
翌日窓から外を見てみると、快晴。
台風が本州を縦断していっている。台風の後ろ姿がホテルの窓からも見て取れる。
「もっとよく見えるところに行こう!」かずおを連れて海岸へ行った。
海岸からは高速道路が走っていてよく見えない。
もっと海の近くへ行こうよ、そういってかずおは走りだした。海の中へ入ろうとしていた。
「かずお、ちょっと待て」だが慎重なかずおにしては珍しく、耳を貸そうとせず、そのまま海へ入っていった。
「危ない!!」僕はそういった。かずおが入った直後に、かずおの身長を超える大きな波が来ているのが見えたからだ。
案の定かずおは波にのまれた。僕は、かずおがそのまま自力で波から脱出できるだろうと思ったが、念のため僕は海に飛び込んだ。かずおは上がってこない。波にもまれながらも、数十秒、いや体感的にはそれぐらいだろうが、実際には数秒の時間を要して、かずおを海から引きずりあげることに成功した。
水を飲んでいるだろうか?しばらくはボーっとしていたかずおだが、揺さぶると意識を取り戻した。
僕は、かずおの頬をぶった。何度もぶった。危ないといっただろう!!
すると僕の母親が、それを止めに入った。そんなにぶたなくてもいいだろうと。
僕もぶちたくはない、だが命にかかわることに関しては、厳しくしつけなければならないだろう、というところで目覚めた。

名古屋ではない場所だった。
久しぶりに子供の夢を見た。
  1. 2017/06/07(水) 13:30:31|
  2. 夢日記
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ぶぶ漬け

僕は何一つ悪いことをしていない。何一つ悪いことをしていないのに、自分の心の中をめちゃくちゃに踏みにじられて、あらゆる負の感情、憎しみ、恨み、悔しさ、怒り、悲しみ、あらゆる負の感情が僕の心の中に留まり続け、苦しめられ続けている。

こうなった原因を作った存在の事はもはや全くどうでもいい。全く以てどうでもいい存在。
心の中に癌細胞を植え付けていった存在でしかない。
その存在に対しての負の感情すらない。どうでもいい。

だけど、心の中に滞在し続ける、その悪いお客さんに、どうやったら出ていってもらえるのだろうか??
ぶぶ漬けでもたべていかはりますか?毎日そういっているのだけど、その悪いお客さんは、いつも本当にぶぶ漬けを食べていかれる。

苦しい。逃れられないほど苦しい。

  1. 2017/06/06(火) 17:17:24|
  2. 心の整頓
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七月スケジュール

7/3(月)中野 ピグノウズ 川村健(アコーディナ)、中村真Duo
7/5(水)上尾 プラスイレブン 橋爪亮督ts、中村真
7/12(水)南与野 ジャズマル 中村真トリオ、中村新太郎b、大村亘ds
7/13(木)三鷹 UNA MAS 中村真、大村亘ds Duo
7/28(金)高崎 サンガム 中村真トリオ、中村新太郎b、大村亘ds
7/30(日)柏  ナーディス 中村真トリオ、中村新太郎b、大村亘ds

  1. 2017/06/03(土) 12:40:15|
  2. ライブの事
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言葉のごみ箱。

彼女が、僕の想いを受けるに値するほどの人間ではないことに、僕自身がようやく気付いた。


某シンガーに対して書いたブログは、彼女を暗喩して書いた。
あなたは、自省しないと、20年後にはああなるよ、と、暗喩している。
某シンガーとあなたは、まったく同じことをしているよ、と諭しているのだ。
20年後、ああいった、醜い姿をさらすことになるよ、と諭し続けた。

僕はお人よしだから、あらゆる意味合いにおいて、人に対して誠実に接する。
誠実に接するとは、自分の確信した価値観を相手に伝えること。
不誠実であるという事は、そこに目をつぶること。そして、適当に受け流すこと。
僕にはそれはできない。

今でも彼女が変わればいいなと思っている。でも変わらない。変われない。
たぶん本人は、変わりたくてもがき続けている。だから苦しんでいる。
だから助けたくなる。でも僕がそれをサジェストすることは彼女にとって苦しみであったのだろう。

猫が死ぬときに孤独に死ぬのは、死ぬ前の苦しみを、周りから与えられていると勘違いし、そこから逃れるために、一人っきりになって死ぬのだそうだ。それと似ている。
僕は彼女に苦しみを与えたことは一度もない。僕は、彼女自身が、自分自身が苦しんで乗り越えなければならないテーマを提示し続けただけだ。
僕の、恋人に対するエゴを彼女にぶつけたことなど一度もない。そういったことが彼女を苦しめていたのならばわかる。僕は、彼女が向き合わなければならない、彼女自身の問題点を、提示し続けただけ。
そこから逃げると、某シンガーになるよ、ってね。

人生は孤独だ。僕は彼女の苦しみを、助けることはできるけど、変わってあげることは出来ないのだ。

彼女自身が本当に変わろうと覚悟しないことには、絶対に変われないのだ。

いままでも幾人もの人のああいった、変わらない人に対しての関わりを持ち続けてきた。
よく考えてみると、結果として変わった人を僕はついぞ見かけなかった。
変われない人々。

僕自身は、いい方を変えると執着心が強い人間であるとは思う。人に対する執着は強い。
いい方を変えると僕は愛が深い。諦めきれない。だから、そのだめなシンガーに対しても数年間も付き合い続けることができた。
今回はそれが自分を苦しめた。だけど、そういう資質が故得てきたものも数多くあると思う。
それがいい資質なのかどうかはわからない。だけど僕はそういう人間だ。



彼女が何を思っているかは僕にはわからない。
もしかしたら、後悔しているかもしれない。自分の愚かさに。
もしかしたらせいせいしているかもしれない。僕の「本気」とサヨナラできたから。
いずれでもいいと思う。いずれにせよ同じことだと思う。
変わらないという一点においては。

後悔しているにせよ、せいせいしているにせよ、いずれにせよ根底にあるのは、自己正当化。と、言い訳。

そんな女とのかかわりを、一年間持ち続けたモチーフの一つである、彼女との音楽的なシンパシー、それすらも僕は感じれなくなってきつつある。
最後に聞いた彼女の演奏は、彼女の年齢では絶対に出すことができない、僕とのかかわりの中で生まれていった、僕の音色の香りが消えていた。
実に平凡な演奏だった。

彼女の才能を大切に思った。けれども、それは僕にほんの少し欠けている部分を彼女がほんの少し持っていただけの、錯覚だったのかもしれない。そう指摘された。

少なくとも僕が人生を賭して彼女に挑む価値はない。そう誰もが思っていたことだろう。

そう誰もが思っていたことに、僕はようやく気付いた。


あいつはこれからの自分の生き方を示すことによって、自分の価値を世に問うていくといった。何を問うのだろうか?
彼女が親しみを持っている人間ですら、彼女のもとを去っていっている。本人はその事に気付いてすらいないだろう。みんな、本当の意味で親切に、あなたの元を私は去るね、と言って去っていくわけではないのだから。

人をちゃんと愛することができないあのひとが、人を真剣に愛することに極端に憶病なあのひとが、今後どうやって生きていけるのか、そして何を得るのか、僕は見てみたい。


彼女が僕に投げ捨てていった、言葉の数々。僕は、全て覚えている。
ぼくは、彼女の言葉のごみ箱ではない。
人を、言葉のごみ箱として扱う女に価値などないのだ。







  1. 2017/05/29(月) 13:12:26|
  2. 心の整頓
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思いを伝えること

心の中で思ってることって、誰もが話してくれるわけではないんだね。

能動的にも素直な言動は人を不快にさせる。

わだかまることがあったとして、その事を伝えてくれる人ってかなり貴重なんだな。
僕は、思ってることを伝えるけど、そんな人は稀なんだね。

普通は、黙ってシャットアウトなんだね。
あなたをシャットアウトします、っていってシャットアウトしてくれる人はまだ親切なんだね。

だから、その人はシャットアウトされてることに、しばらく気づかないんだね。

気づいたときには、かなりの人からシャットアウトされてるんだ。癌細胞みたいに、回りに自分をシャットアウトしてるひとが増えて、もう取り返しがつかなくなるくらいにまで進行して、はじめて自分が愚かだったことに気付いたりするんだろうね。
かわいそうだね。でも仕方ないね。

思ってることを僕は伝えるから疎まれたことも多いけど、だからこそ得てきた信頼もたくさんある。
だからぼくを慕ってくれる人もたくさんいてる。
自分が正直に生きてきた結果得た財産なんだ。

正直に生きてると正直な答えが返ってくる。それらに虚心に耳を傾ける。
すると、色んなことが見えてくるし、色んなことが学べる。

受動的に素直でいたい。

そして、能動的には頑固でいたい。

自分の哲学や理念を一生のスパンで貫き通す覚悟を胸に蓄えて生きていきたい。


http://nakamuranokangae.blog55.fc2.com/blog-entry-77.html?sp

この文章の対句です。

  1. 2017/05/26(金) 13:46:30|
  2. 徒然と
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コンクリート

人の家の屋根で泥酔して寝てる男がいた。
業者は屋根にコンクリートを流したくて仕方がないのでその男を起こそうとしているのだが、一向に起きる気配がない。
業者は嫌がらせの意味も込めて、その男のからだの上からコンクリートを流し込み始めた。そのうち気付いて起きるだろう、との思いもあったと思う。
ところが、思いの外コンクリートが固まり始める速度が早く、みるみるうちに硬化して男はコンクリートのなかに閉じ込められた。辛うじて口と鼻の部分だけほ空いているような状態。不幸中の幸い。
男は意識を取り戻したと同時に、身動きもとれない、視界もない状態。恐らくは何が起こったのかすらわからなかったろう。
自分の身に置き換えてみたらその恐怖足るや想像に難くない。
即座にコンクリートを破壊して救出すればよいのだが、理由はわからないがそう簡単ではないらしい。
男がその状態になってから八時間が経過したところで目が覚めた。
ものすごい閉塞感と恐怖を感じて目が覚めた。
嫌な夢だった。

  1. 2017/05/21(日) 11:01:23|
  2. 夢日記
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ネット上で色んな政治的な意見を述べている人たちに対して思う事。

ネット上でいろんな政治的な意見を述べている人がたくさんいるが、僕の目から見てまともな意見を述べられている人はほとんどいない。ほとんどが、自分の信じたい情報を信じてそれをシェアして、それ見たことか!!的なもの。
情報には、必ずバイアスがかかっている。一つの事象、情報に対する価値判断は、右に100の価値があるとすれば、必ず左にも100の価値判断が存在する。それは人間の主観というバイアスが必ずかかるからだ。
故に、ある、自分に都合のいい情報、Oh yeah!、ではなく、逆の価値判断の存在を意識してみたらいいのではないか、と思う。

情報の蓄積や歴史の学習で、何かがわかるわけではない。それらを基にして、思考しなければならない。
思考とは何か?リテラシーもそれに含まれる。が、僕は最終的には、自分の哲学や理念を持つことだと思う。

世の中のほとんどの情報や、プロパガンダ的なものは、最終目標として、人々が自分の哲学や理念を、持たれては困るというバイアスがかかっていると言い切ってもいい。
思考されることが最も為政者にとって困ることなのだ。

はっきり言って、為政者が捲いている、反体制的な情報、それらをうのみにして、「不平」を述べさせて、ガス抜きをさせられている、ただそれだけの事を政治参画だと思わせられていることに気付かなければならない。

支配被支配の構造は、江戸時代と今とでは複雑さが異なる。
しかし、厳然と存在する、支配層が、現政権を支持するのは当然のことだと思う。
だが、被支配層が、短絡的なアジア諸国の脅威論に乗せられて、体制翼賛されている様は滑稽だ。
北朝鮮がミサイルを日本に打ち込むことは、絶対にない。絶対にないです。
そんな簡単なことが、わからない。

商売のコツは、危機をあおること。よく見ると、あらゆるところで危機感をあおってコマーシャルが成り立っていることに気付くはずだ。それと同じこと。
メタボは怖いですよ、青汁を飲みましょう、納豆は万能色だ、ステロイドは危ないです、フッ素は毒だ、放射能は危ない、北朝鮮は気違いだから何をするかわからない、等。

フッ素は毒だから歯に塗らないで、子供を虫歯だらけにしている。確かにフッ素は毒だろう。どの程度の毒なのだろうか??
フッ素を塗ったおかげで、80まで20本の歯が残るような健康を手に入れるのと、塗らなかったおかげで60で総入れ歯になるのとどちらが健康だろうか?
フッ素を推奨することにより、推奨する側にどういうメリットが生じるのだろうか??
そういったことを、色々と考えていく必要があるという事です。その上で、自分の考えを持つべきだと思うのです。

僕自身は、あらゆる事柄を対立構造としてとらえてはいません。
僕自身が、にはたづみプロジェクトなどで提唱する「精神主義」「贈与主義」的な理念は、必ずしも、資本主義的な理念のアンチテーゼとして存在するわけではありません。資本主義的な理念からの贈与、もあるだろう。いや、現在において存在する贈与の理念のほとんどは、資本主義的な理念によるものだろう。
だが、それを、我々時代に先進するアーティストは、アーティストの目線から、それらをより善意を源とする贈与主義へと移行することを、各自が思考することにより、ほんの少しずつ推進していければいいと思っています。

そして、僕たちが死んだ後の未来になるかもしれないけれども、本当の意味での精神主義の到来を心待ちにしたいと思っています。


http://makoppo081.blog52.fc2.com/blog-entry-1153.html
これからの世の中がどう変化していくのか、僕の考えを述べる。
vol.2もあります。



  1. 2017/05/19(金) 17:06:41|
  2. 徒然と
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玄米

久しぶりに玄米を食べたいなと思って炊いてみた。

久しぶりにみそ汁が飲みたいなと思って作ってみた。

久しぶりにベーコンエッグが食べたいなと思ったけど、オムレツにしてみた。

久しぶりにオムレツを作ったら失敗した。

でも久しぶりに食べたオムレツはおいしかった。

ご飯が食べられるって幸せなことだな。
  1. 2017/05/19(金) 16:29:34|
  2. 心の整頓
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北海道ツアー終わりました!楽しかったです!!

大村亘とのDuoツアー終わりました。
ドラムとのDuo自体は関西在住の時に村尾浩史と散々やってきたので僕的には馴染みのある編成でしたが、トリオでやりこんできた大村とのDuoは果たしてどうなるのか?期待半分不安半分でツアーに挑みましたが、結果としては何の問題もない、どころかかなり手応えのある演奏となったと思います。
若い頃の村尾浩史とのDuoの時にはもて余しぎみであった、ベースがいない事によって生まれてくる空間を、楽しむどころか、むしろ意図的に作ってみたり、トリオではトライしてなかった大村のバラードでのドラムソロにより、彼のドラムから発信されるメロデイー、ハーモニーをより深く吟味することが出来たことも収穫であった。
惜しむらくはDuoでしか出来ない曲、というのを多く見つけることができなかったといったところかもしれない。
このツアーでの手応えは、必ずやトリオの演奏に対してフィードバックされることであろう。
Duo編成での活動もトリオに平行してやって行けたらと思っています。

最終日長沼タツルと三人で演奏したがそれも楽しかった。タツルのスタイルではベースを欲しがるかと思ったが、あえてこの変則的な編成にチャレンジしようとするタツルの姿勢も素晴らしいと思う。
また、久しぶりのタツルは進歩していた。
端正な素晴らしいジャズギタリストだと思う。

最後にお世話になりまくった留萌土田さん谷口さん、大野さんはじめ素晴らしい北菓楼のスタッフのみんな、呑みに付き合ってくれた札幌の仲間たち、みんなありがとう!!

  1. 2017/05/18(木) 15:21:57|
  2. 徒然と
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考えても仕方のないこと

考えても仕方がないことを考えることは愚かなことだ。精神の無駄な浪費だ。
健全なときにさいつもそう考えてたし、考えても仕方ないことで悩んでいる人をそう諭してきた。
いざ自分が考えても仕方ないことを考え込んでしまうと、なかなかそうは出来ないものだと思う。頭でわかっていてもは実行は困難なことは多々ある。

考えても仕方ないことを考え込んでしまうとは愚かだ。
だが本当に愚かなのは、考えないといけない事を考えないで、まあいいか、と先延ばしにすることだ。

  1. 2017/05/16(火) 12:34:56|
  2. 心の整頓
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50sの銭湯

とある、あれは何というのだろうか?50sアメリカンな内装の、ダンスフロアーでもあり、銭湯でもある、カラオケでもある、お店に行った。
そこは多種多様なトイレがあることで有名なのだが、残念ながら、僕の好きな個室のトイレ、トイレの扉に英語で花か何かの名前が書いてあるトイレ、三つあるそれらすべてが使用禁止になっていて残念だった。

色んなコースがある。
そのなかで僕は家族写真を10万で撮ってもらえてアルバムに製本までしてもらえるコースを選んだ。
格安とはおもうが、10万とは現実的には高い価格。
悩みに悩むが金は天下の回りものではないか?そう思いつづける夢を見た。

その、50sの場所は以前にも夢に出てきた場所。
夢に出てきた場所のことを文章化すると、その場所は二度と夢には現れなくなる。
これは不思議な現象だ。
写真をとってくれるのは最近知り合ったギタリスト。
カメラを専門的にやる人ではないのだが、ギター以外にアートを専門的にやる人。

  1. 2017/05/15(月) 11:24:42|
  2. 夢日記
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白と黒と

白と黒の間に存在する、秘密。

ドレミの羅列が、リズムが整頓されていく。

鍵盤にかける魔法。 音楽が整列していく。

そして、その技術や論理ではない神秘的な存在を共感出来たことの歓び。

私の魔法を伝えたいと思った。

  1. 2017/05/13(土) 18:26:01|
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恋人を寝取られた兄の話

妊娠したの。だけどあなたの子ではないの。
A子はそういった。なんと、恋人の弟の子供を妊娠したらしい。
弟は、しかし兄の恋人を寝取っていることに気付いていないらしい。
しかし、兄はその恋人を愛している。故にそのおなかの子供を産むことを了承した。
生まれてきた子供を、兄は大層大切に育てた。
小さいころから教育熱心に育てた。画用紙を使って文字を教えたり、絵を書かせたりして、自分の子のように育てた。
その兄の育て方を、A子は嘲笑った。自分の子どもでもないのにまるで学校のようにしつけして何が楽しいの?と。
私はそれを聞いて、A子の頬をぶった。何度もぶった。
お前は人の気持ちを理解できないのか!どういう気持ちで兄がお前の子供を育て、愛を貫いてきたのか分からないのか!!私は、怒りにうちふるえた。

というところで夢が覚めた。
登場人物の中での、兄は僕の事です。僕は頬をぶった人物、兄を保護するべき人物としての役割として、夢に登場している。母親、ではないけど、母親的な立場の人間。性別も不明だが、女性的な感覚を持っていたように思う。客観的に全体を俯瞰する誰かとして夢に出てきた。

弟は実の弟ではない、A子は誰かはわからない。

夢の中で自分以外の人間として、自分を見たことは今まで一度もない。

不思議で辛い夢でした。
  1. 2017/05/12(金) 14:43:59|
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いつか

いつか出来るようになる、ってことはないんだよ。
出来る人は、最初から出来てる。

いつかわかるようになる、ってことはないんだよ。
わかる人は、最初からわかっている。

出来ない人は、最後まで出来ない。
わからない人は、最後までわからないんだ。

そんなことないよ、ぼくは出来なかった事が出来るようになったよ!。

それはね、君が出来ないことを、知っていたから、出来るようになったんだよ。
出来ないことを知っているってことは、出来てるって事なんだ。少なくともできるための準備が出来てるってことなんだ。

そんなことない。わたしはわかっているよ!

わかってないよ。わかっている人は行動するんだよ。
行動できないってことは、わかってないってことなんだ。改善するための努力をするもんなんだ。苦しい苦しい努力をね。

音楽でも何でも、全部同じこと。

行動を先送りにすること、それは、わかっていないことと同義語なんだ。

今の自分の耳に入る諫言を、耳に入れられない人は、未来永劫にその事に気付けない。

あのひととかあのひととかを見て御覧。絶対に人の諫言を耳に入れないでしょ。

でもその人たちは素直に人の言葉に耳を傾けていると思っているんだよ。

出来ない人は、最初から出来ない。
わからない人は、最後までわからないんだよ。

君が、どの道を選ぶか、あとはそれだけだよね。

  1. 2017/05/08(月) 17:28:31|
  2. 心の整頓
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僕の隣に座ったひと

電車で隣に座ったひと。とても美しい女性だった。そう思った。
電車から降りた。そのひとは雑踏へ消えていった。
とても美しいひとだと思ったのに、ほんの数秒後には、どんな顔だったのかすっかり忘れてしまう。
そして、その人とはもう会う事はないだろう。

数十分の出会いも、数年間の関わりも、同じことなのだろう。

もう会う事はない。忘却の彼方へ消えていくのだ。
  1. 2017/05/08(月) 14:05:50|
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