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真・の・ブログ

日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

今年もAIR SPLASHを開催します。

今年もAIR SPLASHを開催します。

僕が、生ぬるい大阪のジャズシーンに嫌気がさして東京に出てきて約20年になります。初夢と希望を抱いて上京したのですが、そこで見た現実は、やはり馴れ合いと惰性に満ちたものが大半でした。
自分自身の芸を磨くこと、と、自分自身が社会的ステイタスを得ること、の区別がついていないアーティストもどきと、他人幸せを願っていそうな顔をして人の足を引っ張ることしか考えていない業界人たちが大半でした。
ある意味において「産業」としての音楽の規模が大きな分、大阪よりも罪深き現実がありました。

僕はそういった現実を、明確に捕らえられていたわけでもなく、またそういった現実に翻弄されていなかったわけでもない。
ただ、漠然と疑問を持った。2006年に僕は自転車での日本一周のソロピアノの旅に出た。
なんの意味がある行動なのか?ただやりたいからやっただけ。それが何をもたらすのか、何も考えずにやった。
でもそこから今につながる全てのことが始まったと思う。

今思えば、そのこと、自転車でツアーすることそれ自体に意味があったのではない。
自分の足で動いて、自分の目で見て、自分で考えて行動すること、に意味があったのだ。

そしてそうやって自分自身の道を歩もうとすると、それに共感し、賛同する人たちが集まってくる。もちろん、30代の僕はあらゆる人々から批判され、「出る杭」として打たれまくった。が、同時にそれと同じ数の共感を得た。

僕が出た旅は、自分自身の道を見つけ、そしてそれに対して邁進すること、を教えてくれたんだ。

僕がAIR SPLASHで伝えたいこと、それは、突き詰めたらそれだけなのだ。

多くの人々は自分と他人を比較し、嫉妬して生きている。
そしてそのこと自体が自分自身を苦しめていて、本来進むべき道でない方向に自らを追いやる。
さらにこのコロナ騒動により、人々はさらに自分自身の進むべき道を見失っている。
珍騒動の数々。政府の迷走しかり、市民の混乱しかり。

人が生きる、ということはどういうことなのか?が必然的に問われているのだ。

生きること、は死ぬことのアンチテーゼではない。

今年もAIR SPLASHを開催します。
昨今の社会事情を鑑みて、開催をどうするかが討議なされなかったわけではない。
だが運営委員会の誰も積極的な中止を口にしなかった。

意地でもやる、ということでも、昨今の社会情勢に対しての反骨精神で行うのでもない。

ただ、自分たちの道を粛々と歩むだけ。

無論昨今の社会事情を鑑み、最大限の注意を払っての開催です。

参加アーティスト募集しています。

そして我々の歩む道に共感してくれる協賛者も募集しています。




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  1. 2020/08/12(水) 15:16:25|
  2. にはたづみプロジェクト
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心技体の充実を感じる。

元々演奏の調子の浮き沈みは無い方ですが、今、僕は演奏が絶好調です。
特に練習しているわけではないし、まあそもそも練習しませんが、何というか、エナジーをフルチャージ出来ている、常にフルチャージの状態で演奏に臨めている、そんな感じです。

芸術家は、やりたいことをやるのではなく、やるべきことをやるのが仕事だ。
もう少し言うならば、芸術家はやるべきこととやりたいことが等しいというピントに合わなければならないのだと思う。
薄々50代が一番いい仕事ができるのではないか?そう想像していた。
技術、体力、精神力、それらすべてが、自分の中できっちりとした100%、というような枠組みにぱちっとハマりつつある感じがする。
それらは99%でも、101%でもだめなのだろう。
そしてその100%は、言うまでもなく、自分の100%なのだ。
他人のそれと比較するものではない。

演奏の現場は減りました。僕はそれでいいと思っている。
経済規模を縮小していきていけるような生活システムを作ってきたこともある。

農業等をしながら、芸術の純度を担保しながら生きていきたい。

今僕は完全にニュートラルなのだろう。






  1. 2020/07/18(土) 11:34:05|
  2. 徒然と
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新型水虫?!

実は、右足の指に水虫があります。数年前に爪水虫を完治した指なのですが、一年ほど前に普通の水虫が発症しました。

水虫は症状が改善してからも数ヶ月間は投薬しなくてはなりません。
爪水虫に至っては、症状がなくなってから、一年間ぐらい投薬しなくては治らないのです。
僕はその爪水虫を投薬により完治させたことがある、いわば水虫のプロです。
一年前に発症して、それは数ヶ月の薬品の塗布により完治したかに見えた水虫は、半年後に勢力を拡大し、再びやってきました。
それが、今年の2月ぐらいの話だったと思います。
色々ばたついていて、医者に行けずにいて、3月ぐらいに医者に行きました。いつものテルビナフィンを投与されました。
ところが、通常水虫は、薬を塗り始めて一週間ほどで症状は治まり、ひと月もすれば、健康な部位となんら変わりのない見た目に変化します。
ところが、ひと月塗っても症状に変化がないどころか、幹部は拡大してきて、親指の根元まで広がりました。
かゆみも収まらず、皮の剥けも無くなりません。
それでも根気よく2ヶ月塗り続けたのですが、ついに今日皮膚科の門を叩きました。

先生に経緯を話すと、実は最近テルビナフィンに耐性のある新型水虫がインドを中心に流行っているとの話!!僕はインド渡航経験があることを述べると、先生は目を丸くして、その学説の正しさを自分の目で確認できたことに対する満足と、自分の診断の正しさに満足した表情を浮かべました。
今後日本で新型水虫が爆発的に広がったとしたら、その宿主は、僕かもしれません。
悪しからず。



アスタット軟膏に切り替えました。

テルビナフィンが余っているので、欲しい方は譲ります。




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  1. 2020/05/18(月) 22:23:47|
  2. 徒然と
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家庭菜園三年目

我が家の野菜。
元々あったアスパラガスの苗は三年目でまだ収穫できる。それほどの収量は期待できないが、サラダのおまけ、ぐらいには例年取れている。
昨年秋に種まきした絹さやは、順調に育ち、何とか収穫にこぎつけた。市販の一袋、くらいは毎日取れている。これらは値段の高い作物なので、そういう意味では「元」が取れている。
ラディッシュは昨年、実は付かず、葉っぱは虫に食われ、惨憺たる結果となったので、この、まるで売り物かと見紛う立派なものの収穫はとても嬉しい。

2018年に今の東松山の広い一軒家へ引越しした。ドクダミとミントだらけの荒れた空き地が敷地内にあったので、開墾した。
農業など何一つ知らない。
畝だて、という言葉も初めて知った。
ただ、昔から農業に対する憧れを持っていた。

家庭菜園を始め3回目の夏野菜を植える季節。
失敗を常に繰り返しチャレンジしてきた野菜づくり。
こんな世の中になったので仕事もない。逆に徹底して農業に対するスキルを身につけてみたい。

立派な野菜を作ってみせますぞ今年は!!




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ジャガイモの芽

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玉ねぎと絹さや

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とれたてのアスパラガスとラディッシュと絹さや
  1. 2020/04/27(月) 14:11:47|
  2. 徒然と
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三鷹UNA MASがクローズします。

長年お世話になった、三鷹UNA MASが閉店することになった。
上京して少し落ち着いて間も無く開店したUNA MASには、世代を越えた友情でつながっている原大力dsさんの紹介で出演した。
それからというもの、ぼくを毎月出演させてくれる限りなく珍しい店だった。
UNA MASは、店の好みでしかブッキングをしない、今時珍しい店だった。
言い方を変えると、開放的な店であったとは言い難いが、ぼくは店というものは、自分の能動的な哲学に則って運営すべきであると思っている。
北海道のとあるライブハウスに、ぼくが自分のソロのアルバムを送り、ツアーさせてくれと言ったら、店から、好みではない、と言われたことがあった。ぼくは店とはそうあるべきだと思っている。
そういう意味では、UNA MASは、稀有な店だった。

ママはぼくのことをとてもよくしてくれた。
山形出身で、山形大好きなぼくとしょっちゅう山形について話をした。
ここ、という記念の日には、気の利いたWEDGEWOODの飾り皿をプレゼントしてくれた。
和音が生まれた年には小さな鼠のプレートをくれた。
それから干支が一周回り、店は無くなる。

残念ではある。が、ミュージシャンとは基本的に孤独なもの。我が道を歩むのみ。
新太郎さんがぼくのトリオを去ったことも同じ。
ぼくは、また自分のこれからの歴史を自分の手で作っていくのみ。

沢口さん、長い間ありがとう。これからも元気でいてください。

  1. 2020/04/26(日) 13:55:51|
  2. 徒然と
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不安は恐怖を呼び、恐怖は怒りを呼ぶ。そしてその先には対立が生まれ、差別が生まれる。

この件に関して自分の論旨を述べることを極力避けてきました。
その理由は、混沌に対して新たなる雫を垂らすことは、さらなる混沌を招く可能性があるからです。
例えていうならば、集団即興をしている時に、場が混沌としている時、さらなる音を放つことはさらに混沌を増す恐れがある、というのと似ている。

みんなおかしくなっている。無理もない。感染するかもしれない恐怖はもちろんのこと、今、未来に不安を持たない人はいないだろう。
漠然とした不安と、怒り、そして悲しみを感じていない人はいないだろう。
それらは人の心を狂わせる。
思想的に、感覚的に、市井の人々よりも先んじている我々アーティストですら、おかしくなっている。

かくいう僕もおかしくなっている。
朝起きた時、言い知れぬうつ的な感覚に襲われる。
無理もない。
静かな、ただ鳥のさえずりだけが聞こえる、温かな朝の目覚め。
本当に幸福な目覚めですら、それが虚構なのではないだろうか?そう思わせてしまう自分の心の中の狂い。

多くの人々は自分がおかしくなっていることに気づいていない。
不安は恐怖を呼び、恐怖は怒りを呼ぶ。そしてその先には対立が生まれ、差別が生まれる。
そして争いが生まれる。

そうなってはならないのだ。

多くの、おかしくなった人が、ネット上で様々な発信をしている。
それらのほぼ全ては、良かれと思って発言し、行動している。
が、その発言や行動は、発信者の思惑とは違い、必ず誰かの不安と恐怖を煽っている。
先日の中村の考え、今アーティストが為すべきことのなかに、言霊について書いている。
言葉は発せられた時点で自分のものだけではなくなるのだ。

不安と恐怖に駆られ、そして生み出された怒りにより、自分自身が狂っていることをまず知らねばならない。
そして、もっと感じ、もっと考えて発言しなければならない。

冷静に発言することが大事なのではない。
冷静でいることが大事なのだ。
世の中が狂っていることを冷静に指摘することが今必要なことではない。

みんなおかしくなっていることも、無理ないことなんだ。

自分と違う考えを持っている人がいて、自分と違う行動をする人がいることも無理ないことなんだ。

そして、それに対しておかしな発言をしてしまう人がいることも、無理ないことなんだ。

何よりも大切なことは、狂った頭が作り出す対立と差別を避けることなんだ。

もっとちゃんと見て、もっとちゃんと感じて、もっとちゃんと考えなければならない。



  1. 2020/04/18(土) 11:50:28|
  2. 徒然と
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現在の僕の本当の意味での危機とは。

あえて僕たちの仕事という言い方をしない。
僕はミュージシャンの中でも仕事のやり方は特殊だと思うし、立場は人によって全然違う。一括りにミュージシャン全般の話としてしてしまうと、迷惑をかけてしまう人もいるかもしれないからだ。

今現在僕の仕事はゼロに等しい状態になっている。まあそれは仕方ない。
僕自身は消費を限りなく抑える生活システムを作り上げていたので、直ちに経済的に立ち行かなくなり、家を売って、とかということにはならない。そのこと自体に先見の明があったというのはいささか買いかぶりではあるが、消費を限りなく抑える生活システム、それすなわち社会依存を減らす、ということに他ならない。
つまりそれは様々な社会的な浮き沈みに対して影響を受けにくくなる。

その上で、僕の大変さ、に対して述べたいと思う。

緊急事態宣言が出され、多くの企業や店舗が閉店している。僕のライブ自体も全てなくなった。しかしそれがなくなったことにより、経済的な損失は少ない。それどころかライブを開催した方が経済的損失が多かった。
まあそれはともかく、多くの飲食店などの店舗は、コロナ収束と同時に平常通りの運営ができることだろうと思う。

ところが僕は、そうは出来ない。

何故ならば、今本来ならば、7月8月の仕事を作っていなければならない時期であるにも関わらず、動くことができずにいるからだ。
いま、ツアー組もうとする動きを取ることも、難しい。相手あっての事柄。そのことを提案すること自体憚られる風潮もある。
つまり、僕は収束しても自分の仕事は何一つなく、そこから仕事を作っていくところから始めなければならない。

また、9月にはAIR SPLASHがあるが、これらは企業協賛や個人協賛により成り立っているが、その協賛金を集めることに対して、積極的に動くのが難しい。
それこそ声をかけるのも憚られる。高松建設ぐらいの大企業ならばまあいいだろうが、個人事業の協賛者に対して、お願いしづらい。
また、参加アーティストも大幅に減ることが考えられる。
そうなると、僕は昨年のAIR SPLASHに関しては、僕はノーギャラで開催しましたが、今年は持ち出さねばならない可能性すらある。

そもそもこの先の具合を見れば、AIR SPLASH開催している場合ではないという風潮が生まれるかもしれない。


僕個人に対して、援助を申し出てくれる人たちは数多くいる。
それはありがたいが現段階において、僕自身の生活を助けてもらう必要はない。
が、未来の起こりうる様々な困難を、どうか助けてほしい。
金銭に余裕がある人は、AIR SPLASHを助けてほしい。
そして、僕のライブをキャンセルしたツアー先の人たちは、よければ僕にブッキングの手助けをしてほしい。
多くの僕を支援してくれている全国の支持者の人たち、よかったら僕に声をかけてほしい。

僕にとって災厄は、この災厄が終わってからもずっと続くものなのだ。
  1. 2020/04/11(土) 17:32:43|
  2. 徒然と
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4月5月スケジュール

4/6(mon.)淡路町 リディアン 長島百合子vo、中村 真pt
4/21(tue.)赤坂 Dot and Blue 石井信義gt、中村 真pt
4/22(wed.)茅ヶ崎 ストーリーヴィル 中村 真トリオ、落合康介b、服部正嗣ds
4/26(sun.)上尾 プラスイレブン 中村 真ソロ

5/13(wed.)南与野 Jazzmal 中村 真トリオ、落合康介b、大村亘ds
5/14(thu.)那覇 Perker’s mood jazz club 伊藤かおりvo、中村 真デュオ
5/15(fri.)那覇 Perker’s mood jazz club 中村 真トリオ、川本悠自b、Sebastiaan Kaptein ds.
5/16(sat)那覇 Perker’s mood jazz club 城間 功介gt、中村 真pt デュオ
5/17(sun.)那覇 Perker’s mood jazz club 石井信義gt、浦谷仁美b、佐久間恵美ds、中村 真pt

5/26(tue.)三鷹 ウナマス 中村 真pt、石崎忍as デュオ
  1. 2020/03/30(月) 21:59:23|
  2. ライブの事
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聡子へ 小生の幼少の頃のあだ名


聡子へ

元気でいるだろうか?
此度は小生が小学生だった頃の話をしようと思う。
ある日、バヨリンのお稽古を付けてもらう為にご近所の先生のお宅へ自転車を走らせておりました。
いつもの砂利道、岸上くんの家のバナナの木を左手に見ながら、鵜川くんの家の前へ出る細い路地のあの道です。
見馴れたその道中に、何やらキラキラと輝くものが目に入ったのです。
最初、鏡か何かだろう、そう思い、自転車を止め手にとって見たところ、思いの他重い、金属のプレイトだったのです。
バヨリンの先生のところへ到着し、そのプレイトを見せたところ、表面に「pt 500g」と書いてありました。
先生は、ptとは、白金のことだよ、と教えてくれました。
しかし、まさか砂利道におもむろに白金のプレイトが落ちていることなど、あり得るわけもなく、恐らくは白金のプレイトの造り物だろうと我々は思ったのです。
稽古を終え家へ戻り、一応は父母にその造り物の白金のプレイトを見せたところ、念のために警察へ届けようということになり、警察へ届けたのです。
警察官もこれは造り物だろう、と思ったのですが、何と翌日に、その造り物であるはずの白金のプレイトは、本物のプラチナの延べ棒五百グラムであることが判明したのです。

その延べ棒の持ち主であるおばあさん、仮に舟さん、としましょう。
舟さんは、よくあるおばあさんが買い物に行く時などに引いていく、車輪つきの手押し車の底に、その延べ棒を、10本も入れていたそうです。
それを押して自宅へ戻った時に、その延べ棒の重みで手押し車の底が地面に擦れて、延べ棒のうち5本ほどが地面へ落下したそうです。
慌てた舟さんは、来た道を引き返し、5本のうち4本は回収したのですが、一本だけどうしても見つけることが出来なかったのだそうです。それはそうです。その時その延べ棒は、小生のポケットに入っていたのですから。

めでたく延べ棒は舟さんの元へ帰っていったのですが、拾得物に対しては謝礼を支払うという決まりごとがあります。一応一割と世の中では思われていますが、実は五分から二割の謝礼を支払うべしという決まりになっております。
その延べ棒は、当時のお金で百七十五万円相当の価値があるものでした!!
おばあさんは、申し訳なさそうに、五分の謝礼で良いか?と申し出ました。
当時小学五年生であった小生には何の判断もつきませんでしたが、小生の母親はきっぱりと、そう、きっぱりと、「十万円で」と言いました。

のちに母親は、延べ棒を十本も、つまり一千七百五十万円分も持ち歩ける舟さんは、お金持ちに決まっているのだから、少しぐらい大目に謝礼をもらっても何も憚ることはない、と言いました。

小生は、この一件により、朝日新聞に記事として掲載していただくことになりました。
小生は十万円のうち二万をどこかに寄付をして、残りの八万円を貯蓄するということにしたのですが、その旨も記事となりました。
それ以来小生のあだ名がptとなったのです。

聡子の幼き頃のあだ名は何でしたか?



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  1. 2020/03/25(水) 11:54:44|
  2. 徒然と
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ルワンダに行ってきました。

以前から行ってみたくてたまらなかった国、ルワンダに行ってきました。
あの大量虐殺から25年、全世界が驚く復活を遂げたルワンダ。その原動力となったのは何だったのだろう?
それを知りたくて僕はルワンダに行った。

キガリ虐殺記念館には残虐の虐殺な記録がたくさん残されている。

小さな子供たちの写真がある、どんなことをして遊ぶのが好きだった子供か、何が好物だったか、そのようなことを書いてある最後に、どうやって殺されたかが記されている。

僕の心を打つ言葉があった。
少年と瀕死の母親は教会に逃げ込んだ。そこで少年は神に祈った。
自分たちの命、そして復讐を誓ったのだそうだ。
母親はそこで少年に言った。
復讐など願うものではない。そんなことを願っても私は喜ばない。
それよりも許すことを覚えなさい、と。

世界に今も数多くある悲劇。それらは他人事だと多くの人々が思っている。
だが、自分の友や、恋人、家族や子供の悲劇は他人事ではないとは誰もが思えるだろう。
僕はそこから一つだけ想像の翼を広げる。
今、世界にある多くの悲劇は、他人事かもしれない。が、そのことは、誰かの大切な、友や、恋人、家族や愛する子供、に起こっている事柄なんだ。
もし全人類が、そう思うことが出来るなら、この世に起こっている悲劇の少なくともいくつかは、回避することができるのではないだろうか?

人類は過ちを繰り返してきた。
人間とは本質的に愚かなものなのかもしれない。
でもその愚かな行為を、愚かな人間はそれでも克服してきたと思う。

ルワンダの人々は、反省し、そして許しあわねば前へ進めないことを知ったんだと思う。
憎しみを忘れるという、途方もない努力をしたのだろう、そしてその努力を今もし続けているのだろうと僕は感じた。

思い起こせば、我々日本も1945年に完全に荒廃した国土を、驚くべき速度で復興した。我々も、反省し、誰かを許し、誰かに許されて、そして前へ進むことを決意したのではなかったのだろうか?

アフリカの子供達は本当に人懐っこく可愛い。車窓の僕に手を振ってくれる。手を振り返すと笑顔を返してくれる。
キガリの街中で僕に手を振ってくれたあの子供達。あの子達を25年前キガリで死んでいった子供と同じにしたくない。
あの子供達の笑顔を守るために、我々は何かをしなくてはならない。

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ルワンダの首都、キガリの街並み

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キミロンコマーケットでシャツを2着オーダーメイドしたら、同じ記事で生地でトートバッグを作ってくれました。
そして、こんな嬉しいメッセージが。

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アフリカの子供達の笑顔。





  1. 2020/02/10(月) 15:28:10|
  2. 徒然と
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2月3月スケジュール

2/12(wed.)新宿 Polka Dots 寺井雄一ts、中村真DUO
2/13(thu.)南与野 Jazzmal 中村真、中島朱葉as DUO
2/21(fri.)上尾 プラスイレブン 中村真、太田朱美fl DUO
2/23(日昼)東松山 m3chi(僕の家) 中村真、金子雄太org. DUO
2/25(tue.)三鷹 UNA MAS 中村真、石崎忍as DUO
2/26(wed.)池袋 P’s Bar 中村真、杉本まさのりts DUO
2/28(fri.)町田 into the blue 金子雄太org.、中村真 DUO

3/5(thu.)田原町 Mars 伊藤かおりvo、中村真 DUO

中村真ソロツアー
3/13(fri.)浜松 Hermit Dolphin
3/14(sat.)名古屋 Bar Lamp
3/15(土)大国町 Take-5
3/16(mon.)岡山
3/17(tue.)和歌山

3/18(wed.)京都 RAG 沢田譲治bトリオ、沼直也ds、中村真
3/20(fri.)表参道 ZIMAGINE 中村真トリオ、落合康介b、大村亘ds
3/24(tue.)表参道 ZIMAGINE 沢田譲治bトリオ、沼直也ds、中村真

  1. 2020/01/15(水) 15:32:38|
  2. ライブの事
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今年一年を振り返って。

今年一年を振り返る。

僕にとっての今年一年はとても充実したものだった。充実という言葉は、こういうことをいうのだろう。
全てが過不足ない。仕事、遊び、生活、対人関係、全てが多過ぎず、少な過ぎない。
人から見たら僕は仕事が少ないかもしれない。金銭的にも恵まれていないかもしれない。ただ、遊びと対人関係においてははっきりと僕は他人より恵まれていると思うが、相対的な評価軸において、自分がどこに存在しているか、ということに対しての興味が本当に無い。
自分にとってどうであるか、という、身の丈にあった服を着れているか?と問われると、はっきりとイエス、と答えられる。
いつからこんなにストレスなく生きていけるようになったのだろうか。
数年前、僕は大変苦しい思いをしていた。それはその当時を振り返ってみて総括するならば、自ら望んで苦しみの中に身を投じていたと思う。
しかし今は、人生の舵取りを上手く出来るようになった。
悩みの中にあった20代、ひたすら道無き道を進んだ30代は生きるのは楽ではなかった。
40代になり、色々な自分を見つめ直した。
そして、いつの間にか自分にぴったりの衣服を纏えるようになった。
向上心がないわけでも、苦労がないわけでもない。それらも含めて、自分にぴったりの生活なのだ。
わかりやすく言えば、幸福を感じて生活しているのだ。
ほとんど欠乏している部分がない生活だが、唯一つだけ欠乏しているものがあるとすれば、それは自分の息子のことだ。
子供と会うことはもうこちらからは求めない。ただ僕はそのことを寂しくは思うが、不幸であるとは思わない。
この世の中に、息子は必ず元気で生きているのだから、そのことだけでも僕は幸福を感じることが出来る。

ただ僕は、今の過不足ない幸せが、必ずしも長く続かない可能性もあることを知っている。
それが今まで半世紀近く生きてきた経験から理解出来る。
ただ、今まで数多の困難を乗り越えてきたのだ。これからもその困難を解決していくことだろう。

令和最初の年。しかし様々な別れがあった。
実の父親の他界。そう遠くはないことは想像していた。
だが、実際に死んでしまうと、そこに存在していた親父が、ただいないだけでこれほども大きく違うものなのだな、と思う。
実家に帰って、母親と二人でご飯を食べることと、親父と3人でご飯を食べることは、全然違うことなんだ、そのことを知った。

多くの友がこの世を去った。
最後まで励まし続けた友がこの世を去った。
天寿を全うした死ならば、ある意味において祝福に値する。
親父は天寿を全うした。そして彼は成すべき仕事を終えて死んでいった。
だがそうでない人々の死には、悔しい気持ちがある。
死それ自体に善悪はない。万人に等しく与えられたるもの。
だがそれを意識して生きていくか否か、望むと望まざるに関わらず、それを意識せざるを得ない年齢になった。

来年もたくさんのライブ、ツアー、レコーディングを行うだろう。
にはたづみプロジェクトの様々なコンテンツも充実していくだろう。
どんなことが起こってくるのだろうか?
楽しみな4回目の年男です。


  1. 2019/12/26(木) 18:43:44|
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中村新太郎さんがトリオを退団します

長年にわたり、僕とともにトリオをやってきてくれた中村 新太郎さんがトリオを退団することになりました。
新太郎さんとも僕のトリオという形での共演は、もう10年以上になると思います。
最初の2年は、うまくいく率3割程度です。イチローぐらいの打率。それでも我慢強く続けてきました少しうまく行くようになると、少しやり口を変えて提案してくる。
そうやって僕のトリオ全体をレベルアップしていってくれたと思います。
僕にとってベーシストは中村新太郎、か、それ以外か、です。
The onlyのベーシストです。

しかし音楽家とは、基本的にlonelyなもの。
新太郎さんがトリオを退団しても、僕は僕の活動が続く。
そして新太郎さんは新太郎さんの活動が続く。
Coolなようですが、そんなものです。

でも新太郎さんなしに今の僕はなかったと思う。感謝の言葉しかない。

新太郎さん、ありがとうございました。

最後のライブは、2020.1.25茅ヶ崎ストーリーヴィルにて。
中村 真トリオ、中村新太郎b、大村亘ds
こう書くのもこれが最後です。


https://www.youtube.com/watch?v=6BL6vT1bRrI

  1. 2019/12/19(木) 14:31:11|
  2. ミュージシャン紹介
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12月1月スケジュール

12/1(日)東川口 u3chi 橋爪亮督ts、中村 真DUO12/15(日)上尾 プラスイレブン 中村 真トリオ、中村新太郎b、大村亘ds
12/17(火)表参道 ZIMAGINE 石井信義gtカルテット、越野振人b、木村紘ds、中村 真
1/23(木)上尾 プラスイレブン 中村 真、芳垣安洋ds DUO
1/25(土)茅ケ崎 Storyville 中村 真トリオ、中村新太郎b、大村亘ds
1/27(月)淡路町 リディアン Sebastiaan Kaptein dsトリオ、澁谷盛良b、中村 真
  1. 2019/11/29(金) 17:47:07|
  2. ライブの事
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脱衣所でのスマフォ使用禁止おかしいだろ。

僕は温泉やスーパー銭湯が大好きなのですが、その中で解せないルールがある。
スマフォや携帯電話を、脱衣所で使うことが禁止、というルールである。
なんで?


僕は金を払ってスマートフォンを維持している。そして、それを使う権利は、それを使う場所がエチケット違反である場所以外で保証されるはずだ。
例えば暗い映画館の中であるとか、コンサート会場ならば、通話のみならず、スマフォを開けることも周りの迷惑になるだろう。
電車の中で通話をする、妊婦が座る可能性がある優先座席では使用を控えたほうがいいだろう。最近では歩きスマフォなども問題になっているし運転中のスマフォ使用は危ないだろう。(むしろ逆にガラケー時代はブラインドタッチができたので、画面を見ずに携帯でメールなどできたものだが)そいった場所以外では自由にスマートフォンを使っていいはずだ。

僕は、待ち合わせの時間つぶしに銭湯を使うことがよくある。
または、重要な連絡を待っている時とかにも銭湯を使うことがある。
そういう時にスマートフォンを使えないことは不便極まりない。
なぜ僕が金を払ってその権利を購入しているスマホの使用権を、銭湯に制限されなければならないのか?。

スマホのカメラ機能の充実により、盗撮を防ぐことがその主目的だと解釈している。
それはおかしいと思う。なぜならば、盗撮は、この国で犯罪となる行為であり、その行為を罰する法律がちゃんとある。
日本国民は、日本国のルールを守る必要がある。僕はこの国の法律に従い、盗撮など行わない。当たり前のことだ。
ごく一部の盗撮を目的としてスマートフォンを使う不届き者を「予防」するために「ルール」としてスマートフォンを使用禁止にすることは、一見筋が通ってそうで、人間不信を前提とした無駄な規則に僕には見える。
酔っ払いが酒を飲んで暴力を振るうから酒を禁止する、といってるのと同じロジックだと思う。
また盗撮する人は、「こっそりと」撮影する。撮影しているところが見つかったら捕まってしまうからだ。故に、堂々とスマフォを使っている人が盗撮などしているはずがない。また、盗撮する人は、禁止したところでいかなる手段を用いても盗撮するだろう。

しかし多くの日本人は、スマートフォンを銭湯で使ってはいけないというその「ルール」に疑問を抱いてないのではないかと思う。
僕はここに日本人の感性の縮図を見て取る。

AIR SPLASHの運営委員会をやっていても、事あるごとに何かとルールを作ろうとする。今の運営はそんなことはないが、一つ前の運営委員会は、事あるごとにルールやマニュアルを作ろうとした。多くの日本の中にあるコミュニティーを見ていても、有意義なルールのみならず、不毛でそのことにより自分たち自身の動きを制約してしまうようなルールを作ろうとすることが多い。
日本人はそういったマニュアルやルールに従っていることに対して安心を感じる民族なんだろうと僕は思っている。
それはそれで、いい部分もあるだろう。
その民族性故に日本は高度成長期を迎えることが出来た部分があるだろう。オートメーション化された工業システムなどもそういったルールマニュアルの運用の最たるものだろう。
だが、そこからはみ出た感性の人間にとって、「生きづらい」国でもあると思う。
世界的に大麻が規制緩和されている中、僕は残念ながら日本では大麻が解禁されることはないと思っている。大麻を「自己責任で」使用することを「是」とするより、ルールで縛って禁止にしておくことの方が、日本人にとって「楽」なことなんだろうと思う。

かくいう僕も、「銭湯の脱衣所でのスマートフォンの解禁」のための闘争をするつもりもない。
こっそりスマフォで待ち合わせの友人と連絡を取るだけだ。
そして店員に見つかって、スマフォは禁止です!!わかりました〜、と答えるだけだ。
違和感を感じながら、こっそりスマフォを使い続けるだけだ。
それは、ルールに流されている、と言えなくもない。



  1. 2019/11/23(土) 14:43:52|
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11月のスケジュールです

中村 真トリオ「RUBY」発売ツアーVOL.2
11/4(月)東松山 音蔵
11/5(火)浜松 ハーミットドルフィン
11/6(水)甲南山手 gallery zing
11/7(木)岡山 インターリュード
11/8(金)広島 ラッシュライフ
11/9(土)日田 中津江村民ホール
11/11(月)博多 バックステージ
11/12(火)松山 モンク
11/13(水)徳島 ゴトーズバー
11/29(金)南与野 Jazmal
中村 真、中村新太郎b、大村亘ds

11/20(水)池袋 P’s bar 中村 真、鹿野亮介as
11/23(土)四谷 Live Unten 45 石井信義gt、中村 真デュオ
11/26(火)三鷹 ウナマス 中村 真トリオ、越野振人b、小山田和正ds
11/27(水)上尾 プラスイレブン 中村 真、柳沢耕吉gtデュオ
11/28(木)赤坂 ヴェレラ 伊藤かおりvo、川本悠自b、長谷川学ds、中村 真
11/29(金)南与野 Jazmal 中村 真トリオ 中村新太郎b、大村亘ds
  1. 2019/10/16(水) 12:50:45|
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AIR SPLASH参加者に対してのメッセージです。

AIR SPLASHおよびLIVE SPLASH参加いただきまして、ありがとうございました。
10年ミュージックキャンプという形で行ってきたこれも、名を改め、今年から心機一転ゼロからのスタートとなったと思います。
一つだけ皆に伝えたいことがあるとすれば、AIR SPLASHを作ること、皆の参加は、AIR SPLASHを作ることである、そう思ってもらえたら、と思う。
与えられたサービスを受けるだけでは本当の意味での参画ではない。
ほんの少しでいい、AIR SPLASHという「作品」に「参画する」という意識を持って臨んでもらえたらな、そう思っています。
その意識を皆でもし共有できたら、AIRはもっと変わってくると思う。
そして、その意識の共有が、AIRからはみ出し、伝播していけたなら、それは、この国を良くする方向に働くと思う。
与えられた行政サービスを受けていること、ではなくこの国というものに対して参画している意識を皆が本当の意味で持てれば、この国はあなたの国になる。
僕たちはそんな意識を皆で共有できる社会を作るために、こんなとてつもなくしんどいことに取り組んでいるのです。
来期のAIR SPLASHにも是非参加、いや、参画してください。
あなた方のAIR SPLSHに。
  1. 2019/09/20(金) 14:52:32|
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初のAIR SPLASHを終えての、完全に個人的な私見。

AIR LIVE SPLASH 2019 終わりました。

11年目の今年は、しかしながら新たなるAIR SPLASHの開始の年でもある。
僕は、色んなことを僕個人に対する、や、僕個人が考える、から少しずつ離脱していきたいと、数年前から考えていた。

僕自身がレジデンス的な発想を持っていたのはもう中津江初年度の09年からで、ずっとそのことは考えていた。
アーティストが短中長期的に滞在して制作する場所を作る。
考えはミュージックキャンプという形で10年続いたが、それはやはり僕の理念を体現化する場所であり、主体性や、自主性は問われるものの、でも所謂トップダウンのアートキャンプであった感は否めない。
ではなく、僕自身は、レジデンスの中での制作にのみ集中し、参加アーティスト同士が学び合い、その過程の中で生まれてくる創作を吸い上げたり、ときには指導もするかもしれないが、あくまで理念のみを共有し、自由に創作活動をしていく、というArtist in Residenceという集いによりシフトしていきたい、と考えていた。
そもそも音楽家主導のレジデンスとはあまり聞いたことがないのだが。

初年度のAIR SPLASHはとてつもなくしんどかった。
未だかつて感じたことがないほどの精神的疲労を感じた。
無論それは、親父が死んだり、親友の死が令和の8月に起こったこと、また自分の家族間のトラブルがあったこと、諸々の要因があり、精神的にダメージを受けたまま臨んだこともあるかもしれないが、誰かに任せることと、自分で責任を取ることの狭間にあることの精神的ストレス、そして、誰もが即座に理解できるものではない理念を共有すること、それを押し付けではなく主体的に共有していくこと、に対しての、精神的な疲労は半端なかった。

自分でやること、決めることは簡単なんだな。
人が決めたことを承認し、最終的な責任を負うこと、は、いうは易しなのだが、そう簡単ではないんだな、そういうことを、改めて思い知った、AIR SPLASHでした。

また、アウトリーチが疲れた。
新たに運営に招いた元井は、様々な外部公演を企画してきた。彼は、ダンサーであり地元富山在住であるゆえに、新たなる息吹を我々にもたらしたと思う。
外部公演とアウトリーチの難しさ、わかってはいたけれども、改めて思い知った。
アートを知らない人、日頃触れることのない人に対して、妥協せず我々の信じる即興的なアートを伝え、しかしそれで知らない人たちを突き放さず、聞いてよかった、触れてよかった、と思わせる何かを作ること、そして主催である学びの森や、クライアントである出先を満足させること。どれか一つならば簡単です。全てをやることはとてつもなく神経を使うことだった。
ヘトヘトになる程疲れることだった。

初日から、普段の最終日ぐらいの疲れを感じながらやったAIR SPLASH
疲れ果てたけど、次へのステップは得た気がした。
新たなるステップへ、登っていける気がする。

50年近く、僕は生きてきて、そして30年近くプロとして音楽活動をしてきた。その歩みは常に茨の道だった。
これからも僕は自分の進むべき道を、切り開き続けるんだろうな。
果てしなくクライマーが登り得ぬだろう壁をそれでも登ろいうとするが如く。


  1. 2019/09/20(金) 13:14:30|
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AIR SPLASH TOYAMA 折り返し地点です。

AIR SPLASH折り返し地点まで来ました。
今年も様々なドラマが繰り広げられています。
10年継続してきたミュージックキャンプは、今季からAIR、アーティストインレジデンスと名を変えました。
にはたづみ(水たまり)は、SPLASHしていきます。
我々ゲストアーティストがAIRを作るのではない。運営委員会が作るのでもない。参加者各々が、このAIR全体を「作品」として捉え、皆がそこで生み出していく全ての事柄が、AIR全体を作り上げているんだ。そんな思いを育んでいきたい。そういう気持ちで11年やってきました。
毎年、疲れます。終わったら精根尽き果てています。
年を経るにつれ、疲れは増していきます。それは、単純に歳いったからではなく、AIR自身が多様化し、考えなければならないこと、やらなければならないこと、または、やれば簡単に進むことをあえてやらないこと、とか要素がどんどんと増えてきている、それもあると思います。
ラストスパート、頑張っていきたいと思います。
そして、9・15(SUN)14:00から、LIVE SPLASHにて、その創作成果を発表します。
GALIVEは、18:00から。
https://niwatazumi.org/live-splash-toyama/
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  1. 2019/09/12(木) 12:37:05|
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9月、10月ライブ

9/4(水) 南与野 ジャズマル 中村 真、中島朱葉as デュオ
9/18(水)新宿 J 長島百合子vo、中村新太郎b、中村 真
9/21(土)池袋 P’s Bar 中村 真、寺井雄一ts デュオ
9/25(水)上尾 プラスイレブン 中村 真、川村健(アコーディナ)デュオ

10/3~6 那覇 パーカーズムードジャズクラブ
10/10(木)上尾 プラスイレブン 中村 真、菅野浩as デュオ
10/16(水)池袋 P’s Bar 中村 真、石井信義gt
10/25(金)新潟 Monks mood Jazz Club 橋爪亮督ts、中村 真デュオ
10/26(土)群馬 スイングセカンド 橋爪亮督ts、中村 真デュオ
10/31(木)南与野 Jazzmal 長島百合子vo、北床宗太郎vln、中村 真

  1. 2019/09/01(日) 23:36:33|
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親父の思い出話

親父のことについて、いつか書きたいと思っていたことがある。
親父は、もはや数少ない、戦前生まれでした。あと数年早く生まれていたら、学徒出陣に駆り出されていて、そうなったら俺はこの世にいなかったかもしれない。
親父と戦争の頃の話は比較的よくした。
空母加賀の二等兵の水兵と親父は友達になり、お兄ちゃんお兄ちゃんと懐いていたそうだ。無論その水兵は、ミッドウェイで命を落としている。
親父を連れて家族旅行で沖縄に行くという話が出たのだが、最後まで親父は積極的に行きたがらなかった。
何故なら、小学校の同級生が、「疎開」のために、沖縄に引越しし、消息不明となったからだ。そういったトラウマは、80を越えた当時の親父ですら持っているものだ。
親父は、戦争を本当に憎むというか、思想的にも、当時の帝国の在り方等についても、否定的だった。
戦争を、生身で見ていた親父のその思想に対してぼくはリアリティーがある、一つの意見として聞くことができる。
ぼく自身の見解として、大東亜戦争は、当時の国際常識と照らし合わせて、日本がとった政策は、取らざるを得ない政策であっただろうし、その結果もたらした日韓併合などにおいて、害だけでなく、効もあったとぼくは思っているし、多くの「欧米」の国の植民地支配に比べれば、マシだったのだろうと思う。
が、だからと言って、日本の「罪」は、なかったのだ、という意見にも賛成し難いのだが。
俺の親父は、そういった先の大戦の体験談を語れる貴重な生き字引であった。
あと、ほとんど読めない漢字がなかった。凄まじい漢字力であった。
あれは昭和一桁にしかできないわ。
  1. 2019/08/16(金) 23:12:06|
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父である中村洋一こと、中村希山(尺八)が他界しました。

2019.8.12 午前10:50分ごろ、父親である中村洋一が他界しました。
尺八名は中村希山といいました。享年89才。大往生でした。
生前、皆様にはひとかたならぬご厚情を賜りまして、誠にありがとうございました。
父は、生まれた時から、死線をさまようような生き方をしてきました。
5才でトラックにはねられ、戦争中を生き延び、成人してからは慢性的な肝炎に悩まされ、2度の癌から生還し、そして89才で肺炎で倒れてからも、何度も危篤から回復し、その度に我々はやきもきしたのです。
低空飛行ながら、生命力を持ち続けた人でした。

7月に入り、父が倒れた時、僕はずっとツアー中でした。
音楽の仕事とは、親が死んでもその現場を離れることができない、ある意味冷酷で、シビアな世界です。無論、エキストラが立てられる仕事も多々ありますが、僕にはそのような仕事は少ない。
何度目かの危篤の時に、ずっと親父を面倒見てくれていた弟に、葬儀に立ち会えない可能性について話しました。弟は、立ち会ってほしいが、判断は兄に委ねる。が、そのようなことにはならないのではないかな、といった。その通りになり、我々兄弟三人は親父を見送ることができた。

父と僕は、それほどに関係が親密であったわけではない。
親父と二人で出かけたような記憶は皆無だし、話をした記憶もほとんどない。
音楽に対して深く語り合ったこともほとんどなかった。

ただ、僕と父のやることなすことはとても似ていたらしい。
売れるようなことに対して一切の興味を持たなかった。
母曰く、くだらない楽曲を書いて、東京のコマーシャルなシーンでお金になる仕事を得るチャンスはいっぱいあったらしいが、見向きもしなかった。
その代わり、半世紀にかけて自分の文字通り人生を賭けた全55曲にのぼる組曲「東海道五拾三次」を完成させた。
親父はそれを完成させた時点ですでに85を超えていたと思う。
楽曲のレコーデイングは、田辺 頌山さん、藤原道山さんはじめとして邦楽界のトップの面々にお願いしてのものであったが、それに親父は立ち会う体力はもうなかった。
数ヶ月に及ぶレコーディングに僕は立ち会える限り立ち会った。
僕はほとんどレコーディングに対して何も指示などしていない。ただ立ち会っただけ、ただそれだけのことをしただけですが、それが親父と僕との直接的な関わりの最も大きかったことなのではないかな、と思います。
その楽曲は古典的な邦楽のフォーマットに則っていて、特に難しい調性や調弦を使っているわけではないのだけど、ひたすら変な曲のオンパレード、どこかに何らかのひねりが加えられている。
アーティストに必要な集中力には、短、中、長期的なものがそれぞれ必要だと思う。
親父は、一生かけてそれに取り組むことができる、長期的な集中力を死ぬまで失わなかった。
本当に、死の直前まで、楽曲を書き続けた。
その一点だけにおいても、僕はアーティストとして、中村洋一を尊敬する。
おそらくは、僕は無意識のうちに父の背中を見て育ったのだと思う。
必ずウォーミングアップで演奏するメロディー、練習している、変なフレージング、ピアノを触りながら、ああでもないこうでもないと作曲している音。今思えば僕はそれらの音を無意識に取り込んでいたはずだ。

弟妹三人は京都大学法学部を現役で入学するほど勉強ができたこともあり、一流会社に勤め、現在では僕の年収ぐらいの月収があり、親の自慢の二人であるし、親父の最後をずっと面倒見てくれたことに対して僕自身も感謝している。

僕は彼らより一般的な通念から見れば、はるかに劣る存在ではあるが、こと父と僕、という二人の関係においては、ジャンルは違えど、父の跡をついだのは僕だ。おそらくはその部分においては、父は喜んでいてくれていた、と僕は信じている。

死の2ヶ月ほど前に、僕の東松山の新居に、中村の親族全員が集まって、バーベキューをすることができた。
妹家族四人、弟家族三人、僕と和音、そして両親。

また夏にやろうね、そう話して楽しい時間を過ごし別れた。

今となっては、その開催が出来たのもなんらかの思し召しであったと思う。

親父よ、安らかに眠っててくれ。
そして、覚えているかな?天国のピンクの柱のところで集合な。それまで待っててくれ。






  1. 2019/08/15(木) 17:15:08|
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8月のスケジュール

8/4(日昼) 池袋P’s Bar 中村真、津山遼ts デュオ
8/6(火) 上尾プラスイレブン 中村真、大村亘ds デュオ
8/10(土) 三鷹ウナマス 中村真、石川広行tp デュオ
8/28(水)吉祥寺ストリングス 伊藤かおりvo、中村真 デュオ
8/29(木)表参道Zimagine 石井信義gt、越野振人b、木村紘ds、中村真
  1. 2019/07/13(土) 05:59:03|
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