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真・の・ブログ

日常的な事、ちょっと考えさせられるような事、まじめな事、不真面目な事、料理の事自転車の事等々等々、音楽の事以外の事を徒然と書き綴っていくつもりです。 が、どうなるかはわかりません。

露玉もゆらvol.6に向けて 過去の自分をを振り返る

ソロは僕にとって日常の活動である。
コンサートはいえ特に気負うものでもなく、と言いたいところだが、やはりそれなりの規模の場所で演奏をする、しかも色んな人々の無償の助けを借りての演奏となると気持ちが変わらないことの方がどうかしている。
でもその中でも、演奏に向き合う時間だけは、日常の気持ち、少なくとも一つのコンサートで終わりではなく、連続する自分の活動の、一つの通過点に過ぎないという意識だけは持ち続けてやってきたつもりである。

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新大阪ムラマツリサイタルホールでの第一回目、開催するということ自体が僕にとって負荷のかかることだった。自分が通ってきた30代の10年を振り返るようなソロコンサートにしたかった。
30で上京し、キムサクをデビューさせ、そしてそれが解散し、ソロの活動を本格化させた。
それと同時に自己のトリオを模索した10年でもあった。キムサク解散と同時に様々なバンド活動をやめて自分の活動に集中した30代後半だった。
Youtubeにその時の模様がありますが、今見たら稚拙な演奏です。がその当時出来ることのすべてにチャレンジしていたと思う。

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2回目はその2年後、完全即興を二部制にしてやりました。
この頃は、多ジャンルのコラボレーションの活動や、space潦での実験や運営に明け暮れていた日々だった。その中で育んで来た自分の即興力を大舞台で試した。
当時の僕にとって完全即興を大きなコンサートでやるというのは一つのチャレンジだったに違いない。

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3回目は西宮の県立芸術劇場でやりました。
完全即興一本勝負に挑みました。
お客さんは四十人しか入らず、しかもそのうち半分以上がミュージシャンでした。
この即興に挑むにあたり、芳垣安洋さんのソロドラムのコンサートをspace潦で主催し、それに触れたことが大きな刺激になりました。
彼の1時間半の時間全く飽きさせないパフォーマンスを見せてくれました。
僕は彼が多くの若いアーティストにそれを見せたように、僕自身がピアノと格闘する様を彼らに見せたいと思った。

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4度目は逆にシンプルにスタンダードを歌うこと、にトライした。
僕的には良いピアノになればなるほど様々な響きからインスパイアされて、膨らむイメージは複雑になっていく。それをそぎ落としそぎ落とし、本当に自分がイメージしている音だけをつむぎたかった。が、どうしても欲目が出てしまい、いろんな音を弾いてしまった。そういう意味で悔いの残るコンサートだった。
言い換えると、より多くのものを得ることができたコンサートだった。

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東京での初めての露玉もゆらは自身の活動を総括するようなものとなった。
僕自身の活動を遮ってきたものは姿を消し、今は僕を押し出してくれる人、僕の後を歩むものしか周りにいない。
故に自分自身が自己の進むべきを誤らぬ為の自戒はより強く求められるようになったと思う。
もはや自分がやるべき道を進むのみなのだが、精神的な体力の衰えが未来必ずやってくる。その時に自分がそのことを気づき、その上でどうするかの判断をしなくてはならない未来を想定出来る。
つまり、自分をくじくものは自分以外に存在しない。という、当たり前のことがより明白になったコンサートだったと思う。


そして今回6度目のコンサート。
自分が露玉もゆらと別に長く続けてきたミュージックキャンプ〜AIR SPLASH〜LIVE SPLASHでの多ジャンルでの新しい芸術活動のあり方に対する模索、の自分のコンサートの中で初めてチャレンジしてみます。
僕の中で、自分の行ってきた活動が、それら一つ一つは別々の動きを成していたものが、初めて一つの交点となる、そんなイメージをこのコンサートに対して持っています。
ダンサーに上村なおか、そしてSEに柳沢耕吉を迎え、一つの舞台作品としての露玉もゆらに初チャレンジしてみます。
これはあくまでソロピアノのコンサートではあるが、舞台なのです。
今回のチャレンジにおいて、最も難しい役割を振られているのは上村なおかさんではないかと思います。
このコンサートにダンサーを入れたいと思った時に、真っ先に思いついたのはなおかさんでした。
SEにはLIVE SPLASHでもそれを担当してもらった柳沢くんにお願いしました。これらの人選は僕の芸術的直感からくるものです。柳沢くんは、彼の直感で僕のこの活動を把握してくれているだろう。そのことがはっきり僕には理解できます。理由は口で説明できることではない。

そして今回から、アートイメージを、長く僕のもとでやってくれた阿部智子から、高橋優くんにお願いすることにしました。
阿部はまた違う彼のワールドが、僕にとってとても良い刺激となります。
彼が提案した世界は「モノトーン」でした。
僕のピアノの特徴は、色彩感にあるだろうと思います。
しかし、彼は白と黒で色彩の多様性を表現しようとしたのではないかな?と思っています。


nakamura makoto live flyer

露玉もゆらvol.6 静かに、音を視る
ぜひ来てほしい。

2021.2.20sat.
於:和光市市民文化センター サンアゼリア小ホール

注:緊急事態宣言延長を受けて、開場時間が変更になりました。
17:30 当日券販売
18:00 開場 18:30 開演となります。
チラシ等と時刻に食い違いがございます。どうかお気をつけくださいませ。
Facebookイベントページ
https://fb.me/e/1Ua8ewYW6
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  1. 2021/02/12(金) 12:35:04|
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露玉もゆらvol.6 開始時刻の変更


露玉もゆらvol.6お越しくださる皆様方へ。
緊急事態宣言延長を受けて、開場時間が変更になりました。
17:30 当日券販売
18:00 開場 18:30 開演となります。

チラシ等と時刻に食い違いがございます。どうかお気をつけてご来場くださいませ。
万一その時刻では来られないという方がおられましたら、連絡くださいませ。
払い戻しをいたします。

よろしくお願いいたします。

http://makoppo081.blog52.fc2.com/blog-entry-1516.html


nakamura makoto live flyer
  1. 2021/02/06(土) 16:35:59|
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露玉もゆらvol.6~静かに、音を視る~ 開催します

nakamura makoto live flyer

大変な世の中ではありますが、不定期に続けてきたソロピアノのコンサートシリーズ、「露玉もゆら」の6回目のコンサートを開催します。



今回、初の埼玉開催となる露玉もゆらvol.6は、自分が露玉もゆらと並行して続けてきたミュージックキャンプ〜AIR SPLASH〜LIVE SPLASHで模索し続けてきた、多ジャンルでの新しい21世紀の芸術活動のあり方、を、自分のコンサートの中で初めてチャレンジしてみます。
僕の中で、自分の行ってきた活動が、それら一つ一つは別々の動きをしていたものが、初めて一つの交点となる、そんなイメージをこのコンサートに対して持っています。
ダンサーに旧知の上村なおかさん、そしてSEに柳沢耕吉くんを迎え、一つの舞台作品としての露玉もゆらに初チャレンジしてみます。

とはいえこれはあくまでソロピアノが主となる舞台だと思っています。

だがしかし今回のチャレンジにおいて、最も難しい役割を振られているのは上村なおかさんではないかと思います。
このコンサートにダンサーを入れたいと思った時に、真っ先に思いついたのはなおかさんでした。
SEにはLIVE SPLASHでもそれを担当してもらった柳沢くんにお願いしました。これらの人選は僕の芸術的直感からくるものです。柳沢くんは、彼の直感で僕のこの活動を把握してくれているだろう。そのことがはっきり僕には理解できます。理由は口で説明できることではない。

そして今回から、アートイメージとなるフライヤーデザインを、長く僕のもとでやってくれた阿部智子から、前回AIR SPLASHのフライヤーを担当してくれた高橋優くんにお願いすることにしました。
阿部はまた違う彼のワールドが、僕にとってとても良い刺激となります。
彼はあえて「モノトーン」のフライヤーを作りました。原画はモノトーンではないのだけど、色を使ってモノトーンを表現しているような原画でした。
僕のピアノの特徴は、色彩感にあるだろうと思います。
しかし、彼は白と黒で色彩の多様性を表現しようとしたのではないかな?と思っています。

こういう世相であるからこそ、アーティストは自らの進む道を示すことにより、人々に勇気と明るさをもたらすことができると信じています。
もちろん僕の活動もいつ停止せざるを得ない事態になるかわからない。それは受け入れる。
しかし自分自身が前を進む姿勢は、示し続けたいと思っています。それがアーティストの宿命だと思っています。

僕を挫くのは僕自身以外にはないのだから。

露玉もゆらvol.6 静かに、音を視る
中村 真ソロコンサート
2/20sat, 和光市民文化センター サンアゼリア小ホール
18:30開場  緊急事態宣言等により時間が変更になりました。
18:00開場 18:30開演です。
事実上開場の時点から演目が始まるような演出です。


一般三千円、アーティスト学生投げ入れ制


  1. 2021/02/01(月) 15:38:10|
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今年一年を振り返って。

今年一年を振り返ってみて。

僕にとって今年一年はとても充実した一年だった。

僕は今までの人生の中で、逆境を感じずに生きたことはほぼない。
常に向かい風を受けながら進んできたといっていい。
どうやってそれを乗り越えてきたのかは定かではない。
が、一つ一つの波をやり過ごしていく中で、体がそれを覚えていったのだろう。

芸術家として生きることと、それを商売にすることの二律背反について僕は30年間悩み続けたといっていい。
自分の表現の純度にこだわり続けた30年間だった。がそれで食べていくという一つの「矛盾」はしかし僕の中に存在し続けた。
そのわずかな感じていた矛盾が僕の中から消えた。
あらゆる意味合いにおいて過不足ない。

僕の芸術活動を保証するものは人々からの贈与かもしれない。人々からの好意かもしれない。はたまた人々からの情かもしれない。

僕自身が15年ほど前、自転車で旅をしながら演奏活動をすることに着衣した時と同様、僕は農業をすることに着意した。
自転車の旅も農業も芸術に関係がないように一見思える。が、それらは全て僕の中で繋がっていること。

それらは、自分の中の芸術に対する純度を自ら保証するためのことだったんだろうと、今になってみたら思える。
30代でそこに行き着いたことの経験値が、今僕が農業に行き着いていることがそうであることを僕に理解させる。

いずれにせよ今の僕は、何一つ足りてないものはないし、何一つ過剰なものもない。
僕にとって100%以上でも以下でもない。

着意し、現実化し、継続していく。そして生まれてきたものに対してありのまま見据え次のステップへ進む。
極めてシンプルなそのルーティーンの構築に30年の月日が必要だった。

僕の行く手を阻むものはもうない。
何よりも、自分自身の中に、自分の行く手を阻む要素がない。
それが最も重要なことなんだろうな。

  1. 2020/12/13(日) 11:40:58|
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ひとまず自分が頭がおかしくなっていることに気付こう

いよいよ人々の発言や行動がおかしなものになってきているように感じる。
無理もない。昨今の世の中において、これほどに恐怖心を肌に感じつつ生活していて、おかしくならないほうがどうかしている。
特に我々のような高い感受性を有するアーティストにとっては、生活や、見えない未来に対しての不安を感じて当然だ。

だが一つだけ覚えておいてほしい。
今あなたが感じている、不安や、怒りや、失望、そういったあなたをネガティブに駆り立てるその感情は、本来のあなたの持っている感情ではない。
おかしくなったあなたが持っている、感じている感情なのだ。
多くの人々は、自分が「おかしくなっている」ことに気づいてない。
故におかしな言動をし、おかしなルールを作り、怒り、失望しているのだ。
決してあなた自身がが悪いわけではないんだ。そのことを僕は声を大にして伝えたい。
もしあなたが首をくくろうとしているとしたら、それは本当の自分のしたいことではない。おかしくなった自分が取る誤った行動なんだ。

病気で死ぬのは止むを得ないこと。しかし、これまでコロナで亡くなった人々の総数と同じ数の人が1ヶ月に自殺している。

正常に物事を判断できていると思っている人も、よく自分を振り返ってみてほしい。
おかしな行動していませんか?おかしなルールに従ったり従わなかったりしていませんか?人の行動に対して批判的になってませんか?よくわからないけど悲しい気持ちを感じてませんか?

不安は対立構造を生む。そして争いが生じる。

コロナどうでもいいと思っている人も、コロナに怯えている人も、本当に恐ろしいことは、対立し、憎みあうこと。

どうでもいいならば、マスクぐらいしてもいいだろう。
意地をはる必要はない。
また、それを怯えない人に対して、怯えることを強要することは出来ない。マスクしたくない人にマスクをつけさせることは本来出来ないことのはずだ。

僕は、コロナ対策なんかどうでもいいと思っています。が、僕がどうでもいいと思っていることを他人に強制はしない。
でも僕は僕に何かを強制する人がいたら僕はその強制を受け入れるだろう。

なぜか?

そこで対立を生むことの方が、はるかに重要な問題を生じるから。
その人の強制を受け入れることは、僕にとって敗北ではない。僕にとって敗北は対立構造を自らの手で作り出すことだ。

僕は、コロナに翻弄されないが、コロナにあらがわない。

コロナで生じるあらゆる不思議な出来事に対してあらがわない。


でも僕は翻弄されず我が道を行く。
コロナは僕を挫くことは出来ない。
僕は僕自身が取る行動を確信している。それがアーティストのあるべき姿だ。

2021初頭、僕は久しぶりの大きなソロツアーに出る。

1/13wed 石垣島すけあくろ
1/16sat 西表島 Luana Mele Iriomote
2/9tue 美濃 Dianjelo
2/10wed 浜松 ハーミットドルフィン ゲスト:鈴木麻美vo
2/11thu 名古屋 bar Lamp
2/12fri 甲南山手 Gallery Zing
2/13sat 岡山 インターリュード 遠藤マリvo、中村 真デュオ
2/14sun 松山 Monk 昼:やにわにセッション(名称仮)、夜中村 真ソロ
2/20sat 和光 サンアゼリア小ホール
2/26fri 福島 Harvest
2/27sat 仙台 Roots
2/28sun 南陽 2632
3/5fri 新潟 フラッシュ
3/6sat 会津 太郎焼総本舗
3/7sun 黒磯 割烹石山教会



  1. 2020/11/28(土) 19:02:10|
  2. 徒然と
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11月からのスケジュール

11/7sat. 茅ヶ崎 storyville 伊藤かおりvo、中村 真duo
11/20fri.南与野 Jazzmal 中村 真trio、富樫マコトb、大村亘ds
11/12thu.池袋 P’s bar 中村 真、津山遼ts duo
11/13fri.上尾 pluseleven 中村 真trio、沢田穣治b、沼直也ds
11/29sun.与野図書館視聴覚室 やにわにセッション 津山遼ts、箙こうたろうgt他
11/30mon.淡路町 Lydian 長島百合子vo、中村 真duo
12/5sat.池袋P’s bar 中村 真、鹿野亮介as duo
12/11fri.茅ヶ崎 Jam in the box マリア・エヴァvo、中村 真trio、落合康介b、大村亘ds
12/18fri.上尾 pluseleven 中村 真、LUNA(vo)、後藤篤tb
1/7thu.上尾 pluseleven 中村 真trio、落合康介b、大村亘ds
  1. 2020/10/29(木) 13:35:54|
  2. ライブの事
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AIR SPLASH2020を終えて。

AIR SPLASH 2020無事終わりました。
思えば、十二回ということは、干支が一回りしたということだとふと気づいた。

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僕は12年前、ミュージックキャンプに5年の計を立てていた。
種をまき、芽を出し、茂り、実り、収穫する。
その考えは甘かった。とてもじゃないがそんなことではなかった。
中津江が2年目で頓挫し、その後0以下からの再スタートを切った。
上野賢治の自宅、蛍庵での地味な開催。完全に赤字になった唯一のキャンプ。
その翌年からは上野賢治の芸術村音楽監督就任に伴い、経済的には恵まれた開催となった。芸術村での作品発表のためのCreationという名目で湯涌創作の森が限りなく無料で使えたからだ。

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その3年間で、湯涌創作の森の宿泊キャパシティーを超える参加者が増えたこともあり、場所を魚津へ移すこととした。
実は中津江がダメになったその年に阿部智子と魚津を訪ねた。
学びの森の柏原さん、山田さんと僕の構想を話しあった。
当時の僕たちにはまだ魚津での開催は実力不足だと感じた。
4年後、再び学びの森を訪ねた時、柏原さんは僕に、お、戻ってきたな、と声をかけた。
彼らは僕たちが力を蓄えるまでの4年間を待っていてくれた。

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アーティストインレジデンス(AIR)の構想は中津江時代からずっと保ち続けていた構想だった。今思えば半ば僕は中津江ホールに「レジデンス」していたようなものだった。
当時は綾戸智恵のツアーや、自身のソロ自転車ツアーなどで全国を転々としていた。そのついでに中津江ホールで好きなように練習していた。それに集ってきたのが和田 いづみや宮本 裕子、本多千紘などのメンバーだった。

昨年からミュージックキャンプはAIR SPLASHと名を変え、文字通りタイトルにレジデンスの名前を冠した。
去年はそれがうまく機能したと思わない。その意思の統一も取れていなかった。
もちろん僕は、その意思を共有しようと思っていたが、そう簡単にそれが成し得ることではないことはわかっていた。
運営委員会ですら、その認識は希薄だったろう。GAも然り。ただ唯一上野賢治だけは僕の考えを理解している。と思っていた。

その上野賢治と今回のAIR SPLASHでは激しく口論になった。
厳密に言えば、僕が一方的に賢治をなじった。12年間の、いや自転車の旅からの付き合いを含めると2006年からの付き合いの中で、彼と言い争ったことなど一度もなかった。
参加者が流動的なAIR SPLASHにおいて、それがその中でのLIVE SPLASHのクリエイションであるというスタンスと、AIR SPLASH自体が作品であるという我々の意思と想い、それでいてLIVE SPLASHという、AIR SPLASHという作品の中での一瞬の「きらめき」の時間を、それに直接参加するしないに関わらず「作っているのだ」という意識を育むこと、その思いを上野賢治と共有できていないと思った。だからなじった。
いや、彼は絶対に理解していただろう。わかった上で僕の一番言われたら嫌なこと、一番悩んでいて腐心している点に踏み込んだ。
推測に過ぎないが、賢治には賢治の意図があったと思う。それが何かは今の僕には明確にはわからない。

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12年も続けてできるようになったことはたった一つかもしれない。
それは、ミュージックキャンプが、AIR SPLASHが、何なのか?
それをほんの少しだけ可視化し、言語化することが、ようやく出来かけている。

12年を振り返り、最初の2年はオープニングセレモニーだった。
金沢で始まったミュージックキャンプはその4年間で芽を出した。
魚津に来てそれがどうやら「木」らしいということが見えてきた。
そして、一回りした今、「木」であることが明確になった。

来年から茂らせ、実らせ、収穫することが、できるのだろうか?

きっと出来るだろう。
ただこの12年の経験でわかったことがある。
それは、「何かを為すには自分が思っているよりももっと時間がかかる」ということだ。

100%の善意によりAIR SPLASHは運営されている。
協賛者の善意、運営委員会の善意、学びの森の善意、そしてゲストアーティスト含む参加アーティストの善意。
持ち寄られた贈与、知性を持ち寄り分かち合う。

そういう言葉が、具現化した12年目だったと思う。


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  1. 2020/09/25(金) 15:56:06|
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AIR SPLASH協賛二次募集のお願い

AIR SPLASH協賛金2次募集を行いたいと思います。

現在までに約100名の人が協賛くださいまして、140万円ほどの協賛金が集まりました。

これら全ては贈与です。
そして我々運営委員会は、それに対して文字通り365日手弁当で準備をし働いてきました。
それも、我々の贈与です。
そして、僕たちは、その場所に、自分たちの知性を贈与します。
そして知性を与えあった参加アーティストは、それを自らのフィールドへ持ち帰り、社会生活の中でそれを還元していく。

アートという非生産的なものが社会へ還元できるものは、それは知性と美の紹介以外何もない。

僕は21世紀は精神主義の時代が来ると思っている。それは、お金に市場の価値を求めている資本主義の理念ではなく、精神的な価値に対して重きをおく時代が到来すると確信しています。

その縮図がこのAIR SPLASHなのです。

参加者が確定した今、約20万円ほどの資金が不足しています。

もしよろしければ、協賛を直前まで、いや期間中も含め受け付けております。

よろしくお願いいたします。





AIR SPLASHを今年も開催したいと思っています。
2020.09.13(日)~21(月祝) 富山県魚津市新川学びの森

今年はコロナ禍もあり、多くのアーティストは職を半ば失ったと同然です。僕自身も演奏の機会は8割減った上に、演奏機会があってもお客さんは8割減りました。
そんな中ですが、芸術のともしびを絶やしたくない、との思いで、AIR SPLASHを開催したいと思っています。
AIR SPLASHは、若きアーティストを育てていく畑のようなものだと思っています。
12年間継続させてきたこのプロジェクトは、ぼくの知性を贈与し、また参加者の知性を贈与しあう、新しい社会のあり方を提案しているとも思っています。
此度の世の中の混乱は、結局人々一人一人が、考え、判断する力を失っていることに起因していると僕は思っています。

僕は21世紀はアートが人々の知性を育んでいくと思っています。また、それを育むのが僕に与えられた使命だと思っています。
無論僕たちは小さな集団です。できることは限られているけど、それでも前へ進むしかないし、進まなければ何も始まらないと思っています。

今年のAIR SPLASHは、そういった職を失った若きアーティストが無理なく参加できるように、参加費を「投げ入れ制」というシステムを導入します。
これは、経済力に応じて、無理なく参加費をお支払いいただく、というシステムです。場合によっては無料でも参加可能です。

その開催のために僕は幅広い人たちに協賛を呼びかけています。

もし趣旨に賛同いただけるようでありましたら、協賛お願いできないでしょうか?


・僕たちがAIR SPLASH中で創作する作品をyoutubeで限定公開します。
・また、キックオフイベントとして2020 年9 月13 日( 日)19:00~21:00 オンラインミーティングを予定しております。
・また、AIR SPLASH期間中、AIRのメインコンテンツである19時からのセッション&ディスカッションをyoutube中継いたします。

何卒ひとつよろしくお願いいたします。

★★★支援の窓口★★★
●「かるふぁん」(税制優遇あります。詳しくはお問い合わせください。)
https://culfun.mecenat.or.jp/project/fund/detail/2549
●「Pay Pay」※PayPayご利用ご希望の方はご一報ください。airsplashtoyama@gmail.com
●「Pay Pal」https://paypal.me/airsplashtoyama?locale.x=ja_JP
●「Peatix」※クレジットカード・コンビニ決済が可能です
https://airsplashtoyama2020-meeting.peatix.com/
●「口座振込」※ゆうちょ銀行にお振込下さい
口座名義:AIR SPLASH 運営委員会(エアースプラッシュウンエイイインカイ)店名:〇一八 (ゼロイチハチ)支店店番:018預金種目:普通口座番号:8236117(記号:10140)
  1. 2020/09/03(木) 10:52:09|
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AIR SPLASH協賛者からの疑問に答える。

AIR SPLASHに協賛いただいた方から、AIRについての疑問をいただきました。

この疑問に答えることは、AIR SPLASHを紐解く上に置いて重要なことかもしれないと思うので、公の場で回答したいと思いました。

>私が疑問に思うことは二つあります。
一つは参加者の参加費の投げ入れ制です。
自分の身になることなのだから、参加費をきちんと払うことが望ましいとおもいます。
しかし、投げ入れということは、「払わない」ということでは無いはずなので、それもありなのかもしれない、とも思ってます。

AIR SPLASHは、単なる学びの場、実験の場のみならず、新しい社会のありかたに対しての、一つの提案であると僕は考えています。
僕の考えている新しい社会とは、精神主義の時代、であり、そこには贈与の概念が広く浸透する。
資本主義の社会における最も重要な価値は金であるが、精神主義の世界において最も重要な価値は、知性ではないかなと思っています。
AIR SPLASHでは参加者同士、もちろん上に立つ我々旧ゲストアーティスト的な立場の人間が、導きつつ、知性を贈与しあいます。
そして、その場所を資本主義の社会の中において成り立たせてくれているのは、協賛者の金銭その他の贈与です。
そして参加者は、参加費用を払うのではなく、贈与としての金銭を、払える範囲で払ってもらう。
協賛者にいくら払ってもらうか、を僕たちが決めることができないのと同様に、僕たちは、参加者からの協賛に対しての参加費用を定めるをよしと思わなかった。

無論、参加者の中には金に余裕があるにも関わらず支払わない人もいるだろう。
実際にスペース潦運営の時に、大金持ちの画廊が投げ入れを解さず、無料で使って行ったこともあった。
そういった事はこのAIR SPLASHでも起こり得る。だが、そういったことを、参加費を定めることにより、避けていたとしたら、それでは本当の主体性は育まれない。
もしAIR SPLASHの参加費を金銭的に余裕がある人が投げ入れなかったとしたら、まだまだ我々の意識がそこまで浸透していなかったと、自分たちを省みるでしょう。






>もう一つは、場所です。
ほとんどの参加者が首都圏周辺ですよね?
良い環境を、とても安く自由に使用できるということは素晴らしいのだと思うのですが、
もっと、参加しやすい場所を考えていくことはできないのでしょうか?


僕は、場所、と同時に、その場所の「人」と一緒に作っています。
中津江には大沢さんが、金沢には上野賢治が、そして魚津には山田さんがいます。
それは、場所の施設以上に重要な要素になる。
金さえ出せば、それこそ都内にもっといい施設はあるだろう。でも、我々のプロジェクトに賛同し、そしてともに作っていけるという意識を共有できる人に出会う事は金銭ではできない事です。

AIR SPLASHは、僕が2006年に始めた自転車の全国ツアーに端を発している。それは今思えば、人と出会うための旅だったと思う。
そうして得た「友」と僕は一緒にプロジェクトをやっています。

また別の意味もある。

本当に何かを得たかったら、魚津まで来いといいたい。
そこに来るという事、それだけで一つの覚悟のハードルを超えている。
都内のワークショップに行くのとはワケが違う。
ぼくは、魚津に来た事、それ一つとっても、来る前、と来た後、は違っていると考えています。

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  1. 2020/08/21(金) 10:39:54|
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今年もAIR SPLASHを開催します。

今年もAIR SPLASHを開催します。

僕が、生ぬるい大阪のジャズシーンに嫌気がさして東京に出てきて約20年になります。初夢と希望を抱いて上京したのですが、そこで見た現実は、やはり馴れ合いと惰性に満ちたものが大半でした。
自分自身の芸を磨くこと、と、自分自身が社会的ステイタスを得ること、の区別がついていないアーティストもどきと、他人幸せを願っていそうな顔をして人の足を引っ張ることしか考えていない業界人たちが大半でした。
ある意味において「産業」としての音楽の規模が大きな分、大阪よりも罪深き現実がありました。

僕はそういった現実を、明確に捕らえられていたわけでもなく、またそういった現実に翻弄されていなかったわけでもない。
ただ、漠然と疑問を持った。2006年に僕は自転車での日本一周のソロピアノの旅に出た。
なんの意味がある行動なのか?ただやりたいからやっただけ。それが何をもたらすのか、何も考えずにやった。
でもそこから今につながる全てのことが始まったと思う。

今思えば、そのこと、自転車でツアーすることそれ自体に意味があったのではない。
自分の足で動いて、自分の目で見て、自分で考えて行動すること、に意味があったのだ。

そしてそうやって自分自身の道を歩もうとすると、それに共感し、賛同する人たちが集まってくる。もちろん、30代の僕はあらゆる人々から批判され、「出る杭」として打たれまくった。が、同時にそれと同じ数の共感を得た。

僕が出た旅は、自分自身の道を見つけ、そしてそれに対して邁進すること、を教えてくれたんだ。

僕がAIR SPLASHで伝えたいこと、それは、突き詰めたらそれだけなのだ。

多くの人々は自分と他人を比較し、嫉妬して生きている。
そしてそのこと自体が自分自身を苦しめていて、本来進むべき道でない方向に自らを追いやる。
さらにこのコロナ騒動により、人々はさらに自分自身の進むべき道を見失っている。
珍騒動の数々。政府の迷走しかり、市民の混乱しかり。

人が生きる、ということはどういうことなのか?が必然的に問われているのだ。

生きること、は死ぬことのアンチテーゼではない。

今年もAIR SPLASHを開催します。
昨今の社会事情を鑑みて、開催をどうするかが討議なされなかったわけではない。
だが運営委員会の誰も積極的な中止を口にしなかった。

意地でもやる、ということでも、昨今の社会情勢に対しての反骨精神で行うのでもない。

ただ、自分たちの道を粛々と歩むだけ。

無論昨今の社会事情を鑑み、最大限の注意を払っての開催です。

参加アーティスト募集しています。

そして我々の歩む道に共感してくれる協賛者も募集しています。




A4_bフライヤー最終
  1. 2020/08/12(水) 15:16:25|
  2. にはたづみプロジェクト
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心技体の充実を感じる。

元々演奏の調子の浮き沈みは無い方ですが、今、僕は演奏が絶好調です。
特に練習しているわけではないし、まあそもそも練習しませんが、何というか、エナジーをフルチャージ出来ている、常にフルチャージの状態で演奏に臨めている、そんな感じです。

芸術家は、やりたいことをやるのではなく、やるべきことをやるのが仕事だ。
もう少し言うならば、芸術家はやるべきこととやりたいことが等しいというピントに合わなければならないのだと思う。
薄々50代が一番いい仕事ができるのではないか?そう想像していた。
技術、体力、精神力、それらすべてが、自分の中できっちりとした100%、というような枠組みにぱちっとハマりつつある感じがする。
それらは99%でも、101%でもだめなのだろう。
そしてその100%は、言うまでもなく、自分の100%なのだ。
他人のそれと比較するものではない。

演奏の現場は減りました。僕はそれでいいと思っている。
経済規模を縮小していきていけるような生活システムを作ってきたこともある。

農業等をしながら、芸術の純度を担保しながら生きていきたい。

今僕は完全にニュートラルなのだろう。






  1. 2020/07/18(土) 11:34:05|
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新型水虫?!

実は、右足の指に水虫があります。数年前に爪水虫を完治した指なのですが、一年ほど前に普通の水虫が発症しました。

水虫は症状が改善してからも数ヶ月間は投薬しなくてはなりません。
爪水虫に至っては、症状がなくなってから、一年間ぐらい投薬しなくては治らないのです。
僕はその爪水虫を投薬により完治させたことがある、いわば水虫のプロです。
一年前に発症して、それは数ヶ月の薬品の塗布により完治したかに見えた水虫は、半年後に勢力を拡大し、再びやってきました。
それが、今年の2月ぐらいの話だったと思います。
色々ばたついていて、医者に行けずにいて、3月ぐらいに医者に行きました。いつものテルビナフィンを投与されました。
ところが、通常水虫は、薬を塗り始めて一週間ほどで症状は治まり、ひと月もすれば、健康な部位となんら変わりのない見た目に変化します。
ところが、ひと月塗っても症状に変化がないどころか、幹部は拡大してきて、親指の根元まで広がりました。
かゆみも収まらず、皮の剥けも無くなりません。
それでも根気よく2ヶ月塗り続けたのですが、ついに今日皮膚科の門を叩きました。

先生に経緯を話すと、実は最近テルビナフィンに耐性のある新型水虫がインドを中心に流行っているとの話!!僕はインド渡航経験があることを述べると、先生は目を丸くして、その学説の正しさを自分の目で確認できたことに対する満足と、自分の診断の正しさに満足した表情を浮かべました。
今後日本で新型水虫が爆発的に広がったとしたら、その宿主は、僕かもしれません。
悪しからず。



アスタット軟膏に切り替えました。

テルビナフィンが余っているので、欲しい方は譲ります。




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  1. 2020/05/18(月) 22:23:47|
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家庭菜園三年目

我が家の野菜。
元々あったアスパラガスの苗は三年目でまだ収穫できる。それほどの収量は期待できないが、サラダのおまけ、ぐらいには例年取れている。
昨年秋に種まきした絹さやは、順調に育ち、何とか収穫にこぎつけた。市販の一袋、くらいは毎日取れている。これらは値段の高い作物なので、そういう意味では「元」が取れている。
ラディッシュは昨年、実は付かず、葉っぱは虫に食われ、惨憺たる結果となったので、この、まるで売り物かと見紛う立派なものの収穫はとても嬉しい。

2018年に今の東松山の広い一軒家へ引越しした。ドクダミとミントだらけの荒れた空き地が敷地内にあったので、開墾した。
農業など何一つ知らない。
畝だて、という言葉も初めて知った。
ただ、昔から農業に対する憧れを持っていた。

家庭菜園を始め3回目の夏野菜を植える季節。
失敗を常に繰り返しチャレンジしてきた野菜づくり。
こんな世の中になったので仕事もない。逆に徹底して農業に対するスキルを身につけてみたい。

立派な野菜を作ってみせますぞ今年は!!




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ジャガイモの芽

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玉ねぎと絹さや

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とれたてのアスパラガスとラディッシュと絹さや
  1. 2020/04/27(月) 14:11:47|
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三鷹UNA MASがクローズします。

長年お世話になった、三鷹UNA MASが閉店することになった。
上京して少し落ち着いて間も無く開店したUNA MASには、世代を越えた友情でつながっている原大力dsさんの紹介で出演した。
それからというもの、ぼくを毎月出演させてくれる限りなく珍しい店だった。
UNA MASは、店の好みでしかブッキングをしない、今時珍しい店だった。
言い方を変えると、開放的な店であったとは言い難いが、ぼくは店というものは、自分の能動的な哲学に則って運営すべきであると思っている。
北海道のとあるライブハウスに、ぼくが自分のソロのアルバムを送り、ツアーさせてくれと言ったら、店から、好みではない、と言われたことがあった。ぼくは店とはそうあるべきだと思っている。
そういう意味では、UNA MASは、稀有な店だった。

ママはぼくのことをとてもよくしてくれた。
山形出身で、山形大好きなぼくとしょっちゅう山形について話をした。
ここ、という記念の日には、気の利いたWEDGEWOODの飾り皿をプレゼントしてくれた。
和音が生まれた年には小さな鼠のプレートをくれた。
それから干支が一周回り、店は無くなる。

残念ではある。が、ミュージシャンとは基本的に孤独なもの。我が道を歩むのみ。
新太郎さんがぼくのトリオを去ったことも同じ。
ぼくは、また自分のこれからの歴史を自分の手で作っていくのみ。

沢口さん、長い間ありがとう。これからも元気でいてください。

  1. 2020/04/26(日) 13:55:51|
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不安は恐怖を呼び、恐怖は怒りを呼ぶ。そしてその先には対立が生まれ、差別が生まれる。

この件に関して自分の論旨を述べることを極力避けてきました。
その理由は、混沌に対して新たなる雫を垂らすことは、さらなる混沌を招く可能性があるからです。
例えていうならば、集団即興をしている時に、場が混沌としている時、さらなる音を放つことはさらに混沌を増す恐れがある、というのと似ている。

みんなおかしくなっている。無理もない。感染するかもしれない恐怖はもちろんのこと、今、未来に不安を持たない人はいないだろう。
漠然とした不安と、怒り、そして悲しみを感じていない人はいないだろう。
それらは人の心を狂わせる。
思想的に、感覚的に、市井の人々よりも先んじている我々アーティストですら、おかしくなっている。

かくいう僕もおかしくなっている。
朝起きた時、言い知れぬうつ的な感覚に襲われる。
無理もない。
静かな、ただ鳥のさえずりだけが聞こえる、温かな朝の目覚め。
本当に幸福な目覚めですら、それが虚構なのではないだろうか?そう思わせてしまう自分の心の中の狂い。

多くの人々は自分がおかしくなっていることに気づいていない。
不安は恐怖を呼び、恐怖は怒りを呼ぶ。そしてその先には対立が生まれ、差別が生まれる。
そして争いが生まれる。

そうなってはならないのだ。

多くの、おかしくなった人が、ネット上で様々な発信をしている。
それらのほぼ全ては、良かれと思って発言し、行動している。
が、その発言や行動は、発信者の思惑とは違い、必ず誰かの不安と恐怖を煽っている。
先日の中村の考え、今アーティストが為すべきことのなかに、言霊について書いている。
言葉は発せられた時点で自分のものだけではなくなるのだ。

不安と恐怖に駆られ、そして生み出された怒りにより、自分自身が狂っていることをまず知らねばならない。
そして、もっと感じ、もっと考えて発言しなければならない。

冷静に発言することが大事なのではない。
冷静でいることが大事なのだ。
世の中が狂っていることを冷静に指摘することが今必要なことではない。

みんなおかしくなっていることも、無理ないことなんだ。

自分と違う考えを持っている人がいて、自分と違う行動をする人がいることも無理ないことなんだ。

そして、それに対しておかしな発言をしてしまう人がいることも、無理ないことなんだ。

何よりも大切なことは、狂った頭が作り出す対立と差別を避けることなんだ。

もっとちゃんと見て、もっとちゃんと感じて、もっとちゃんと考えなければならない。



  1. 2020/04/18(土) 11:50:28|
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現在の僕の本当の意味での危機とは。

あえて僕たちの仕事という言い方をしない。
僕はミュージシャンの中でも仕事のやり方は特殊だと思うし、立場は人によって全然違う。一括りにミュージシャン全般の話としてしてしまうと、迷惑をかけてしまう人もいるかもしれないからだ。

今現在僕の仕事はゼロに等しい状態になっている。まあそれは仕方ない。
僕自身は消費を限りなく抑える生活システムを作り上げていたので、直ちに経済的に立ち行かなくなり、家を売って、とかということにはならない。そのこと自体に先見の明があったというのはいささか買いかぶりではあるが、消費を限りなく抑える生活システム、それすなわち社会依存を減らす、ということに他ならない。
つまりそれは様々な社会的な浮き沈みに対して影響を受けにくくなる。

その上で、僕の大変さ、に対して述べたいと思う。

緊急事態宣言が出され、多くの企業や店舗が閉店している。僕のライブ自体も全てなくなった。しかしそれがなくなったことにより、経済的な損失は少ない。それどころかライブを開催した方が経済的損失が多かった。
まあそれはともかく、多くの飲食店などの店舗は、コロナ収束と同時に平常通りの運営ができることだろうと思う。

ところが僕は、そうは出来ない。

何故ならば、今本来ならば、7月8月の仕事を作っていなければならない時期であるにも関わらず、動くことができずにいるからだ。
いま、ツアー組もうとする動きを取ることも、難しい。相手あっての事柄。そのことを提案すること自体憚られる風潮もある。
つまり、僕は収束しても自分の仕事は何一つなく、そこから仕事を作っていくところから始めなければならない。

また、9月にはAIR SPLASHがあるが、これらは企業協賛や個人協賛により成り立っているが、その協賛金を集めることに対して、積極的に動くのが難しい。
それこそ声をかけるのも憚られる。高松建設ぐらいの大企業ならばまあいいだろうが、個人事業の協賛者に対して、お願いしづらい。
また、参加アーティストも大幅に減ることが考えられる。
そうなると、僕は昨年のAIR SPLASHに関しては、僕はノーギャラで開催しましたが、今年は持ち出さねばならない可能性すらある。

そもそもこの先の具合を見れば、AIR SPLASH開催している場合ではないという風潮が生まれるかもしれない。


僕個人に対して、援助を申し出てくれる人たちは数多くいる。
それはありがたいが現段階において、僕自身の生活を助けてもらう必要はない。
が、未来の起こりうる様々な困難を、どうか助けてほしい。
金銭に余裕がある人は、AIR SPLASHを助けてほしい。
そして、僕のライブをキャンセルしたツアー先の人たちは、よければ僕にブッキングの手助けをしてほしい。
多くの僕を支援してくれている全国の支持者の人たち、よかったら僕に声をかけてほしい。

僕にとって災厄は、この災厄が終わってからもずっと続くものなのだ。
  1. 2020/04/11(土) 17:32:43|
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4月5月スケジュール

4/6(mon.)淡路町 リディアン 長島百合子vo、中村 真pt
4/21(tue.)赤坂 Dot and Blue 石井信義gt、中村 真pt
4/22(wed.)茅ヶ崎 ストーリーヴィル 中村 真トリオ、落合康介b、服部正嗣ds
4/26(sun.)上尾 プラスイレブン 中村 真ソロ

5/13(wed.)南与野 Jazzmal 中村 真トリオ、落合康介b、大村亘ds
5/14(thu.)那覇 Perker’s mood jazz club 伊藤かおりvo、中村 真デュオ
5/15(fri.)那覇 Perker’s mood jazz club 中村 真トリオ、川本悠自b、Sebastiaan Kaptein ds.
5/16(sat)那覇 Perker’s mood jazz club 城間 功介gt、中村 真pt デュオ
5/17(sun.)那覇 Perker’s mood jazz club 石井信義gt、浦谷仁美b、佐久間恵美ds、中村 真pt

5/26(tue.)三鷹 ウナマス 中村 真pt、石崎忍as デュオ
  1. 2020/03/30(月) 21:59:23|
  2. ライブの事
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聡子へ 小生の幼少の頃のあだ名


聡子へ

元気でいるだろうか?
此度は小生が小学生だった頃の話をしようと思う。
ある日、バヨリンのお稽古を付けてもらう為にご近所の先生のお宅へ自転車を走らせておりました。
いつもの砂利道、岸上くんの家のバナナの木を左手に見ながら、鵜川くんの家の前へ出る細い路地のあの道です。
見馴れたその道中に、何やらキラキラと輝くものが目に入ったのです。
最初、鏡か何かだろう、そう思い、自転車を止め手にとって見たところ、思いの他重い、金属のプレイトだったのです。
バヨリンの先生のところへ到着し、そのプレイトを見せたところ、表面に「pt 500g」と書いてありました。
先生は、ptとは、白金のことだよ、と教えてくれました。
しかし、まさか砂利道におもむろに白金のプレイトが落ちていることなど、あり得るわけもなく、恐らくは白金のプレイトの造り物だろうと我々は思ったのです。
稽古を終え家へ戻り、一応は父母にその造り物の白金のプレイトを見せたところ、念のために警察へ届けようということになり、警察へ届けたのです。
警察官もこれは造り物だろう、と思ったのですが、何と翌日に、その造り物であるはずの白金のプレイトは、本物のプラチナの延べ棒五百グラムであることが判明したのです。

その延べ棒の持ち主であるおばあさん、仮に舟さん、としましょう。
舟さんは、よくあるおばあさんが買い物に行く時などに引いていく、車輪つきの手押し車の底に、その延べ棒を、10本も入れていたそうです。
それを押して自宅へ戻った時に、その延べ棒の重みで手押し車の底が地面に擦れて、延べ棒のうち5本ほどが地面へ落下したそうです。
慌てた舟さんは、来た道を引き返し、5本のうち4本は回収したのですが、一本だけどうしても見つけることが出来なかったのだそうです。それはそうです。その時その延べ棒は、小生のポケットに入っていたのですから。

めでたく延べ棒は舟さんの元へ帰っていったのですが、拾得物に対しては謝礼を支払うという決まりごとがあります。一応一割と世の中では思われていますが、実は五分から二割の謝礼を支払うべしという決まりになっております。
その延べ棒は、当時のお金で百七十五万円相当の価値があるものでした!!
おばあさんは、申し訳なさそうに、五分の謝礼で良いか?と申し出ました。
当時小学五年生であった小生には何の判断もつきませんでしたが、小生の母親はきっぱりと、そう、きっぱりと、「十万円で」と言いました。

のちに母親は、延べ棒を十本も、つまり一千七百五十万円分も持ち歩ける舟さんは、お金持ちに決まっているのだから、少しぐらい大目に謝礼をもらっても何も憚ることはない、と言いました。

小生は、この一件により、朝日新聞に記事として掲載していただくことになりました。
小生は十万円のうち二万をどこかに寄付をして、残りの八万円を貯蓄するということにしたのですが、その旨も記事となりました。
それ以来小生のあだ名がptとなったのです。

聡子の幼き頃のあだ名は何でしたか?



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  1. 2020/03/25(水) 11:54:44|
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ルワンダに行ってきました。

以前から行ってみたくてたまらなかった国、ルワンダに行ってきました。
あの大量虐殺から25年、全世界が驚く復活を遂げたルワンダ。その原動力となったのは何だったのだろう?
それを知りたくて僕はルワンダに行った。

キガリ虐殺記念館には残虐の虐殺な記録がたくさん残されている。

小さな子供たちの写真がある、どんなことをして遊ぶのが好きだった子供か、何が好物だったか、そのようなことを書いてある最後に、どうやって殺されたかが記されている。

僕の心を打つ言葉があった。
少年と瀕死の母親は教会に逃げ込んだ。そこで少年は神に祈った。
自分たちの命、そして復讐を誓ったのだそうだ。
母親はそこで少年に言った。
復讐など願うものではない。そんなことを願っても私は喜ばない。
それよりも許すことを覚えなさい、と。

世界に今も数多くある悲劇。それらは他人事だと多くの人々が思っている。
だが、自分の友や、恋人、家族や子供の悲劇は他人事ではないとは誰もが思えるだろう。
僕はそこから一つだけ想像の翼を広げる。
今、世界にある多くの悲劇は、他人事かもしれない。が、そのことは、誰かの大切な、友や、恋人、家族や愛する子供、に起こっている事柄なんだ。
もし全人類が、そう思うことが出来るなら、この世に起こっている悲劇の少なくともいくつかは、回避することができるのではないだろうか?

人類は過ちを繰り返してきた。
人間とは本質的に愚かなものなのかもしれない。
でもその愚かな行為を、愚かな人間はそれでも克服してきたと思う。

ルワンダの人々は、反省し、そして許しあわねば前へ進めないことを知ったんだと思う。
憎しみを忘れるという、途方もない努力をしたのだろう、そしてその努力を今もし続けているのだろうと僕は感じた。

思い起こせば、我々日本も1945年に完全に荒廃した国土を、驚くべき速度で復興した。我々も、反省し、誰かを許し、誰かに許されて、そして前へ進むことを決意したのではなかったのだろうか?

アフリカの子供達は本当に人懐っこく可愛い。車窓の僕に手を振ってくれる。手を振り返すと笑顔を返してくれる。
キガリの街中で僕に手を振ってくれたあの子供達。あの子達を25年前キガリで死んでいった子供と同じにしたくない。
あの子供達の笑顔を守るために、我々は何かをしなくてはならない。

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ルワンダの首都、キガリの街並み

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キミロンコマーケットでシャツを2着オーダーメイドしたら、同じ記事で生地でトートバッグを作ってくれました。
そして、こんな嬉しいメッセージが。

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アフリカの子供達の笑顔。





  1. 2020/02/10(月) 15:28:10|
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2月3月スケジュール

2/12(wed.)新宿 Polka Dots 寺井雄一ts、中村真DUO
2/13(thu.)南与野 Jazzmal 中村真、中島朱葉as DUO
2/21(fri.)上尾 プラスイレブン 中村真、太田朱美fl DUO
2/23(日昼)東松山 m3chi(僕の家) 中村真、金子雄太org. DUO
2/25(tue.)三鷹 UNA MAS 中村真、石崎忍as DUO
2/26(wed.)池袋 P’s Bar 中村真、杉本まさのりts DUO
2/28(fri.)町田 into the blue 金子雄太org.、中村真 DUO

3/5(thu.)田原町 Mars 伊藤かおりvo、中村真 DUO

中村真ソロツアー
3/13(fri.)浜松 Hermit Dolphin
3/14(sat.)名古屋 Bar Lamp
3/15(土)大国町 Take-5
3/16(mon.)岡山
3/17(tue.)和歌山

3/18(wed.)京都 RAG 沢田譲治bトリオ、沼直也ds、中村真
3/20(fri.)表参道 ZIMAGINE 中村真トリオ、落合康介b、大村亘ds
3/24(tue.)表参道 ZIMAGINE 沢田譲治bトリオ、沼直也ds、中村真

  1. 2020/01/15(水) 15:32:38|
  2. ライブの事
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今年一年を振り返って。

今年一年を振り返る。

僕にとっての今年一年はとても充実したものだった。充実という言葉は、こういうことをいうのだろう。
全てが過不足ない。仕事、遊び、生活、対人関係、全てが多過ぎず、少な過ぎない。
人から見たら僕は仕事が少ないかもしれない。金銭的にも恵まれていないかもしれない。ただ、遊びと対人関係においてははっきりと僕は他人より恵まれていると思うが、相対的な評価軸において、自分がどこに存在しているか、ということに対しての興味が本当に無い。
自分にとってどうであるか、という、身の丈にあった服を着れているか?と問われると、はっきりとイエス、と答えられる。
いつからこんなにストレスなく生きていけるようになったのだろうか。
数年前、僕は大変苦しい思いをしていた。それはその当時を振り返ってみて総括するならば、自ら望んで苦しみの中に身を投じていたと思う。
しかし今は、人生の舵取りを上手く出来るようになった。
悩みの中にあった20代、ひたすら道無き道を進んだ30代は生きるのは楽ではなかった。
40代になり、色々な自分を見つめ直した。
そして、いつの間にか自分にぴったりの衣服を纏えるようになった。
向上心がないわけでも、苦労がないわけでもない。それらも含めて、自分にぴったりの生活なのだ。
わかりやすく言えば、幸福を感じて生活しているのだ。
ほとんど欠乏している部分がない生活だが、唯一つだけ欠乏しているものがあるとすれば、それは自分の息子のことだ。
子供と会うことはもうこちらからは求めない。ただ僕はそのことを寂しくは思うが、不幸であるとは思わない。
この世の中に、息子は必ず元気で生きているのだから、そのことだけでも僕は幸福を感じることが出来る。

ただ僕は、今の過不足ない幸せが、必ずしも長く続かない可能性もあることを知っている。
それが今まで半世紀近く生きてきた経験から理解出来る。
ただ、今まで数多の困難を乗り越えてきたのだ。これからもその困難を解決していくことだろう。

令和最初の年。しかし様々な別れがあった。
実の父親の他界。そう遠くはないことは想像していた。
だが、実際に死んでしまうと、そこに存在していた親父が、ただいないだけでこれほども大きく違うものなのだな、と思う。
実家に帰って、母親と二人でご飯を食べることと、親父と3人でご飯を食べることは、全然違うことなんだ、そのことを知った。

多くの友がこの世を去った。
最後まで励まし続けた友がこの世を去った。
天寿を全うした死ならば、ある意味において祝福に値する。
親父は天寿を全うした。そして彼は成すべき仕事を終えて死んでいった。
だがそうでない人々の死には、悔しい気持ちがある。
死それ自体に善悪はない。万人に等しく与えられたるもの。
だがそれを意識して生きていくか否か、望むと望まざるに関わらず、それを意識せざるを得ない年齢になった。

来年もたくさんのライブ、ツアー、レコーディングを行うだろう。
にはたづみプロジェクトの様々なコンテンツも充実していくだろう。
どんなことが起こってくるのだろうか?
楽しみな4回目の年男です。


  1. 2019/12/26(木) 18:43:44|
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中村新太郎さんがトリオを退団します

長年にわたり、僕とともにトリオをやってきてくれた中村 新太郎さんがトリオを退団することになりました。
新太郎さんとも僕のトリオという形での共演は、もう10年以上になると思います。
最初の2年は、うまくいく率3割程度です。イチローぐらいの打率。それでも我慢強く続けてきました少しうまく行くようになると、少しやり口を変えて提案してくる。
そうやって僕のトリオ全体をレベルアップしていってくれたと思います。
僕にとってベーシストは中村新太郎、か、それ以外か、です。
The onlyのベーシストです。

しかし音楽家とは、基本的にlonelyなもの。
新太郎さんがトリオを退団しても、僕は僕の活動が続く。
そして新太郎さんは新太郎さんの活動が続く。
Coolなようですが、そんなものです。

でも新太郎さんなしに今の僕はなかったと思う。感謝の言葉しかない。

新太郎さん、ありがとうございました。

最後のライブは、2020.1.25茅ヶ崎ストーリーヴィルにて。
中村 真トリオ、中村新太郎b、大村亘ds
こう書くのもこれが最後です。


https://www.youtube.com/watch?v=6BL6vT1bRrI

  1. 2019/12/19(木) 14:31:11|
  2. ミュージシャン紹介
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12月1月スケジュール

12/1(日)東川口 u3chi 橋爪亮督ts、中村 真DUO12/15(日)上尾 プラスイレブン 中村 真トリオ、中村新太郎b、大村亘ds
12/17(火)表参道 ZIMAGINE 石井信義gtカルテット、越野振人b、木村紘ds、中村 真
1/23(木)上尾 プラスイレブン 中村 真、芳垣安洋ds DUO
1/25(土)茅ケ崎 Storyville 中村 真トリオ、中村新太郎b、大村亘ds
1/27(月)淡路町 リディアン Sebastiaan Kaptein dsトリオ、澁谷盛良b、中村 真
  1. 2019/11/29(金) 17:47:07|
  2. ライブの事
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